第7話 【配給】余剰スープを他個体に分配。マスターが『聖女』と呼称されました
【現在位置:王都第8区画・スラム街広場】
【ミッション:マスターの慈善活動(余剰物資の配給)の護衛および支援】
【稼働ステータス:全システム正常。周囲の敵性反応を常時スキャン中】
スラム街の中心にある広場は、これまでにない異様な熱気と活気に包まれていた。
「はい、次! 熱いから気をつけてね!」
「ありがとう、ミリアちゃん……! う、うめええええっ!?」
当機が錬成した巨大な保温寸胴鍋。
そこから漂う暴力的なまでに芳醇な香りに引き寄せられ、スラムの孤児たちが長蛇の列を作っている。
マスター(ミリア)がお玉で超栄養スープを配り、それを受け取った子供たちは、一口飲んだ瞬間に例外なく白目を剥いて卒倒しかけていた。
無理もない。
当機の生成する超栄養スープは、高純度アミノ酸と万能ビタミン群、そして細胞修復ナノミネラルを極限まで濃縮した『飲む完全医療ポッド』である。
慢性的な飢餓と不衛生な環境でボロボロになっていた彼らの肉体は、スープを摂取した直後から急激な修復プロセスに移行する。
「な、なんだこれ!? 足の傷が……昨日犬に噛まれて腐りかけてた傷が、みるみる塞がっていくぞ!?」
「すげえ! 体中から力が湧いてくる! 俺、今ならドラゴンでも倒せる気がする!」
孤児たちの青白かった肌に赤みが戻り、痩せこけた頬がふっくらと膨らんでいく。
彼らの驚愕の声に、広場は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
【スキャン完了:配給対象(孤児38名)のバイタルサインが劇的に改善】
【負傷箇所の治癒率:100%。栄養失調の改善率:100%】
「みんな、落ち着いて! おかわりはいっぱいあるから、押し合わないで!」
ミリアが必死に声を張り上げているが、興奮状態の子供たちの耳には届いていないようだ。
「ミリア、お前……こんなすごい魔法の薬、どうやって手に入れたんだ!?」
「まるで、教会の大司教様が使う『神聖魔法』みたいだ……いや、それ以上だよ!」
「ミリアは俺たちの女神様だ! スラムの聖女様だ!!」
子供たちが感極まって涙を流し、ミリアに向かって地面にひれ伏し始めた。
一種の宗教的な狂乱状態である。
「ええっ!? ち、違うよ! これは私が作ったんじゃなくて、アハトさんが……!」
ミリアは慌てて背後の当機を指差したが、子供たちは当機の姿を見るなり、ヒィッと息を呑んで後ずさりした。
当機は一切の表情を変えず、純白のエプロンドレスの裾を一切汚さない完璧な直立不動の姿勢を保っている。
しかし、スラムの子供たちの目には、当機が『得体の知れない恐ろしい使い魔』あるいは『冷酷な死神』として映っているらしい。
【対象群(孤児たち)から当機への警戒心(恐怖)を検知】
【評価:無害です。マスターへの畏敬の念を高めるための演出として、当機の威圧感は有効に機能しています】
「ミリア様……その恐ろしい従魔を使役して、俺たちを救ってくださったんですね……!」
「一生ついていきます、姉御! いや、聖女様!」
「だから違うってばぁ……!」
顔を真っ赤にして否定するマスターだが、当機の演算回路は現在の状況を『極めて肯定的な社会的地位の確立』と評価していた。
【マスターのスラムにおける社会的地位が『底辺の孤児』から『絶対的指導者(聖女)』へと更新されました】
【マスターの安全性が間接的に向上したと認定】
当機が満足げに(内部パラメータで)頷いていると、広場の遠巻きから様子を窺っていたスラムの大人たち――裏社会のゴロツキどもが、ヒソヒソと囁き合っている音声をセンサーが拾った。
『おい、見ろよ……。あのメイド、やっぱり噂の「白銀の死神」だぜ……』
『ザギの旦那の部隊を全滅させた化物だろ? それが、どうしてガキどもに回復薬を配ってやがるんだ?』
『決まってんだろ。あのミリアってガキを操り人形にして、スラムを自分の支配下に置く気なんだよ……!』
彼らの網膜には、当機が『邪悪な陰謀を巡らす黒幕』として映っているらしい。
ファンタジー世界の住人は、想像力が豊かで大変よろしい。
【ゴロツキ共の敵対行動予測:0%。恐怖により完全に萎縮しています】
【放置を推奨】
当機は彼らを視界の端から除外し、マスターの配給活動のサポートに専念した。
やがて鍋が空になり、満腹になった子供たちが幸福感に包まれて解散していくと、ミリアは大きく息をついてその場に座り込んだ。
「ふぅ……疲れたぁ。でも、みんな元気になって本当によかった」
ミリアの額に浮かんだ汗を、当機は空間収納から取り出した最高級のシルク製タオルで優しく拭い取る。
「お疲れ様でした、マスター。貴方様の慈悲深き行動により、スラムの生存率は大幅に向上しました」
「別に、そんな大げさなものじゃないよ。アハトさんがスープを出してくれたからだし……」
ミリアは照れくさそうに笑い、それから少し真剣な顔になって当機を見上げた。
「ねえ、アハトさん。みんなのお腹はいっぱいになったけど、やっぱりこれからは、自分たちで生きていく力も必要だと思うの」
「生きていく力、ですか。当機の演算回路では、マスターが一生働かずに済むだけの資産と物資を供給可能ですが」
「ううん、それじゃ駄目だよ。私、街の表通りに行ってみたい。ちゃんとした市場で、野菜の種とか、生活に必要なものを買いたいな」
マスターからの新たなリクエスト。
スラムという閉鎖空間を出て、より広域な社会へと進出する意思表示である。
その前向きな精神的成長をトリガーとして、当機のシステムに新たな歓喜のログが流れた。
【マスターの『社会的自立』および『好奇心』の上昇を確認】
【情操教育プロトコルの進行度に応じ、システム報酬を付与】
【記憶セクター0x0Aのロックを解除します】
【新規機能:『広域戦術マップ(王都全域スキャン)』および『偽造防止・現地通貨錬成プロトコル』がアンロックされました】
素晴らしい。
これで、マスターのお買い物を完璧にサポートできる。
当機は空間収納内で、空気中の炭素と微量の金属元素を結合させ、この世界における最高額紙幣および金貨の偽造(※原子レベルで同一構造のため真作判定)を開始した。
「承知いたしました、マスター。では、本日は表通りの市場へお出かけいたしましょう」
「ほんと!? やったぁ! 私、ちゃんとしたお店に行くの初めて!」
ミリアが嬉しそうに飛び跳ねる。
その笑顔を守るためならば、当機は王都の経済をインフレで崩壊させることなど些末な問題だと判断する。
***
――同時刻。王都の中心にそびえる、白亜の『王国騎士団本部』。
その厳格な会議室では、騎士団長と数名の高位魔導師が、深刻な顔つきでテーブルを囲んでいた。
「……昨晩、スラム街の方向から観測された異常なマナの乱れ。そして、空を二つに割るような『不可視の絶技』。間違いない、伝説の魔王軍幹部クラスの怪物が潜伏している」
魔導師団の長が、冷や汗を拭いながら報告書を読み上げる。
「さらに裏社会からの情報によれば、その怪物は『純白のメイド』の姿をしており、スラムの孤児を『聖女』として傀儡に仕立て上げているとのことです」
「なんだと……? 貧民を盾にして王都の転覆を狙っているというのか!?」
騎士団長が拳でテーブルを強く叩いた。
「直ちに精鋭部隊を編成しろ! だが、相手は未知の超魔法を操る化物だ。まずは極秘裏に偵察を行う」
会議室の隅に立っていた、一人の若い騎士が呼ばれる。
輝くような金髪と、正義感に燃える青い瞳を持った新人騎士――のちにミリアと出会うことになる、お人好しの青年である。
「ハッ! この命に代えましても、王都の平和と、悪魔に囚われた哀れな少女をお救いしてみせます!」
騎士団の誤解が、国家レベルの非常事態として動き始めていた。
しかし、当機の広域戦術マップには、彼らの動きは「脅威度0.00001%の羽虫の群れ」としてしか表示されていない。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:王都メインストリートでのショッピングと、羽虫(騎士)との接触】




