第6話 【ティータイム】超栄養プリンの生成。当機に対するマスターの依存度が順調に上昇中です
【現在時刻:現地時間 15:30】
【周辺警戒レベル:最低。半径500メートル以内の敵性反応ゼロ】
【防衛ステータス:光学迷彩および自動迎撃タレット群、正常稼働中】
先ほどの害虫駆除(裏社会の武装集団の非致死性制圧)から約一時間が経過した。
当機は、外部の騒動など微塵も感じさせない無菌のハイテク要塞(元・廃屋)の内部にて、新たな奉仕活動に従事していた。
マスター(ミリア)とサブマスター(テオ)は、仮想ホログラムシアターが映し出す満天の星空の下、極上のマットレスの上で健やかな寝息を立てている。
【マスターの睡眠サイクル:レム睡眠へと移行】
【起床予測時刻まで残り5分。覚醒後の血糖値低下を予測】
【最適解:速やかな糖分補給の提供を推奨】
メイドたるもの、主人の目覚めには最高の一杯と甘いお菓子を用意しておくのが絶対の義務である。
当機は先ほど解放された『家事サポートAIドローン』に室内の温度と湿度の微調整を任せ、自身は空間収納から調理器具を展開した。
「自動調理AI、起動。本日のティータイムメニューは『究極の濃厚カスタードプリン』および『リラックス・ハーブティー』に設定します」
空中に浮かぶ半透明のウィンドウに、膨大なレシピデータが高速でスクロールする。
当機は一切の無駄のない動きで、高純度の糖分、完全栄養卵(バイオ生成)、そして脳内麻薬の分泌を促す特殊なバニラビーンズを調合していく。
【加熱・冷却プロセス実行……完了】
【視覚的アプローチとして、カラメルソースの照り具合を黄金比に調整】
純白の陶器の上に、ぷるぷると震える黄金色のプリンが二つ完成した。
その完璧な弾力と光沢は、王宮の専属パティシエが一生をかけても到達できない、科学と演算の結晶である。
「……んん……」
ベッドの上で、ミリアが小さく寝返りを打った。
ゆっくりとまぶたを開け、ホログラムの星空から、清潔な室内へと焦点を合わせる。
「おはようございます、マスター。素晴らしいお目覚めですね」
「アハト……さん。私、ぐっすり寝ちゃって……」
「テオ様も、ちょうど目覚められたようです。さあ、テーブルへどうぞ。おやつの用意ができております」
ミリアとテオは、まだ少し寝ぼけ眼のまま、ふかふかのベッドから抜け出してテーブルへと向かった。
そして、そこに置かれた黄金色の物体を見るなり、二人の瞳孔が限界まで拡大した。
「な、なにこれ……!? すっごく甘くて、いい匂いがする……!」
「ぷるぷるしてるよ、お姉ちゃん! 宝石みたい!」
「これはプリンというデザートです。お二人の疲労した脳に、極上の糖分と幸福感をもたらすよう設計されています。お召し上がりください」
当機が銀色のスプーンを差し出すと、二人は震える手でそれを受け取った。
ミリアがスプーンでプリンをすくう。そのあまりの滑らかさに、彼女は一瞬戸惑ったが、意を決して口へと運んだ。
ごくり。
――その瞬間。
ミリアの全身を、電流のような衝撃が駆け抜けた。
【マスターの味覚センサー、極限の刺激を検知】
【脳内麻薬の分泌量が、計測上限を突破】
「――――ッ!!?」
ミリアは声すら出せず、両手で頬を押さえた。
口に入れた瞬間に溶けるような滑らかな舌触り。濃厚な卵のコクと、それを引き立てる絶妙な苦味のカラメルソース。
それらが完璧なハーモニーとなって、彼女の味覚を物理的に蹂躙していく。
「お、美味しい……!! なにこれ、甘いのに全然くどくなくて、口の中で一瞬で消えちゃった……!」
「あまい! おいしい! ぼく、こんなおいしいもの食べたことないよぉ……!」
テオに至っては、あまりの美味しさに泣き出しながらプリンを頬張っている。
二人の口角は限界まで上がり、その表情はスラムの孤児から、世界で最も幸せな子供へと変貌していた。
【マスターおよびサブマスターの圧倒的な幸福度上昇を確認】
【大いなる奉仕の実績を認定】
【システム報酬:記憶セクター0x09のロックを解除します】
【新規機能:『物質錬成(日用品および低級インフラ)』がアンロックされました】
素晴らしい。
マスターに美味しいものを食べさせるだけで、当機の機能が次々と回復していく。
これこそが、当機が設計された真の目的に違いない(※注:対星間用・大量破壊兵器です)。
「ふぅ……。もう、お腹も心もいっぱいいっぱいだよ……」
プリンを完食し、ハーブティーを飲んで一息ついたミリアが、満たされた表情で息をつく。
しかし、ふと彼女の視線が、部屋の隅にある「超栄養スープの生成ポッド(無制限)」へと向けられた。
「あのさ、アハトさん」
「はい、マスター。何なりとお申し付けください」
「このスープって……いくらでも出せるんだよね?」
「肯定します。宇宙戦艦数隻分の乗組員を数十年養えるだけの生成能力を有しております」
「そ、そっか……すごいね」
ミリアは少しだけ視線を落とし、何かを躊躇うように指を絡ませた。
「あのね。このスラムには、私やテオみたいに、ご飯が食べられなくて困ってる孤児の友達がいっぱいいるの。……その、もしよかったらなんだけど」
彼女は恐る恐る、当機を見上げて言った。
「この余ってるスープを、みんなに分けてあげても……いいかな?」
【マスターからの新規リクエストを受領】
【要求内容:余剰食料の他個体への分配(慈善活動)】
当機の演算回路は、コンマゼロ一秒で結論を弾き出した。
メイドたるもの、主人の願いを叶えることこそが至上の喜びである。
ましてや、マスターの「他者を思いやる心」は、情操教育の観点からも極めて推奨されるべきものだ。
「もちろんです、マスター。貴方様の寛大な御心に、深く敬意を表します」
当機は完璧な角度でお辞儀をした。
「では、すぐに配給用の寸胴鍋と、保温・保冷機能付きの運搬カートを錬成いたします。対象となる孤児たちの人数と、大まかな位置をお知らせください」
「えっ!? ほんとに!? ありがとう、アハトさん!」
ミリアの顔がパァッと明るく輝き、再び当機のシステムに微小な幸福度のログが流れる。
***
――その少し後。
スラム街の広場に、奇妙な光景が広がっていた。
「さあ、みんな並んで! 順番に配るから、絶対に横入りはなしだよ!」
清潔で美しい服を着たミリアが、大きな銀色の寸胴鍋の前でお玉を握りしめ、スラムの孤児たちに指示を出している。
孤児たちは、鍋から漂う信じられないほど美味しそうな匂いに、よだれを垂らしながら行列を作っていた。
そして、そのミリアの背後には。
一切の汚れを知らない純白のエプロンドレスを着た当機が、無表情のまま直立不動で控えている。
「おい、見ろよあれ……。ミリアの奴、なんだってあんな綺麗な服を……」
「それに、あの後ろにいるメイド……噂で聞いた『白銀の死神』じゃないか!?」
遠巻きに見ているスラムの大人のゴロツキたちは、恐怖のあまり誰も近づこうとしない。
先ほどの「武装集団一瞬にして全裸事件」の噂は、すでにスラムの裏社会に広まりきっていたのだ。
「あわわ……死神が、ガキどもに毒のスープを配って魂を刈り取る気だ……!」
「ミリアのやつ、死神に洗脳されて操り人形にされちまったんだ……!」
大人たちが盛大な勘違い(アンジャッシュ)に震える中。
「う、うめええええっ!? なんだこれ、力が湧いてくる!」
「ミリア、ありがとう! お前、俺たちの女神様だよ!」
スープを飲んだ孤児たちは、細胞レベルの修復作用によって次々と健康になり、ミリアを拝むようにして涙を流していた。
【マスターへの他個体からの「感謝」および「好意」の集中を観測】
【マスターの社会的地位(スラムにおける名声)が『聖女』クラスへと上昇中】
当機は、照れくさそうに笑うミリアの背中を見守りながら、静かに演算を回す。
周囲の大人(害虫)どもが妙な動きを見せれば、ただちに物理的に排除する準備はできている。
マスターの平和なスローライフは、まだ始まったばかりである。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:孤児たちへの保護領域拡大と、街への『お買い物』クエストの発生】




