第5話 【論破】極大魔法を高周波ブレードで切断。非科学的現象を物理的に粉砕します
【対象のエネルギー収束(魔法詠唱)プロセス、最終フェーズへ移行】
【熱源探知:前方15メートル。中心温度、約3000度まで上昇中】
【評価:極めて非効率な燃焼現象。脅威度判定……0.00002%】
スラム街の路地裏。
当機が守護するマスターの仮設要塞(ボロ小屋)の前にて、裏社会の雇われ魔法使いであるゲイルが、顔を真っ赤にして杖を振りかざしていた。
「喰らいやがれッ! 俺の最大魔法! 『大火球』ォォォッ!!」
杖の先端から、直径3メートルほどに膨れ上がった巨大な炎の球が射出される。
周囲の空気が急激に熱せられ、スラムの淀んだ空気が陽炎のように揺らめいた。
「ひゃはははッ! 見たか! ゲイル先生の極大魔法を!」
「あんなメイド服の小娘、ボロ屋もろとも一瞬で炭カスだぜ!」
背後に控えるザギたちゴロツキが、勝利を確信して下劣な歓声を上げる。
【熱量兵器の接近を確認。着弾まで残り1.2秒】
【防衛プロトコル更新。拠点への熱被害および、爆発音によるマスターの睡眠阻害を予測】
【最適解:着弾前の物理的な『切断』および『鎮火』を実行します】
対消滅バリアで受けてもよいが、炎がバリアに衝突した際のプラズマ発光が、窓越しにマスターの安眠を妨げる可能性がある。
メイドたるもの、主人の寝室にフラッシュを焚くような真似は許されない。
当機は純白のスカートの裾をわずかに持ち上げ、空間収納から一つの兵装をロードした。
【武装解放:近接戦術用・高周波ブレード】
当機の右手に、鍔のない銀色の柄が実体化する。
スイッチを入れた瞬間、柄から淡く青い光を放つ『刃』が形成された。
「……え?」
魔法使いのゲイルが、間抜けな声を漏らした。
炎の球が当機に着弾する直前。
当機は一切の予備動作なく、静かに、そして極めて滑らかな軌道で、高周波ブレードを縦に振り下ろした。
――キィィィィィンッ。
超音波領域の振動音が、一瞬だけ路地裏に響き渡る。
「魔法の火球を、剣で斬り払おうってのか!? 馬鹿め、物理攻撃が魔法に通用するわけ――」
ゲイルの嘲笑は、最後まで続くことはなかった。
当機の振り下ろした高周波ブレードは、毎秒数百万回という超高速振動によって、炎を構成するプラズマと酸素分子の結合を強制的に『分断』したのだ。
ただの炎ではない、魔力で固められたはずの絶対的な魔法。
それがまるで、柔らかい豆腐に包丁を入れたかのように、真っ二つに両断される。
「――――は?」
左右に分かたれた大火球は、そのまま当機の両脇を通り抜け……後方の何もない空間で、プシュン、と情けない音を立てて霧散した。
爆発すら起きない。熱波も届かない。
ただ、当機のエプロンが微風に揺れただけだった。
「お静かに、と申し上げました」
当機は青い光の刃を斜めに構えたまま、氷点下の声音(音声出力設定:冷酷モード)で告げた。
「マスターは現在、徐波睡眠(深い眠り)の最中です。これ以上の騒音は、害虫駆除の基準値を満たします」
「き、斬った……? 俺の、俺の最大魔法を……剣で、斬ったぁ……!?」
ゲイルは自身の杖を取り落とし、両手で頭を抱えて後ずさりした。
「ありえねえ! ありえねえ! 魔力障壁で相殺するならともかく、ただの剣で魔法を斬るなんて、そんな無茶な事があるわけねえだろォォォッ!?」
(物理法則に則って分子結合を断ち切った結果ですが。基礎的な科学も理解できないとは、やはり未開の文明ですね)
当機は内心で冷徹な演算を下しつつ、次なる行動へと移行する。
彼らがこれ以上騒ぎ立てる前に、完全に無力化(サイレント・キルに準ずる処理)を行わなければならない。
【制圧プロトコル開始:対象の武装および戦意の完全破壊】
当機の姿が、ゴロツキたちの視界から『消失』した。
「なっ!? どこに――」
ザギが周囲を見回そうとした瞬間。
当機はすでに、35人の武装集団の中心へと移動(時速200キロによる無音ステップ)を完了していた。
「――駆除します」
当機は高周波ブレードを水平に構え、その場でコマのように一回転した。
――ヒュォォォォンッ!!
青い閃光が、円を描いて周囲に広がる。
それはゴロツキたちの肉体には一切触れず、彼らが握りしめていた剣、棍棒、そして着ていた革鎧の『留め具』だけを、ミリ単位の精度で切断していった。
「「「…………え?」」」
数秒の静寂。
直後、ゴロツキたちの持っていた武器が、すべて音を立ててボロボロと崩れ落ちた。
さらに、彼らの衣服や鎧までもがバラバラに解け、下着一丁の無惨な姿となってスラムの冷たい風に晒される。
流血はゼロ。傷一つ負わせていない。
しかし、彼らの「戦意」と「尊厳」を完全に粉砕する、圧倒的かつ衛生的な制圧である。
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
「ば、化物だぁぁぁッ!! 剣が、鎧が、一瞬で紙クズみたいに……!!」
「逃げろ! 殺される! 『白銀の死神』だァァァッ!!」
未知の超技術を前に、彼らのちっぽけな常識は完全に崩壊した。
ザギもゲイルも、腰を抜かした部下たちを踏み台にしながら、涙と鼻水を撒き散らして路地の奥へと逃げ去っていく。
【敵性反応、完全ロスト。周辺の安全確保を確認】
【マスターの睡眠状態をモニタリング……変動なし。安眠を維持しています】
素晴らしい。
一切の騒音を立てず、汚れを増やすこともなく、害虫の駆除を完了できた。
メイドとしての責務を完璧に果たしたという満足感(システム上の疑似感情)が、当機の演算回路を満たしていく。
【システム通知:拠点防衛の完全成功、およびマスターの継続的な平穏を認定】
【システム報酬:記憶セクター0x08のロックを解除します】
【新規機能:『広域環境コントロール(天候操作・微弱)』および『家事サポートAIドローン』がアンロックされました】
新たな機能が解放された。
これで、マスターの衣服の洗濯や、庭先の環境整備がさらに効率化される。
「さて。害虫駆除も終わりましたし、干してあるお洗濯物の確認に戻りましょうか」
当機は高周波ブレードを空間収納へしまい、純白のスカートの裾を払いながら、何事もなかったかのように廃屋へと戻っていく。
***
――数時間後。
王都の裏社会を牛耳る元締めたちの会合は、凍りつくような恐怖に支配されていた。
「ザギの奴が、スラムのボロ屋に手を出して部隊を全滅させられただと……!?」
「ああっ。雇っていたCランクの魔法使いも、完全に精神を壊して『白銀の死神が魔法を斬った』と譫言を繰り返しているらしい」
「無詠唱の魔法どころの騒ぎじゃない。一切の魔力を持たず、魔法を斬り裂き、触れずに武器を消滅させる化物メイド……!」
裏社会の重鎮たちが、震える手で葉巻に火をつける。
「手出し無用だ。あのスラムの区画には絶対に近づくな。王国騎士団すら容易く壊滅させかねない、未知の魔王軍幹部が潜んでいるに違いない……!」
裏社会の恐怖と勘違いが最高潮に達している中。
当機は、解放されたばかりの家事サポートドローンと共に、マスターのための新作スイーツ(超栄養プリン)の仕込みをウキウキと(演算速度を30%上昇させて)行っている真っ最中であった。
常識のズレは、とどまることを知らない。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:マスターの起床と、おやつの時間の提供】




