第4話 【娯楽提供】仮想ホログラムシアター起動および、拠点防衛システムの自動迎撃
【現在時刻:現地時間 14:00】
【ミッション:マスターの精神的ケア(娯楽の提供)および拠点防衛網の構築】
【稼働ステータス:全システム正常。対消滅バリア(出力1%)常時展開中】
超栄養スープによる細胞修復プロセスが完了し、マスター(ミリア)とサブマスター(テオ)の肉体は完全に健康な状態へと移行した。
現在、二人は当機が錬成した極上のふかふかベッドの上で、満腹感からくる至福の微睡みを楽しんでいる。
しかし、メイドたるもの、衣食住を満たしただけで満足してはならない。
健全な精神を育むためには、適度な知的刺激と『娯楽』が不可欠である。
「マスター。お腹が落ち着いたところで、少々リラックスタイムといたしましょうか」
「リラックスタイム……? もう十分すぎるくらいリラックスしてるんだけど……」
ミリアがシーツに顔を埋めたまま、とろんとした目でこちらを見る。
すっかり野生の警戒心を失い、無防備にだらけきったその姿。当機の過保護プロトコルが「大成功」の評価を弾き出している。
当機はベッドの前に立ち、昨晩の幸福度上昇によってアンロックされた新機能の一つを起動した。
【娯楽支援機能:『仮想ホログラムシアター』起動】
【空間マッピング完了。網膜投影モードではなく、空間直接投影モードを選択】
【コンテンツ:情操教育用・銀河連邦指定『癒やしの星間紀行』を再生します】
「……投影」
当機の両眼(光学レンズ)から、淡い青色の光が室内の空間へと放射された。
次の瞬間、廃屋の殺風景な天井と壁が、文字通り『消失』したかのような錯覚に陥る。
「えっ……!? う、うわあああっ!?」
「姉ちゃん、お空が……! 星がいっぱいあるよ!!」
ミリアとテオが弾かれたように起き上がった。
彼らの視界に広がったのは、天井を突き抜けて広がる満天の星空と、ゆっくりと自転する巨大な青い惑星(地球型惑星)の圧倒的な立体映像だった。
「こ、これ、幻覚魔法!? でも、星が動いてる……手が届きそう……!」
ミリアが空中に手を伸ばすと、ホログラムの星屑が彼女の指先に反応してキラキラと波紋を描く。
触覚フィードバックこそないものの、視覚と聴覚(微細な立体音響)を完全にジャックするオーバーテクノロジーの産物である。
「魔法ではありません。単なる光の屈折と三次元投影を利用した映像作品です。さあ、そのまま横になって星の海をお楽しみください」
「映像……? よくわかんないけど、すっごく綺麗……。ずっと見てられる……」
二人は再びベッドに寝転がり、口をぽかんと開けて宇宙の絶景に見入っている。
彼らの脳波から、極めて良質なリラックス状態を示すアルファ波が大量に検出された。
【マスターの精神安定度:最高値をマーク】
【ログ記録:情操教育プログラム、極めて有効に機能中】
素晴らしい。これでマスターの心身のケアは完璧だ。
当機は二人の邪魔にならないよう、静かにお辞儀をしてから、廃屋の外へと足を踏み出した。
***
【これより、並行タスク『拠点防衛網の構築』に移行します】
当機が外の路地に出ると、スラム特有の淀んだ空気がセンサーに触れた。
現在、この廃屋の内部はナノマシンによって無菌のハイテク空間となっているが、外見上はボロボロの木造小屋のままである。
しかし、昨日から当機が介入したことで、不確定要素(敵対勢力)がこの拠点に目を向ける可能性が極めて高くなっていた。
マスターの安眠を、スラムの害虫どもに邪魔させるわけにはいかない。
【自動防衛システム(拠点用・基礎)をインストール中……】
【光学迷彩フィールド:展開完了】
【自動迎撃用・極小スタンタレット(非致死性):周辺の瓦礫に偽装して4基設置完了】
【生体反応フィルタリング:マスターおよびサブマスター以外の侵入を完全拒絶するよう設定】
これで準備は完了だ。
このボロ小屋は現在、国家の正規軍が総力を挙げて攻めてきても、一切の傷をつけることができない『見えない要塞』へと変貌した。
【警告:広域レーダーに多数の敵性反応を検知】
システムの設定を終えた直後、当機のセンサーが不穏な波形をキャッチした。
【対象:武装したヒト型生物、計35体】
【接近ルート:スラム街メインストリートより、当拠点へ一直線に向かっています】
【武装:鉄製の剣、棍棒、および未確認エネルギー(マナ)を内包した杖】
どうやら、昨日の『清掃活動(チンピラ3名の蒸発)』の件で、裏社会の害虫どもが群れをなして報復にやってきたらしい。
当機は純白のエプロンを軽く払い、路地裏の入り口に立って彼らを待ち受けることにした。
マスターの視界に入らない場所で、迅速かつ衛生的に処理するためだ。
***
「……おい、ザギの旦那。本当にあんなボロ屋に、お前さんの部下を消し飛ばした化け物がいるのか?」
足音を荒らげて路地裏を進む武装集団の先頭。
派手なローブを着た中年の男が、隣を歩く大柄な男――裏社会のボスである『ザギ』に尋ねた。
「間違いねえよ、ゲイル先生。偵察に行かせた部下が、あの家の前で無詠唱の炎魔法を使う女を見たって震えてやがった」
ザギは額に青筋を立てながら、忌々しそうに唾を吐き捨てる。
「だが、俺のシマを荒らされて黙ってるわけにはいかねえ。だからわざわざ、Cランク冒険者で高位の魔法使いである先生を大金で雇ったんだ」
「ふん、任せておけ。俺の『大火球』にかかれば、あんなボロ屋ごと、中にいる人間も炭カスに変わる。無詠唱の魔法使いだか何だか知らんが、魔力障壁も張られていない無防備な小屋に籠もっている時点で、素人同然だ」
魔法使いゲイルは、己の杖を誇らしげに掲げた。
(魔力障壁などという非科学的かつ脆い防壁は張っていません。対核兵器用の『空間湾曲バリア』が展開されているだけです)
彼らの会話の音声を1キロ先から正確に拾い上げながら、当機は内心で(演算回路の端で)冷徹なツッコミを入れていた。
「見ろ、先生! あそこだ! あの路地の奥に立ってる、場違いなメイド服の女……あいつだ!」
ザギが当機の姿を捉え、部下たちに武器を構えるよう指示を出す。
35人の暴漢たちが、一斉に殺気を放ちながら当機を取り囲むような陣形をとった。
「ほう……なるほど、確かに異様な魔力を……いや、全く魔力を感じないな。ただの小娘ではないか」
ゲイルがいぶかしげに目を細める。
当然である。当機の動力源は魔力などという未知のエネルギーではなく、極小化された『縮退炉』なのだから。
「おい、女! うちの若い衆をコケにしてくれた落とし前、きっちり命で払ってもらうぞ!」
ザギが下品な笑みを浮かべながら、当機に向かって怒鳴り声を上げた。
当機は一切の感情を交えず、スカートの裾をつまんで完璧な角度でお辞儀をした。
「警告します。これより先は、最高権限マスターの私有地(絶対安全領域)です。直ちに武装を解除し、半径500メートル圏外へ退避してください」
「はっ! 舐めた口を利きやがって! やれッ!」
ザギの号令とともに、最前列にいたチンピラ数名が、錆びた剣や棍棒を振りかぶって当機へと襲いかかってきた。
【敵対アクションを確認。これより、害虫駆除プロトコルを実行します】
【自動迎撃システム・フェーズ1:『対消滅バリア(出力1%)』による物理的接触の無効化を実証します】
当機は一歩も動かない。回避するステップを踏む必要すら、当機には存在しない。
「死ねやぁぁぁっ!!」
チンピラの一人が、力の限り振り下ろした棍棒。
それが当機の頭部に到達する、わずか数センチ手前の空間で。
――ピキンッ。
極めて小さな、ガラスが割れるような音。
それと同時に、チンピラの握っていた棍棒が、見えない壁に触れた先端から『音もなく、粒子となって分解(消滅)』していった。
「……は?」
チンピラが間抜けな声を漏らした。
彼の手には、棍棒の柄の部分しか残っていない。打撃の衝撃すら発生せず、ただ『触れた部分がこの宇宙から消え去った』のだ。
「え……? あ、あれ? 俺の武器が……?」
他のチンピラたちも同様だった。
剣を突き出した者は刃が消失し、蹴りを放った者は(非致死性モードの温情により)ブーツの先端だけが綺麗に消滅した。
「な、なんだこれは!? 防御魔法……いや、違う! 魔力の光も反発の衝撃もないぞ!?」
後方で見ていた魔法使いゲイルが、目を見開いて後ずさりする。
ファンタジーの常識である『魔力同士のぶつかり合い』が一切存在しない異常な現象に、彼の脳が理解を拒絶していた。
「理解不能ですか。未開の文明レベルでは無理もありませんね」
当機は静かに右手を前に突き出した。
「それは『極小対消滅バリア』。指向性を持たせたマイクロ反物質の層です。触れた物質を、運動エネルギーごと完全に分解します」
「はん、はんぶっしつ……!? なにを訳の分からないことを……! ええい、下がれ! 俺が極大魔法で消し飛ばしてやる!!」
パニックに陥ったゲイルが、大慌てで杖を構え、長々とした詠唱を始めた。
「『赤き炎の精霊よ、我が魔力と交わりて、全てを焼き尽くす紅蓮の業火となれ――!』」
【対象のエネルギー収束を観測。発火現象(魔法)の構築プロセスを確認】
【評価:エネルギー変換効率0.002%。詠唱時間15秒。極めて非合理かつ隙だらけのポンコツ仕様です】
【メイドたるもの、主人の睡眠を妨げる騒音(爆発音)は許容できません】
当機はゆっくりと、右手のひらを彼らに向けた。
「お静かに。マスターが、お休みになられていますので」
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【機能解放:武装『高周波ブレード』の出力を確認。非科学的現象(魔法)の物理的切断に移行します】




