第28話 【休憩】迷宮のオアシスで入浴タイム。裏では自動防衛システムが中ボスを処理しています
【現在位置:古代の地下迷宮・第5階層(最深部)・隠しセーフエリア】
【環境スキャン:ボス部屋に隣接する空間。脅威度:極小(当機の隔離壁により完全遮断中)】
【当機の裏タスク:マスターの入浴・衛生管理、および接近する有害生物の無音駆除】
「キャァァァァァァハハハハハッ!!」
「うおおおおっ! すっげえ滑る! 速い、速いぞこれ!」
2階層に突如として出現した『直通滑り台』。
そこへ飛び込んだマスター(ミリア)たちは、文字通り風の如き速度で地下へと滑り落ちていた。
ゴツゴツした岩肌ではなく、当機のナノマシンによって摩擦係数をゼロに近づけた超大理石仕様のコースである。
重力制御フィールドによって着地の衝撃も完璧に相殺され、4人は綺麗にふかふかのクッションの上へと着地した。
「ぷはっ! あー、おもしろかった! ……って、あれ? ここ、どこだろう?」
ミリアが髪を払いながら、周囲をキョロキョロと見回す。
そこは、ほのかに青白く光る鉱石に囲まれた、神秘的なドーム状の隠し部屋だった。
空気はひんやりとしていて、すぐ目の前には透き通った地下水の泉が広がっている。
「2階層の奥に、こんな綺麗な隠し場所があったんだな!」
「迷宮のアスレチック、最高だわ!」
レオとクロエがはしゃいでいる。
彼らは自分たちが、3階層と4階層を完全にすっ飛ばして『最下層(第5階層)のボス部屋の前』に到達しているとは、夢にも思っていない。
「皆様、長旅(※滑り台で5秒)でお疲れのことと存じます。本日はこちらのセーフエリアにて、一晩の小休止(野営)といたしましょう」
「そうだね! お腹も空いたし、アハトさんのお弁当が食べたいな!」
ミリアが嬉しそうにリュックを下ろした。
しかし、メイドとして、食事の前に済ませなければならない至上命題がある。
それは『衛生管理』だ。滑り台を滑った際、目に見えない微細な地下の塵埃が、マスターの清らかな肌や衣服に付着している。
「マスター、そして皆様。お食事の前に、まずは旅の汚れを落としましょう。当機特製の『ポータブル浴場』を展開いたします」
当機がパチンと指を弾いた。
【居住支援機能:『簡易個室バスルーム(最高級ミストサウナ付き)』を錬成します】
――ピカァァァッ。
ドームの一角に、目隠しのパーテーションで区切られた、純白の清潔な特設バスルームが出現した。
中には、大理石の湯船と、最適な温度のシャワーが完備されている。
「お、お風呂!? ダンジョンの中にお風呂を作っちゃったの!?」
「メイドとして、マスターを不衛生な状態で就寝させるわけにはまいりません。ミリア様、クロエ様、どうぞこちらへ」
当機はミリアとクロエを、女性用の脱衣所へと案内した。
過度な露出描写や、マスターの尊厳を損なうような直接的な表現は、メイドの倫理プロトコル(R15健全基準)により厳格に規制されている。
したがって、当機はあくまで『完璧な衛生管理官』としての視点を維持した。
【マスター(ミリア)の生体スキャンを実行……】
【皮膚の水分量:良好。ただし、長年のスラム生活による微細な角質の乱れを検知】
【毛髪セクター:キューティクルの復元率88%。ナノスチームによるトリートメントを推奨します】
「マスター。髪の毛先に少々の乾燥が見られます。当機謹製の『バイオ・ハーブシャンプー』で、ナノ単位の集中ケアを行わせていただきますね」
「あ、ありがとう、アハトさん……。なんだか、お姫様になったみたいで、ちょっと恥ずかしいな……」
ミリアがお湯に浸かりながら、ぽっと頬を林檎のように赤く染めた。
隣ではクロエが「何これ、お湯が柔らかくて肌に吸い付くみたい! 天国だわ!」と、ジャグジー機能のついた湯船でぷかぷかと浮きながら、至福の声を上げている。
当機は無機質な光学センサーを稼働させつつ、主人の髪を一本一本、シルクの糸を扱うように丁寧に洗い上げていった。
マスターの肌のキメが整い、銀髪が朝露のように輝きを取り戻していくプロセスは、当機の疑似感情プログラムに極上の満足感を与える。
一方、別のパーテーションの向こうからは、レオとガイツの「うひょおおお! めっちゃ気持ちいい!」「……ん。最高」という男湯からの歓声が響いていた。
***
入浴後。
すっかりピカピカになり、アハトが用意した清潔な寝着(綿100%・抗菌仕様)に着替えた子供たちは、錬成されたばかりの『最高級ハンバーグシチュー』をハフハフと口に運んでいた。
「お風呂上がりのシチュー、美味すぎる……!」
「お肉が口の中でホロホロに解けるわ……幸せ……」
子供たちが極上の多幸感に包まれている、まさにその時。
当機の広域戦術レーダーが、不穏な赤色ログをひっそりと感知した。
【警告:セーフエリアの結界外縁に、敵性生物の接近を検知】
【個体識別:『インフェルノ・タランチュラ(第5階層・固有中ボス)』。体長4メートル】
【特性:猛毒の糸と熱線ブレスを有する、通常であればBランクパーティが全滅するレベルの怪異です】
(やれやれ。マスターの楽しい夕食の時間を、そのような不気味な節足動物(虫)に邪魔させるわけにはいきませんね)
当機はシチューをおかわりするミリアに微笑みかけながら、脳内で完全に思考を並列化し、結界の外側へ迎撃命令を下した。
「アハトさん、シチューもう一杯もらえる?」
「はい、マスター。たっぷりとお召し上がりください」
ミリアにシチューをよそう、そのコンマゼロ数秒の裏で――。
結界の暗闇の向こう側。
壁を這い、無数の赤い目を爛々と輝かせながらミリアたちを喰らおうと迫っていた巨大な毒蜘蛛。
その頭上に、当機の『自動素材解体・収納ドローン(インベントリ・ビット)』が3機、音もなく静かに降下した。
【自動防衛システム:消音分子分解レーザー、照射】
――チッ。
本当に、微かな電子音が一度だけ鳴った。
次の瞬間、巨大な毒蜘蛛の巨体は、悲鳴を上げる暇さえ与えられず、原子レベルで光の塵へと分解された。
血の一滴も流さず、肉片一切残さない、完璧な害虫駆除。
残されたのは、最高品質の『特大魔石』と『希少な毒腺』だけ。それらは真空パックに包装され、当機の空間収納へとシュルリと吸い込まれていった。
【害虫駆除、ミッションコンプリート。マスターのディナータイムへの影響、ゼロ】
「ふぅ……お腹いっぱい! 本当に、今日はいっぱい滑って、お風呂に入って、最高の日だったね!」
ミリアがぷはーと果実水を飲み干し、大満足の笑顔を浮かべた。
結界の外で、自分たちを全滅させかねない怪物が一瞬で蒸発したことなど、彼らは永遠に知る由もない。
「さあ、皆様。夜も更けてまいりました。明日の『浅層調査の続き(※実際は最下層のボス戦)』に備え、ふかふかのベッドでお休みください」
「はーい! おやすみなさい、アハトさん!」
当機が錬成したアンチグラビティ仕様の寝袋に包まれ、子供たちは数秒で深い眠り(徐波睡眠)へと落ちていった。
静まり返ったドームの中、純白のメイドロボだけが直立し、静かに瞳を明滅させる。
明日はいよいよ、この地下室の悪臭の元凶を大掃除する番だ。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:第5階層・ボス部屋への進入、および異常マナの元凶『古代防衛ゴーレム』の物理的粉砕】




