第27話 【環境改変】2階層の毒沼エリア。全自動スパリゾート化プロトコルが発動します
【現在位置:古代の地下迷宮・2階層】
【環境スキャン:大気中に微量の有毒ガス(瘴気)および、足元に強酸性の泥沼(毒沼)を検知】
【リスク評価:マスターの美しい素肌と衣服に対する重大な脅威】
迷宮の1階層を「極めて安全なウォーミングアップ」として踏破したマスター(ミリア)たちは、続く2階層へと足を踏み入れていた。
しかし、そこは1階層の石造りの通路とは打って変わり、じめじめとした洞窟のような空間だった。
床一面にはドロドロとした紫色の泥が広がり、空気には鼻をつくようなツンとした臭いが立ち込めている。
「うわぁ……なんか、すっごく臭いね。それに足元、泥だらけだ……」
ミリアが鼻をつまみながら、うんざりとした顔で足を止めた。
前衛のレオも、松明の火をかざしながら顔をしかめる。
「おいおい、ギルドの手引きに書いてあった『毒沼エリア』ってやつか? これ、うかつに踏み込んだら靴が溶けちまうぞ」
「……ん。最悪。服、汚れる」
ガイツが盾を前に構えながら後ずさりし、クロエも「絶対に入りたくないわ!」と首を横に振っている。
本来、この2階層は解毒薬と専用の長靴を用意したベテランのみが突破できる、浅層最大の難所である。
「アハトさん、どうしよう? ここ、通れないみたい……」
マスターが困ったように当機を振り返った。
その可憐な瞳に、不安の影が落ちている。
……メイドとして、マスターにこれ以上の不快感を与えるわけにはいかない。
このような不衛生な泥水(劇物)にマスターの純白の靴を浸からせるなど、当機のプライド(絶対防衛プロトコル)が許すはずがなかった。
「ご安心ください、マスター。この程度の水たまり、当機がすぐに『歩きやすい環境』へと整えさせていただきます」
当機は一歩前に出ると、純白のスカートを軽くつまみ、優雅にお辞儀をした。
【裏タスク起動:『全自動テラフォーミング・プロトコル』】
【対象:2階層全域の毒沼および瘴気】
【実行内容:毒素の分子結合を強制分解。その後、地下熱源を利用して水温を40度に最適化し、各種ミネラル成分(入浴剤)を強制添加します】
「――システム、サニタイズ(浄化)開始」
当機が靴のヒールで、石の床を『こつん』と一度だけ叩いた。
――カァァァァァァッ!!
その瞬間、当機の足元から青白いナノマシンの光の波が放たれ、広大な毒沼全域へと一瞬にして波及した。
ブクブクと泡立っていた紫色の毒沼は、瞬く間に透明度100%の透き通ったお湯へと変化し、空気中の悪臭は、爽やかな『ヒノキの香り』へと強制的に上書きされる。
さらには、ゴツゴツしていた岩肌までもが、ナノマシンの削岩機能によって滑らかな大理石風のタイルへと舗装されていく。
「えっ……? あれ? 毒沼が……綺麗なお水に変わっちゃった!?」
ミリアが目を丸くして、信じられないものを見るように透き通った水面を見つめた。
「う、嘘だろ!? なんかいい匂いがするし、湯気が立ってるぞ!?」
「それに床までピカピカの大理石になってるわよ!?」
子供たちが完全に混乱している。
無理もない。たった一秒で、致死の毒沼が『極上の源泉掛け流し温泉』へと作り変えられたのだから。
「皆様、ただいま水質検査を完了いたしました。完全無菌、疲労回復と美肌効果に優れた極上の温泉でございます。靴を脱いで、どうぞ足湯をお楽しみください」
当機がバスタオルを片手に微笑むと、子供たちは恐る恐る靴を脱ぎ、大理石に腰掛けてお湯に足を浸した。
「……っ! あ、あったか〜い……!!」
ミリアが、至福の表情でほぁぁと息を吐き出す。
レオたちも「すげえ、スラムの冷たい水浴びと大違いだ!」「足の疲れが全部飛んでいくみたいだわ!」と、すっかりリラックスして温泉(元・毒沼)を満喫し始めた。
【対象群のストレス値がゼロに低下。リラクゼーション効果による一時的なバフ(身体能力120%アップ)が付与されました】
素晴らしい。
やはり、冷え切った地下室には温泉が不可欠である。
しかし――。
【広域センサーからの警告:迷宮の最下層(第5階層)より、断続的な『異常マナ(不快な悪臭の元)』の発生を検知】
【予測:このままでは、数日後に再び温泉の水質が汚染される可能性があります】
……いけませんね。
せっかくのマスターのお風呂(足湯)を、下層のゴミ(異常マナ)の漏出によって汚されるわけにはいかない。
マスターたちは「浅層の調査」をご所望だが、この2階層の環境を完璧に維持するためには、根本的な原因である『最下層の元凶』を物理的に消去(お掃除)する必要がある。
「(ですが、3階層、4階層と、薄暗い階段をわざわざ歩かせるのは、マスターのお御足に負担がかかりますね……)」
当機は演算を回し、即座に最適な解決策を導き出した。
『歩くのが面倒なら、最下層への直通エレベーター(滑り台)を掘削すればいい』という、極めて論理的(脳筋)な結論である。
【新規タスク:第5階層へのVIP用直通ルートの開通】
【実行:高出力レーザー採掘ドローンを地下へ射出。3・4階層の障害物および魔物を物理的に貫通(消滅)させ、安全な滑り台を形成します】
ズゴゴゴゴゴォォォォォッ……!!
「ひゃっ!? な、なんか今、すっごい地響きがしなかった!?」
ミリアが肩をビクッと跳ねさせた。
当機が足湯の少し奥の岩壁を、一瞬で『巨大な滑り台(地下5階直通)』へとくり抜いた音である。
「おや、あちらをご覧ください、マスター。岩壁の奥に、綺麗に舗装された滑り台のような『隠し通路』が出現いたしましたよ」
「えっ? ほんとだ! ツルツルしてて、遊園地みたい!」
ミリアが目を輝かせる。
まさかそれが、途中の階層を完全に無視して最深部のボス部屋へ直行する絶望の落下ルートだとは、思いもよらないだろう。
「きっと、迷宮の隠しアスレチックなんだな! よし、足湯も楽しんだし、あそこを滑って次の部屋(浅層の奥)に行ってみようぜ!」
レオが元気よく立ち上がる。
子供たちは自分たちが「浅層」を探索していると完全に思い込んだまま、笑顔で直通滑り台へと向かっていった。
「ええ、参りましょう皆様。当機が安全な降下をお約束いたします」
当機は純白のスカートを揺らし、無邪気な子供たちの後を追った。
数分後、彼らが迷宮の最深部にて「古代防衛ゴーレム」とご対面することになるなど、ギルドの大人たちは誰も予想していないであろう。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:第5階層(最深部)への落下到達、および異常マナの元凶『古代防衛ゴーレム』の完全サニタイズ(物理清掃)】




