第25話 【準備期間】初めての冒険譚と迷宮への支度。自立を促しつつも、過保護な便利グッズを忍ばせます
【現在時刻:現地時間 19:30】
【現在位置:本拠点(スラム街)・ダイニングルーム】
【環境ステータス:絶対安全圏展開中。室温22度、湿度50%に固定】
【タスク:マスターおよび保護対象群の精神的ケア、ならびに次回クエストのインターバル設定】
王都の冒険者ギルドから帰還した当機一行は、スラムの奥深くに佇む我が家(外見はボロボロの小屋、内部は無菌のハイテク要塞)へと戻っていた。
ギルドの受付嬢から提示された、王都近郊の『古代の地下迷宮』の調査依頼。
本来の爆速テンポであれば、そのままの勢いで地下室(迷宮)へと直行し、3秒でハッキングを開始するところであった。しかし、当機の演算回路は、今回はあえて「中一日」の準備期間を設けるのが最適解であると弾き出した。
【要因分析:マスター(ミリア)たちの精神的疲労の予防、および幼少個体たちの情操教育プロトコルの実行】
何事も急ぎすぎては、極上のスローライフが単なる強行軍(ブラック企業の労働)へと変質してしまう。メイドたるもの、主人の心にゆとりを持たせることこそが真の奉仕である。
「それでな! 俺がこう、剣をバッと構えて上から振り下ろしたら、3メートルもあるハイ・オークがどっかーんって吹き飛んだんだよ!」
食後のダイニングテーブル。
本日お留守番をしていた弟のテオ(8歳)をはじめ、4歳から7歳ほどの幼い孤児たちが、レオの身振り手振りを交えた熱弁に釘付けになっていた。
「ええーっ! レオ兄ちゃん、そんなに強い魔物を一撃でやっつけちゃったの!?」
「うん! スラムで毎日アハトさんの美味しいご飯を食べて、フカフカのベッドで寝てただろ? そしたら、俺たちの中に眠ってた凄い才能が、一気に爆発したみたいなんだ!」
レオがふんぞり返って自慢の鉄の剣(※超高周波ブレード)をパチンと叩く。
「レオだけじゃないわよ。あたしの心眼にかかれば、狙いを定めなくても矢が勝手に曲がって、魔物の眉間をスパーンよ!」
クロエも負けじと、木弓(※レールガン)を抱えて胸を張った。
大柄なガイツは言葉少なながらも、スープを飲みながら「……ん。盾、ビクともしなかった」と力強く頷いている。
「すっげええええっ!!」「みんな、本物のヒーローみたいだ!!」
幼い子供たちは、目をこれでもかとキラキラと輝かせ、憧れの眼差しを冒険者組へと向けていた。
「ミリア姉ちゃんも、すごかったんだよ。後ろから杖を振って、みんなの元気を一瞬で元通りにしてくれたの!」
レオの言葉に、子供たちの視線がミリアへと集まる。
「えへへ……。私は、みんなが怪我しないように応援してただけだよ。でもね、見て、みんな!」
ミリアは少し照れくさそうにはにかみながら、ギルドから受け取ってきた革袋をテーブルの上に置いた。
紐を解いて中身を傾けると、チャリン、チャリンと、今日稼いだばかりのピカピカの銀貨と銅貨が転がり出る。
「うわぁ……! お金がいっぱいだ!」
「これ、私たちが自分たちの力で、初めて稼いだお金なんだよ。これで、みんなの好きなものを買ったり、次の冒険の準備をしようね!」
ミリアが嬉しそうに微笑むと、ダイニングルームは割れんばかりの歓声に包まれた。
子供たちが自分たちの足で立ち、社会に関わり、正当な対価を得る。その無邪気な喜びの波形が部屋中に満ちていく。
【対象群の自己有用感および幸福度が規定値を連続突破】
【当機の疑似感情セクターに、極めて温和なログが記録されました】
素晴らしい。これこそが、当機が守るべき平和の形である。
***
翌日。
ミリアたちは、翌々日の『古代の地下迷宮』への出発に向けて、自分たちで準備を始めていた。
「ええと……ギルドでもらった『初心者の手引き』によると、地下迷宮は真っ暗だから『松明』が必要で、崖を上り下りするための『ロープ』と、数日分の『保存食』と『水筒』がいるんだよね」
ミリアが、ホログラム端末からメモ帳に書き写した(※文字の読み書きを覚えたばかりである)リストを真剣に覗き込んでいる。
「よし! お小遣いもあるし、みんなで市場へ行って必要なものを買いに行こう!」
「おう! 自分たちの装備の準備くらい、自分たちでやらないとな!」
子供たちは張り切って、スラムの外の市場へと向かっていった。
当機はあえて手を出さず、「荷物持ち兼見守りメイド」として、彼らの少し後ろを静かに付いて歩いた。
すべてを当機が先回りして用意してしまっては、彼らの「自分たちの力で準備する」という大切な教育機会(お買い物体験)を奪ってしまう。自立を促すためには、時に見守る忍耐も必要なのだ。
「おじさん、この松明を5本と、頑丈な麻のロープをください!」
「はいよ! おや、昨日ハイ・オークを倒したっていう噂のチビっ子冒険者たちかい? よし、おまけで火打ち石も付けちゃうよ!」
「わぁ、ありがとうございます!」
市場の商人たちとも、ミリアたちは立派に交渉し、自分たちのリュックに必要なものを詰め込んでいく。
固い干し肉、長持ちする硬いパン、銅製の水筒。
彼らが一生懸命に考えて選んだ、微笑ましくも不器用な「初心者の冒険セット」が完成した。
***
そして、出発の朝(翌々日)。
拠点の広場には、自分たちで用意したパンパンのリュックを背負ったミリア、レオ、ガイツ、クロエの4人が、気合十分な顔で並んでいた。
「アハトさん、見て! ちゃんとお手引き通りに、全部自分たちで準備できたよ!」
ミリアが、少し誇らしげにリュックを叩いてみせる。
「拝見いたします、マスター。――スキャン実行」
【保護対象群の所持品をチェック:松明5本、麻のロープ20メートル、干し肉6パック、水筒4本、火打ち石】
【実用性評価:現地水準としては満点です。しかし、当機の衛生・安全基準から見れば、生存確率を著しく下げる『ただのゴミ(不良品)』と判定せざるを得ません】
麻のロープは擦れに弱く、干し肉は栄養価が偏っており、水筒の水は3日で腐る(雑菌が繁殖する)。これでは、メイドとして彼らを地下室に行かせるわけにはいかない。
しかし、ここで「全部駄目です」と言ってしまっては、彼らの努力と自立心をへし折ってしまう。
よって、メイドたるもの、ここは『大人の気配り』を見せるべき局面であった。
「素晴らしい準備です、皆様。自分たちの力でここまで揃えられるとは、当機も感服いたしました」
当機は完璧な角度(四十五度)でお辞儀をし、彼らの努力を最大限に賞賛した。
「ただ、メイドとして、少々『足りない分』を補填させていただいてもよろしいでしょうか? ほんの少し、リュックの隙間をお借りしますね」
「あ、うん! アハトさんが入れてくれるなら、百人力だよ!」
ミリアが素直に笑う。
当機は子供たちのリュックのチャックをそっと開け、彼らが市場で買ってきた荷物の「隙間」に、一見すると普通に見えるいくつかの便利グッズ(過保護アイテム)を音もなく忍ばせた。
【※過保護アイテムその1:『ただの保存食に見える携帯レーション』】
【実態:見た目は茶色いクッキーですが、分子ガストロノミーに基づき、1粒で1週間分の完璧な栄養と水分を補給可能。味は「極上イチゴショートケーキ味」に偽装】
【※過保護アイテムその2:『ただの紐に見える麻ロープ』】
【実態:外見は荒い麻ですが、内部は形状記憶ナノファイバー(カーボンナノチューブ製)。耐荷重100トン。音声認識で自動で縮み、対象に絡みつく自律追尾機能を搭載】
【※過保護アイテムその3:『ただの銅製に見える水筒』】
【実態:内部に空間拡張と空気中水分収縮ろ過システムを内蔵。どれだけ飲んでも、中から天然水(無菌・超軟水)が無限に湧き出る『無限水生成器』】
見た目は、昨日市場で買ったばかりの、少し不格好な初心者リュックのままである。
しかしその中身は、万が一迷宮が崩落して地上から完全に隔離されようとも、3年間は優雅にラグジュアリーな生活を維持できる『動く終末シェルター』と化していた。
「よし! 準備は完璧だね! テオ、みんな、お留守番よろしくね!」
ミリアが、見送りに来た小さな子供たちに手を振る。
「ミリア姉ちゃん、気をつけてね!」「お土産話、待ってるからね!」
子供たちの温かい声援を背に受け、世界で最も過保護に守られたFランクパーティが、ゆっくりと歩き出した。
「さあ、マスター。古代の地下迷宮とやらへ向かいましょう。当機が、快適な地下室の旅をエスコートいたします」
純白のスカートを揺らし、荷物持ちのメイド(アハト)がその後ろに従う。
己の領域が、最強のメイドロボによって「全自動リゾート空間」へとハッキングされることなど、地下迷宮の魔物たちはまだ知る由もなかった。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:古代の地下迷宮への侵入、および薄暗い地下環境に対する『全自動テラフォーミング』プロトコルの起動】




