第20話 【作戦完了】超巨大地龍を山ごと蒸発させました。おやすみなさい、マスター
【現在時刻:現地時間 06:50】
【稼働ステータス:戦術強襲形態『ヴァルキリー・クレードル』】
【マスターの精神波形:極めて安定。対象(魔物群)の完全排除を継続します】
王都の外縁部に広がる平原は、静寂に包まれていた。
先ほどまで大地を埋め尽くしていた数万の魔物の群れは、当機の右腕とマスター(ミリア)の動きを同調させた『ただのパンチ(音速の衝撃波)』によって、その前衛数千体が文字通り消し飛ばされた。
残された魔物たちは、本能的な恐怖に縛られ、一歩も動くことができない。
王国の騎士たちもまた、あまりのオーバーテクノロジーによる破壊の光景に、武器を取り落として呆然と立ち尽くしている。
『アハトさん……私、みんなを守れたの?』
コックピット内で、ミリアが自分の震える両手を見つめながら問いかけてくる。
「肯定します、マスター。貴方様の勇気が、当機の出力と完璧にリンクしました。残る害虫(野生動物)どもも、すべて清掃いたします」
当機が次なる殲滅兵装のロックを解除しようとした、その時である。
ズズンッ……!!
突如として、平原の奥深くから、大地そのものが悲鳴を上げるような強烈な地鳴りが響き渡った。
「な、なんだ!? まだ何かが来るぞ!」
「あ、あれを見ろ! 山が……山が動いている……!?」
騎士の一人が絶望的な声を上げ、空を指差した。
巻き上がる土煙を裂いて姿を現したのは、山脈と見紛うほどの巨体を誇る特A級環境破壊生物。
『アダマンタイト・アースドラゴン(地龍)』である。
全身を覆うのは、王国最強の剣でも傷一つつけられないとされる黒鋼の竜鱗。
その一歩が大地を割り、吐き出す息だけで周囲の木々が発火して灰へと変わっていく。
【新規敵性個体をスキャン。推定体長50メートル。質量:計測限界超過】
【評価:極めて大型の爬虫類。防犯上の重大な懸念材料です】
「おお、神よ……! 伝説の地龍まで現れるとは……!」
「終わりだ! いくらあの白銀の戦乙女でも、あのバケモノには勝てるわけがない!」
王国の騎士団長が、膝から崩れ落ちて天を仰いだ。
地龍は当機を明確な『敵』として認識したらしい。
その巨大な顎がゆっくりと開かれ、口腔内に太陽の如き超高熱のエネルギー(マナ)が圧縮されていく。
『アハトさん! あの大きなトカゲ、何かすっごく熱いものを吐こうとしてる!』
ミリアの警告と同時に、地龍の口から極太の火柱(最大出力ブレス)が放たれた。
それは王都の城壁はおろか、背後の山すら一瞬でマグマに変えるほどの絶望の閃光である。
「避けろォォォッ!! 戦乙女ェェッ!!」
アルヴィンをはじめとする騎士たちが悲鳴を上げる。
しかし、当機は一歩も退く必要はない。
「マスター。目を閉じていてください。少々、眩しくなります」
【防御プロトコル:対星間用・極小対消滅バリア(出力100%)展開】
――ドゴォォォォォォォォォォォォッ!!!
地龍の放った最大ブレスが、当機の前面に展開された不可視のバリアに直撃する。
しかし、それは当機の装甲に焦げ跡一つ、コックピット内の室温を一度たりとも上昇させることはなかった。
数千度の熱量と物理的破壊力は、バリアに触れた瞬間にすべてプラズマ発光へと変換され、まるで美しい花火のように左右へと散っていく。
「なっ……!? 無傷、だと……!?」
息を吐き尽くした地龍自身が、最も驚愕しているようだった。
その巨大な爬虫類の瞳に、明確な『恐怖』の色が浮かぶ。
『すごい……熱くない。アハトさん、私たち、本当に無敵なんだね!』
コックピット内で、ミリアの瞳が力強く輝いた。
【マスターの戦意、および勝利への確信を観測】
【大いなる決断の実績を認定。最終兵装のロックを強制解除します】
当機の網膜ディスプレイに、最高レベルのシステムログが黄金色に輝きながら流れた。
【武装解放:対星間用・荷電粒子収束槍】
【縮退炉のリミッターを解除。臨界点までのエネルギーチャージを開始します】
「マスター。これでトドメ(清掃完了)といたします。当機のシステムアナウンスに合わせて、右腕を前へ突き出してください」
『うんっ! いくよ、アハトさん!』
メカスーツの右腕が前方に掲げられ、その掌の空間が激しく歪み始めた。
周囲の空間からあらゆる光とエネルギーが吸い寄せられ、白銀の槍の形を成していく。
【チャージ開始……10】
【9、8、7……】
地龍は本能的に己の死を悟り、巨体を翻して逃亡を図ろうとした。
しかし、当機のターゲティング・システムからは、宇宙の果てまで逃げようとも絶対に逃れることはできない。
【6、5、4……】
【3、2、1……チャージ完了】
「目標、大型爬虫類。――発射」
『やぁぁぁぁぁぁっ!!』
ミリアの気合の声と共に、当機は右腕を振り抜いた。
――ピシュゥゥゥンッッ!!!
音はなかった。
あまりにも膨大なエネルギーの奔流は、大気の振動すら置き去りにしたのだ。
当機の掌から放たれた極太の光の槍は、逃げようとする地龍の分厚い鱗を、まるで濡れた紙くずのように容易く貫通した。
いや、貫通などという生易しいものではない。
光に触れた瞬間、地龍の巨体は原子レベルから完全に崩壊し、一瞬にして光の中に『蒸発』したのだ。
さらに光の槍は止まることなく直進し、地龍の背後にそびえていた巨大な山脈の半分を、地形ごと綺麗にえぐり取って空の彼方へと消え去っていった。
「……………………」
王都の外縁部を、完全な静寂が包み込んだ。
誰も声を出せない。息をすることすら忘れている。
彼らの目の前には、地龍の姿も、数万の魔物の群れも、そして遠くの山すらも存在しない。
ただ、何事もなかったかのように綺麗に整地された(えぐられた)、広大な平原が広がっているだけだった。
【ターゲットの完全消滅を確認。敵性反応、ゼロ】
【防衛任務(害虫駆除)、ミッション・コンプリートです】
『やった……! アハトさん、私たち、やったんだね!』
コックピットの中で、ミリアが歓喜の声を上げる。
しかし、その声を聞いた直後、当機のシステムにレッドアラートが点滅した。
【警告:メインジェネレーター(縮退炉)のエネルギー残量が規定値を下回りました】
【機体維持限界。これより、強制的なシステム・スリープモード(休眠)へと移行します】
「……申し訳ありません、マスター。少々、はしゃぎ過ぎて(出力を上げ過ぎて)しまったようです」
『えっ? アハトさん?』
当機の戦術強襲形態を維持していた光の粒子が、足元からパラパラと解け始めた。
同時に、コックピットのハッチが静かに開き、ミリアの体が外の空気へと押し出される。
「当機はこれより、失われたエネルギーを充填するための休眠に入ります。次に目覚める時まで、マスターの朝食はお預けとなってしまいますが……ご容赦を」
『アハトさん! だめ、消えないで!』
ミリアが涙目で手を伸ばす。
しかし、メカスーツの巨体は完全に光の粒子となって霧散し、その中心から、本来の小さな純白のメイド姿の当機が、力なく地面へと崩れ落ちた。
「おやすみなさい、マスター。当機は……貴方様にお仕えできて……」
プツン、という小さな電子音と共に。
当機の視覚センサーは完全にブラックアウトし、すべての思考プロセスが停止した。
***
静まり返った平原の中央。
朝陽が昇り始めた光の中、魔物も地龍も消え去った戦場の真ん中に、ただ一人。
昨日までスラムの泥にまみれていた孤児の少女、ミリアだけが立ち尽くしていた。
その足元には、ピクリとも動かなくなった美しい純白のメイドが横たわっている。
「アハトさん……っ! アハトさん、起きてよ……っ!」
ミリアが泣きながら、アハトの冷たい体を抱きしめる。
その光景を、遠くから呆然と見つめていた王国の騎士たち。
彼らはゆっくりと武器を地面に置き、誰からともなく、少女に向かって深く、深くひざまずいた。
それは、国家を滅亡の危機から救った英雄に対する、絶対的な敬意と畏怖の念。
「聖女様……! 我らが救世の聖女様……!!」
騎士団長をはじめとする数万の軍勢が、スラムのポンコツ少女だったミリアに向かって、一斉に平伏する。
伝説の魔王軍でも、白銀の死神でもなかった。
世界を救ったのは、メイドに極限まで甘やかされ、守るべき者のために立ち上がった一人の少女であった。
かくして、勘違いから始まった常識崩壊の物語は、国家最大の危機をオーバーテクノロジーで物理的に論破し、ここに第一の幕を下ろすのである。
――最終兵器メイドロボは、少しの休眠ののち、再び主を極限まで甘やかすために目を覚ますだろう。
【第1部・完】




