第15話 【知育プロトコル】学習施設の稼働とシナプスの最適化。外部からの熱源反応(魔法攻撃)を検知しました
【現在時刻:現地時間 09:00】
【稼働ステータス:全システム正常。拠点防衛レベル:絶対安全圏維持】
【現在進行中のタスク:マスターおよびサブマスター群への基礎教育プログラムの実行】
スラム街の広場――否、当機のテラフォーミングによって生まれ変わった『極上の楽園』の朝は、子供たちの活気ある声で幕を開けた。
昨晩、当機が錬成した純白のドーム型『学習施設』。
その内部には、淡く発光するホログラム端末がずらりと並び、最適な温度と湿度、そして脳の働きを活性化させる微弱なマイナスイオンが充満している。
「すごい……! この光る板を触ると、文字の読み方を声で教えてくれるよ!」
「俺、自分の名前が書けるようになったぞ! たった一時間でだ!」
孤児たちが、それぞれのホログラム端末(基礎学習用AIチューター)に向かい、目を輝かせながら学習に取り組んでいる。
当機は純白のエプロンにシワ一つない完璧な姿勢で直立し、彼らの学習進捗(シナプス結合の速度)をモニタリングしていた。
【対象群の学習効率:標準的な人類の約400%を記録】
【要因分析:連日投与している『超栄養スープ』による脳細胞の最適化、およびAIチューターのパーソナライズ機能によるものです】
スラムで読み書きすら知らなかった子供たちだが、彼らの現在のIQは、王都の貴族が通うエリート学園の生徒たちをすでに凌駕しつつあった。
健康な肉体と、最適化された学習環境。この二つが揃えば、人類の知的能力は容易に限界を突破する。
「アハトさん、見て! この本、もう最後まで読めちゃった!」
マスター(ミリア)が、ホログラムで投影された分厚い歴史書(王国の歴史から基礎的な物理法則まで網羅したもの)を閉じ、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「素晴らしい進捗です、マスター。貴方様の脳波からは、極めて良質な『知的好奇心の充足』を示すアルファ波が観測されています」
「えへへ……。私、今まで文字なんて自分の名前くらいしか読めなかったのに。本を読むのって、こんなに楽しいことだったんだね」
ミリアが誇らしげに微笑む。
かつて「世界は敵ばかりだ」と斜に構えていた少女の瞳には、今や無限の知識を吸収しようとする前向きな光が宿っていた。
「もっといろんなことを知りたいな。お外の世界のこと、星のこと、それに……アハトさんのことも、もっとたくさん」
【マスターの精神的成長(知性への欲求)が規定値を突破】
【情操教育プロトコル、極めて順調な推移を認定】
【システム報酬:記憶セクター0x16のロックを解除します】
ミリアの知的な笑顔をトリガーとして、当機のメインシステムに新たな歓喜のログが流れた。
【新規機能:『超高度・物質複製プラント(マス・プロダクション)』がアンロックされました】
【特殊権限:マスターおよびサブマスターへの『生体IDリンク型・小型シールド発生器』の付与が可能になりました】
素晴らしい。
これで、マスターの知識欲を満たすためのあらゆる機材や書物を無限に複製できるだけでなく、子供たち全員に自動防衛のバリアを付与することができる。
安全と教育。メイドとして提供すべきスローライフの基盤が、さらに盤石なものとなった。
「マスターの素晴らしい学習成果に敬意を表し、本日の昼食は『極上バイオ・ハンバーガーと三種のチーズ盛り合わせ』をご用意いたします」
「ほんと!? やったぁ! みんな、お昼ご飯はハンバーガーだって!」
ミリアが歓声を上げると、施設内の孤児たちから「うおおおおっ!」「ミリア姉ちゃん万歳!」という地鳴りのような歓喜の声が上がった。
彼らの崇拝対象への信仰心は、今日も順調に高まっているようだ。
***
昼食後。
極上のハンバーガーで満腹になった子供たちは、当機が錬成したアスレチック遊具で安全に遊び回り、心地よい汗を流していた。
【対象群のバイタルスキャン:適度な疲労感と、発汗による体表の汚れ(泥、皮脂)を検知】
【衛生管理プロトコル起動。全個体の洗浄作業への移行を推奨します】
「マスター。皆様も随分と汗をかかれたようです。当拠点が誇る『最新鋭スパリゾート(大浴場)』へ、皆様をご案内いたしましょう」
「あ、そっか! みんなはお風呂、まだ入ったことなかったもんね。みんなー! お風呂の時間だよー!」
ミリアの号令により、30人の孤児たちが一列に並ぶ。
当機は地下へと続く大理石の階段を展開し、彼らを巨大な入浴施設へと先導した。
「なんだここは……!? 地下に、こんなすげえ神殿みたいな場所が……!」
「水が……水が湯気を出して、滝みたいに流れてるぞ!?」
初めて大浴場を目にした孤児たちは、あまりのスケールに腰を抜かしかけていた。
無理もない。純白の特殊セラミックで統一された空間に、数十人が泳いでも余りある広大な湯船。
スラムの井戸で冷たい泥水を浴びるしかなかった彼らにとって、ここはまさに天上界の光景だろう。
「さあ、皆様。お召し物を脱いで、まずは当機が設置した『全自動洗浄ポッド』で体の汚れを落としてください」
当機の指示に従い、子供たちは恐る恐る洗浄ポッド(マッサージ機能付きの温水シャワー)をくぐり、ピカピカになった状態で広大な湯船へと飛び込んだ。
「うひょおおおおっ!! あったけえええっ!!」
「最高だ! 天国だ! 俺、ここで一生暮らしたい!」
【対象群(サブマスター30名)の副交感神経の弛緩を確認】
【超回復ナノ泉質により、疲労物質が完全に分解されています】
子供たちの歓声が、広大な浴場に木霊する。
ミリアもまた、少し離れた浅瀬のエリアで、ふわりと湯船に浮かびながら至福の吐息を漏らしていた。
「はぁぁ……やっぱり、アハトさんのお風呂は最高だよ……。みんなもすごく嬉しそう」
「メイドとして当然の職務です。湯上がりには、昨日よりもさらに糖度を最適化した『果実水(フルーツ牛乳)』をご用意しております」
「至れり尽くせりすぎるよぉ……だめになっちゃう……」
ミリアがだらしなく頬を緩める。
このスラム街は今、世界で最も平和で、清潔で、幸福な空間として完成の域に達していた。
***
――しかし。
その絶対的な平和と壁一枚を隔てた外の世界では、狂気と絶望が最高潮に達しようとしていた。
「見ろ……! スラムの中心から、今度は巨大な『湯気』が……いや、あれは毒の瘴気だ!!」
防壁の頂上で監視を続けていた若き騎士アルヴィンが、絶叫した。
彼が指差す先、スラムの地下スパリゾートの換気口から排出された『ただの水蒸気』が、王都の冷たい空気に触れて巨大な白い柱となっていた。
「昨晩の不気味な光の祭壇といい、今の瘴気の柱といい……間違いない! 白銀の死神は、ついに魔王を召喚するための最終フェーズに移行したんだ!!」
騎士団長が、血走った目で叫ぶ。
「しかも、北方からは5万の魔物の本隊が、あと数日の距離まで迫っている! このままでは、内側からは魔王が、外側からは魔物が王都を挟み撃ちにする形になるぞ!」
絶望的な状況。
王国の防衛ラインは、完全にパニックに陥っていた。
「……致し方あるまい」
その時、一人の年老いた高位魔導師が、重々しく口を開いた。
「事ここに至っては、躊躇している暇はない。王都の地下に眠る、建国王の遺産……『戦略級・魔導殲滅砲』を起動するしかあるまい」
「メギド・カノンだと!? しかしあれは、一度撃てば王都の全魔力を数年間枯渇させる禁忌の兵器だぞ!」
「背に腹は代えられん! あのスラムごと、瘴気を撒き散らす死神を跡形もなく消し飛ばすのだ! 魔物の大群への威嚇にもなるはずだ!」
騎士団長は苦渋の決断を下し、震える声で命令を下した。
「……総員、魔導殲滅砲の起動準備! 目標、スラム街の中心! あの忌まわしき悪魔の拠点を、焦土と化せェェェッ!!」
「やめてください、隊長!! あそこには、まだミリアや子供たちが……!!」
アルヴィンの悲痛な叫びは、魔導師たちの詠唱の声にかき消された。
王城の深奥から、地鳴りのような駆動音が響き始める。
何百人もの魔導師たちが一斉に魔力を注ぎ込み、砲身に蓄積されていく圧倒的な破壊のエネルギー。
それは、ファンタジー世界における国家の「最大火力」であった。
***
【警告:広域戦術レーダーに、異常なエネルギーの収束を検知】
【発生源:王都中心部(王城地下)。距離:約3キロ】
【エネルギー・クラス:戦術級。目標地点:当機が防衛する本拠点(スラム街)】
スパリゾートの脱衣所で、子供たちの髪を高速ドライヤーで乾かしていた当機の視界に、赤色の警告ログが表示された。
当機は一切の手を止めることなく、瞬時にそのエネルギーの性質を解析する。
【熱源マトリクス解析……完了】
【評価:未確認エネルギー(マナ)の圧縮による、熱と衝撃波の放出兵器】
【総合破壊力予測:当機の……0.005%】
王都が誇る究極の魔導兵器。
しかし、星間戦争を想定して設計された最終兵器メイドロボの演算回路にとっては、「少し大きなマッチの火」程度の熱量に過ぎなかった。
(ふむ。王都の行政機関が、本拠点に向けて何かを打ち上げようとしているようですね)
当機は、ドライヤーのスイッチを切りながら、極めて論理的な(ズレた)推論を導き出した。
(わざわざこのスラムの真上を狙って、光と音を発生させる兵器。……理解しました。昨日完成した防壁の『落成記念』として、花火を打ち上げてくれるのですね)
未開の文明なりに、マスターたちを楽しませようとする粋な計らいである。
ならば、メイドとしてその好意を受け取り、子供たちに見学させてあげるのが礼儀というものだろう。
「アハトさん? どうかしたの?」
髪を乾かし終えたミリアが、不思議そうに当機を見上げる。
「いえ、マスター。素晴らしいタイミングで、王都の皆様から『余興』のプレゼントがあるようです」
「余興?」
「はい。外の広場へ出ましょう。皆様、フルーツ牛乳を持ったまま、夜空を見上げてください。間もなく、盛大な『光のショー』が始まりますよ」
何も知らない子供たちは、「光のショー!?」「すっげえ!」と歓声を上げ、タオルを頭に乗せたまま外の広場へと駆け出していく。
当機は、純白のスカートの裾をつまみ、静かに彼らの後を追う。
【拠点防衛システム:『絶対防壁』、常時展開を確認】
【迎撃の必要なし。飛来する熱量(魔法攻撃)は、バリア表面での『美しいプラズマ発光(花火)』として処理します】
マスターの極上のスローライフを彩る、最高のエンターテインメントが始まろうとしていた。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:国家の最終兵器を「花火」として鑑賞し、就寝プロトコルへ移行】




