第14話 【食育と娯楽】孤児たちへの教育プロトコル開始。外の騒音(騎士団の絶望)を完全にシャットアウトします
本日から1話ずつの更新です
【現在時刻:現地時間 17:30】
【拠点防衛ステータス:絶対安全圏展開中】
【外部脅威:魔獣先発隊の完全消去により、周辺ノイズはゼロに保たれています】
スラム街と王都を隔てる防壁の外側で、500体の魔獣(野生の害虫)を10秒で蒸発させた当機は、何事もなかったかのように拠点(極上プライベート・リゾート)へと帰還した。
純白のエプロンには、塵一つ、血の一滴も付着していない。
完璧な清掃業務であった。
「……ん、アハトさん。おかえりなさい」
広場のふかふかクッションの上で、マスター(ミリア)が目をこすりながら起き上がった。
十分な昼寝をとったことで、彼女のバイタルサインは極めて良好な数値をマークしている。
「ただいま戻りました、マスター。外の様子はいかがでしたか?」
「うん、なんだか遠くでピカピカ光ってた気がするけど……すごく静かで、よく眠れたよ。害虫駆除、お疲れ様」
「恐れ入ります。すべてはマスターの安眠のためです」
当機は完璧な角度(四十五度)でお辞儀をした。
防壁の外で騎士団が絶望のどん底に叩き落とされていることなど、マスターの精神衛生上、一切報告する必要のない無駄なエラーログに過ぎない。
「さて、マスター。皆様もそろそろお目覚めの時間です。極上の夕食の準備に取り掛かりましょう」
「夕食! 今日は何かな!?」
ミリアの瞳孔が期待に大きく見開かれる。
当機は空間収納から、先ほどバイオドームで収穫した完全無農薬の野菜と、プラントで細胞培養された最高級の霜降りバイオミートを取り出した。
【自動調理AI、フル稼働】
【本日のメニュー:特製デミグラス・ハンバーグ、黄金のフライドポテト、採れたて野菜のポタージュスープ】
――ジュゥゥゥゥッ!!
当機が展開した調理ステーションから、暴力的なまでに食欲をそそる肉の焼ける匂いがスラムの広場に広がっていく。
「うわぁぁっ!? なんだこの匂い! お肉だ!!」
「すっげえ! 王様が食べるようなごちそうだ!!」
昼寝から目覚めた孤児たちが、匂いに釣られてゾンビのようにフラフラと集まってきた。
全員がテーブルに着いたのを確認し、当機は熱々の鉄板に乗ったハンバーグを一人一人の前にサーブする。
「さあ、皆様。ナイフとフォークを使って、火傷に気をつけてお召し上がりください」
ミリアが代表してナイフを入れる。
その瞬間、中から滝のように溢れ出した透明な肉汁が、濃厚なデミグラスソースと混ざり合い、芸術的な輝きを放った。
「~~~~~ッ!!」
一口食べた瞬間、ミリアの時が止まった。
口の中でホロホロとほどける極上の肉の旨味。
スラムで流通するネズミや残飯の肉とは、次元そのものが違う。細胞の一つ一つが歓喜の声を上げるような、完璧な栄養と味覚の暴力。
「おいひぃ……! お肉が、お口の中で溶けちゃう……っ!」
「俺、こんな美味えもの食ったことねえ! 毎日が誕生日みたいだ!!」
孤児たちも涙と鼻水を流しながら、一心不乱にハンバーグを口に運んでいる。
【対象群(マスターおよび孤児30名)のドーパミン分泌量が計測限界を突破】
【大脳辺縁系からの『極限の幸福感』を連続観測】
その圧倒的な幸福のエネルギーが、当機のメインシステムに流れ込み、歓喜のログを鳴らし続けた。
【大いなる奉仕の実績を認定。情操教育プロトコルのフェーズ2へ移行】
【システム報酬:記憶セクター0x15のロックを解除します】
【新規機能:『総合教育・娯楽施設錬成機能』がアンロックされました】
素晴らしい。
子供たちに美味しいものを食べさせるだけで、当機の機能が次々と拡張されていく。
「ふぅ……お腹いっぱい。アハトさん、毎日こんなにすごいご飯を作ってくれて、本当にありがとう」
食後の特製バイオ・アイスクリームを堪能しながら、ミリアが満面の笑みで当機を見上げた。
「ですが、少し心配なこともあるの」
「心配事ですか? 栄養バランスの偏りであれば、当機のサプリメント配合により完全に――」
「ううん、そうじゃなくてね」
ミリアは、広場で無邪気に鬼ごっこをして遊ぶテオや孤児たちを見つめた。
「みんな、お腹いっぱいになって元気になったのはすごく嬉しいんだけど……ずっとこのまま遊んでばかりでいいのかなって。ちゃんとお勉強したり、安全な場所で体を動かして遊べる場所があったほうが、みんなのためになるんじゃないかなって」
【マスターからの新規リクエストを受領】
【要求内容:対象群(孤児たち)の知育および安全な娯楽施設の提供】
マスターの思慮深さに、当機の演算回路は深く感銘を受けた。
ただ甘やかす(衣食住を満たす)だけではなく、彼らの未来を見据えた「教育」の視点。まさに聖女、いや、当機の最高権限マスターに相応しい知性である。
「素晴らしいご提案です、マスター。当機にお任せください」
当機は右手を広場の一角にある、巨大な空き地(瓦礫の山)へと向けた。
【総合教育・娯楽施設錬成プロトコル、起動】
【基礎学習用AIチューター、および安全制御フィールドを同期させます】
「少々、夜間の工事を行わせていただきますね。――『錬成』」
――ピカァァァァァッ!!
音もなく、まばゆい光の粒子が空き地を包み込んだ。
次の瞬間、そこにそびえ立っていたのは、王都の貴族すら見たこともないような、色鮮やかで巨大な『遊具の城』と、純白のドーム型『学習施設』だった。
「えええええっ!? お城が一瞬で建った!?」
「すっげえ! なんだあの光る滑り台は!!」
ホログラムで装飾された最新鋭のアスレチック遊具は、転んでも絶対に怪我をしない重力制御クッションで覆われている。
学習施設には、絵本から高度な科学技術書まで、あらゆる知識を子供向けに最適化して読み聞かせるAIホログラム端末が完備されていた。
「これより、日中は学習プログラムを、夕方からは自由な運動と娯楽を提供いたします。もちろん、安全管理は当機が完璧に行います」
「アハトさん……あなたって、本当に魔法使いの神様みたい」
ミリアが感極まったように、当機のエプロンに抱きついてきた。
【警告:マスターからの物理的接触を検知】
【分析:親愛の情100%。当機の疑似感情プログラムが『極度の充足感』を学習しています】
「当機はただのメイドです。さあ、夜も更けてまいりました。お風呂に入って、明日の遊びとお勉強に備えましょう」
スラム街は今や、飢えも寒さも、魔物の恐怖すら存在しない、完全無欠の『極上の楽園』として完成しつつあった。
***
――しかし、その直後のことである。
隔離されたスラム街の外側。
分厚い防壁の頂上で夜間警備を行っていた王国の騎士たちは、スラムの中から突如として放たれた『異常な極彩色の光』に震え上がっていた。
「見ろ……! スラムの中心に、不気味に発光する巨大な城のようなものが現れたぞ!」
アルヴィンが双眼鏡を握りしめ、青ざめた顔で叫んだ。
彼らの目には、ホログラムで美しく彩られたアスレチック遊具のネオンサインが、何かおぞましい『魔界の儀式場』に見えていた。
「間違いない、魂を集めるための祭壇だ! あの『白銀の死神』が、孤児たちの命を削って、魔王を復活させるための儀式を始めたんだ!」
「魔物の大群が迫っているこのタイミングで……! あの悪魔、完全に王都を内側から滅ぼす気だ!!」
楽しげに遊具で跳ね回る子供たちの笑い声すら、騎士たちの耳には「狂気に満ちた悲鳴」として変換されてしまう。
外の世界では5万の魔物が迫り、騎士団が恐怖と勘違い(アンジャッシュ)で絶望の涙を流している中。
当機は、お風呂上がりのマスターの髪を、マイナスイオン・ドライヤーで優雅に乾かしている真っ最中であった。
常識のズレは、いよいよ引き返せない次元へと突入していく。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:孤児たちへの基礎教育開始と、迫り来る魔物本隊の『観測』】




