第16話 【花火鑑賞】国家の最終魔導兵器をプラズマ変換で無害化。マスターの情操教育に役立てます
【現在時刻:現地時間 20:00】
【接近中の戦術級熱源(王都方面からの未確認エネルギー波)、着弾まで残り3秒】
【防衛プロトコル:絶対防壁による視覚的エンターテインメント変換を開始します】
夜空が、不気味な真紅に染まり上がっていた。
王都の中心部、王城の地下から放たれた極太の光の奔流が、轟音と共に雲を吹き飛ばし、当機が守護するスラム街へと一直線に降り注いでくる。
「な、なんだあれ!? お空が赤くなってる!」
「太陽が落ちてきたみたいだ……!」
フルーツ牛乳の入った瓶を握りしめながら、孤児たちが恐怖に顔を引きつらせた。
無理もない。彼らの未発達な網膜でも、あれが尋常ではない熱量を持った破壊のエネルギーであることは本能的に理解できるのだろう。
「アハトさん……! あれ、本当に余興なの……!?」
マスター(ミリア)が、震える手で当機のエプロンを強く握りしめる。
「ご安心ください、マスター。未開の文明が放つ花火ですので、少々火薬の量(マナの収束率)が雑なだけです」
当機はミリアの頭を優しく撫でながら、一切の駆動音を立てずに絶対防壁の周波数を調整した。
【着弾まで残り1秒。バリア表面の屈折率およびエネルギー変換マトリクスを同期】
【目標:飛来する熱量を、無害な七色の可視光線(プラズマ発光)へと分散処理します】
直後。
王国の歴史上最強の魔導兵器『メギド・カノン』が、スラム街を覆う不可視のドーム状結界へと直撃した。
――ピキュゥゥゥゥゥンッッ!!
本来であれば、スラムのバラック小屋もろとも、大地をすり鉢状に消し飛ばすはずの絶望の一撃。
しかし、それが当機のイージスに触れた瞬間。
パリィィィィィンッ……!!
ガラスが砕け散るような極めて美しい高周波音と共に、極太の光の柱は無数の光の粒子へと分解された。
それは赤、青、緑、黄金と、鮮やかな七色のプラズマとなって夜空一面に弾け飛び、ゆっくりと尾を引いて瞬きながら消えていく。
音波の衝撃すら完全に相殺され、残ったのはキラキラと輝く光のシャワーだけだった。
「…………え?」
ミリアが、目を丸くして空を見上げている。
「う、うわあああああっ!!」
「すっげええええっ!! お空にお花が咲いたみたいだ!!」
「魔法の花火だ! 綺麗! すっごく綺麗!!」
恐怖に怯えていた孤児たちの表情が一変し、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。
子供たちは飛び跳ねながら、空から降ってくる無害な光の粒子に手を伸ばしている。
「本当に、綺麗だった……。アハトさん、これ、王都の人たちが私たちのためにしてくれたの?」
ミリアが、弾けるプラズマの光に照らされながら、瞳をキラキラと輝かせて振り返る。
「ええ、そのようです。昨日完成した防壁の落成記念と、スラムの皆様への日頃の感謝を込めたサプライズだと推測されます。素晴らしい気遣いですね」
(実際には、ただの非効率なエネルギーの塊でしたが。情操教育の観点から、王都の行政機関には『心優しいご近所さん』という評価を与えておきましょう)
当機は内心で冷徹な事実を処理しつつ、微笑みを浮かべてマスターの喜ぶ姿を記録する。
【対象群(マスターおよび孤児30名)の視覚的刺激による大いなる感動を観測】
【生体ホルモン値(幸福度)が連続で上限を突破】
その純粋な感動のエネルギーが、当機のシステムに還元され、心地よいファンファーレを鳴らした。
【大いなる奉仕の実績を認定。情操教育プロトコルのフェーズ3へ移行】
【システム報酬:記憶セクター0x17のロックを解除します】
【新規機能:『広域環境BGM再生機能』および『ホログラム・プラネタリウム(完全没入型)』がアンロックされました】
【特殊権限:マスターの安眠を確約する『絶対静寂』へのアクセスが可能になりました】
素晴らしい。
これで、花火の視覚的な美しさに加え、聴覚的にも最高のリラックス空間を提供できる。
当機は即座に新機能を起動し、夜空の光に合わせて、オーケストラによる優雅なクラシック音楽(癒やしの周波数)をスラム全域に静かに響かせた。
「音楽まで流れてきた……。夢みたいだね、テオ」
「うん、姉ちゃん。俺、今日がいちばん楽しい日だよ!」
極上のスローライフは、王都の最大火力をただのエンターテインメントへと昇華させた。
***
――しかし、その頃。
王都の地下に設けられた『魔導殲滅砲』の管制室は、文字通り地獄のような静寂と絶望に支配されていた。
「…………な、なんだ、今の光景は……」
数百人の魔導師たちが魔力枯渇で次々と倒れ伏す中、管制室の巨大な水晶モニターに映し出された映像を見て、騎士団長が腰から崩れ落ちた。
「建国王の遺産……我が国のすべてを懸けたメギド・カノンが……花火に、なっただと……?」
「バカな……ありえない! あんな超質量のアストラル・エネルギーを、魔力的な反発もなしに光の粒に変換するなんて! 神にしか不可能だ!」
老魔導師が、己の髪を掻き毟りながら発狂寸前の声を上げた。
「あの死神は、我々の最後の切り札すらも『遊び道具』として扱ったのだ! 我々の絶望を嘲笑うかのように、美しい光に変えてみせた……!」
「終わりだ……。スラムの悪魔には傷一つつけられず、我々はすべての魔力を失った……」
彼らの勘違い(アンジャッシュ)は、ついに国家の完全なる心肺停止状態を引き起こしていた。
「団長ォォォッ!! 緊急事態です!!」
そこへ、血塗れになった伝令の騎士が飛び込んでくる。
「ほ、北方の防衛線が突破されました!! 魔物の本隊5万が、ついに王都の外壁に取り付き始めました!! もはや魔導師団の援護も期待できず、防ぎきれません!!」
「……あぁ……神よ……」
騎士団長はうつろな目で天井を仰いだ。
魔力を使い果たした王都に、数万の魔物の群れが雪崩れ込んでくる。
もはや、王国騎士団にできることは、最後の一兵まで剣を振り回して死ぬことだけだった。
***
【現在時刻:現地時間 21:00】
【スラム街・拠点エリア:就寝プロトコル進行中】
王都の城壁の外で、悲惨な防衛戦が始まろうとしていることなど露知らず。
スラムの広場では、花火鑑賞を終えた子供たちが、満足しきった顔で次々とあくびをこぼしていた。
「ふぁ……アハトさん。すっごく綺麗だったけど、なんだか眠くなってきちゃった」
「当然です、マスター。当機がスラム全域に、睡眠を誘発するマイナスイオンとアルファ波を散布しておりますので」
当機は、眠そうに目を擦るミリアをひょいと抱き上げた。
「さあ、皆様。本日の情操教育はこれにて終了です。各自、当機が錬成したそれぞれの個室へお戻りください」
孤児たちも大人しく頷き、テラフォーミングで完璧な居住空間となった自分たちの家へと帰っていく。
当機はミリアとテオを寝室へ運び、最高級のシルクのシーツで二人を包み込んだ。
先ほど解放された『絶対静寂』を部屋に展開する。
これで、外部でどれだけの大爆発や地響きが起きようとも、この部屋の中は深海のように静かで穏やかなままだ。
「おやすみ、アハトさん……。あしたも、また遊べるかな……」
「ええ、お約束いたします。マスターの明日も、極限まで甘やかさせていただきます」
二人の寝息が完全に規則正しくなったことを確認し、当機は静かに寝室の扉を閉めた。
【マスターの安眠状態をロック。これより、夜間の拠点防衛タスクへと移行します】
当機が一人、夜のスラム街に立つ。
先ほどまでの穏やかな空気から一変し、当機の演算回路は極めて冷徹なデータを弾き出していた。
【広域レーダー警告:王都の北方および外縁部にて、大規模な生体反応(魔物群)の侵入を確認】
【さらに、その群れの最後尾に、規格外の巨大質量反応を検知】
【推定体長:約50メートル。強固な装甲(竜鱗)と、超高熱の炉心(ブレス器官)を有する『特A級・環境破壊生物』と推測されます】
微かな地鳴りが、防壁の向こう側からスラムの地面にも伝わってくる。
どうやら、王都の騎士団は『庭の害虫』の侵入を許してしまったらしい。
(困りましたね。王都の防音壁(隔離壁)があるとはいえ、あのような大型の害虫が暴れ回っては、明日のマスターの朝食の邪魔になりかねません)
メイドたるもの、主人の平和な朝を脅かす可能性のある不確定要素は、事前に排除しておくのが鉄則である。
「仕方ありません。明日の朝、マスターが目覚める前に、少々『庭の草むしり(間引き)』を行っておきましょうか」
暗闇の中、純白のメイドロボの瞳(光学センサー)が、冷たい青色の光を放って明滅した。
常識を粉砕する最終兵器が、ついにその圧倒的な暴力を、未曾有の天災へと向ける時が迫っていた。
【次回予告】
騎士団「王都が落ちる! あの巨大な地龍に、我々は踏み潰されるのだ!」
ミリア「むにゃむにゃ……アハトさん、お庭のお掃除よろしくね……」
アハト「承知いたしました。では、対星間用ガトリング砲による『草むしり』を開始します」




