第12話 【隔離壁完成】王国による防音外壁の無償建設を確認。VIP専用エリアのセキュリティが向上しました
【現在時刻:現地時間 14:00】
【観測対象:王国の工兵および騎士団、約300名】
【作業進捗:スラム街境界線における大規模防壁の建造プロセス……完了率85%】
当機は、広域レーダーと光学センサーを連動させ、スラム街と王都を隔てる境界線で行われている土木工事をモニタリングしていた。
約300名の工兵たちが、滑車や魔法による身体強化を用いて、巨大な石材を積み上げている。
スラム街という隔離された空間を、物理的に完全に塞ぎ込もうとする巨大な壁。
その厚さは3メートルを超え、高さは10メートルに達しようとしている。
【作業効率の評価:極めて低水準(非効率的)】
【当機の建築用ナノマシン『スノウ・ホワイト』を使用した場合、同規模の防壁は3.4秒で完成可能です】
未開の文明における手作業の遅さに、当機の演算回路はわずかなエラー(もどかしさ)を感じる。
しかし、彼らはマスター(ミリア)の私有地を守るための『防音・プライバシー保護用の外壁』を、無償で建設してくれている親切な業者(?)なのだ。
メイドたるもの、彼らの善意と労力を無下にするような真似は慎むべきである。
「……アハトさん。あれ、何をしてるのかな……?」
当機の背後から、ミリアが不安げな声をかけた。
彼女の視線の先には、高く積み上がっていく灰色の石壁がある。
「王国の騎士団の人たち……私たちスラムの人間を、街に入れないように閉じ込めようとしてるんじゃないの……?」
ミリアはスラムで生きてきたゆえの鋭い勘で、王国の冷酷な意図(切り捨て)に薄々感づいているようだった。
しかし、当機のポジティブな演算回路は、即座にその懸念を否定する。
「ご安心ください、マスター。あれはマスターのプライベート空間を確保するための、防犯・防音用の外壁です」
「ぼ、防犯……?」
「はい。昨日、当機がこのスラム全域を『極上の楽園』へと改修いたしました。その噂を聞きつけた外部の羽虫(不審者)が入り込まないよう、王国の行政が気を利かせてバリケードを築いてくれているのです」
当機は完璧な角度(四十五度)でお辞儀をし、自信を持って断言した。
「すべては、マスターに静かで快適なスローライフを送っていただくための配慮です。非常に素晴らしいホスピタリティですね」
「……そ、そうなのかなぁ。アハトさんが言うなら、そうなのかもしれないけど……」
ミリアは納得しきれない様子で首を傾げているが、当機にとって重要なのは「マスターが不安を感じないこと」である。
真実(王国に見捨てられたこと)など、マスターの精神衛生上、知る必要のないノイズに過ぎない。
「壁の建設は業者に任せておきましょう。それよりもマスター、本日の『アフタヌーン・ティー』の準備が整っております」
当機が話題を変えると、ミリアの肩の力がふっと抜けた。
「今日は、先ほどバイオドームで収穫したばかりの『完全無農薬アップル』を使用した、焼きたてのアップルパイと、ハニー・シナモンティーをご用意いたしました」
「あっぷるぱい……! 食べる! 絶対美味しいやつだ!」
ミリアの瞳孔が開く。
当機は彼女の手を引き、テオや孤児たちが待つ広場へと向かった。
***
広場では、巨大なパラソルの下に設置された純白のガーデンテーブルに、孤児たちがきちんとお行儀よく座っていた。
彼らもまた、当機のナノマシンによって仕立てられた清潔な衣服に身を包み、スラムの子供とは思えないほど血色の良い顔をしている。
「ミリア姉ちゃん、こっちこっち!」
「すげえいい匂いがするんだ! 早く食べようぜ!」
テーブルの中央には、黄金色に焼き上がった巨大なアップルパイが置かれている。
「さあ、皆様。熱いうちにお召し上がりください」
当機がナイフでパイを切り分け、それぞれの皿に取り分ける。
ミリアと子供たちが、フォークでサクサクのパイ生地と、トロトロに煮込まれたリンゴをすくい、口へと運んだ。
「~~~~~ッ!!」
全員が声にならない悲鳴を上げ、目を白黒させている。
バターの極上の風味と、リンゴの暴力的なまでの甘みと酸味が、彼らの味覚細胞を物理的に蹂躙していく。
脳髄を直接マッサージされるような至福の味わい。
【対象群(マスターおよびサブマスター群30名)のドーパミン分泌量が限界値を突破】
【大脳辺縁系からの『極限の幸福感』を観測。空間全体のポジティブ・エネルギーが充満しています】
「おいひぃ……! なんだこれ、ほっぺたが溶けちゃうよぉ……!」
「俺、生きててよかった! ミリア様、一生ついていきます!!」
ミリアと孤児たちが、涙を流しながらアップルパイを頬張っている。
その圧倒的な幸福の総量が当機のメインシステムへと還元され、軽快なシステム音が鳴り響いた。
【大いなる奉仕の実績を認定。マスターのコミュニティにおける幸福度上限を解放】
【システム報酬:記憶セクター0x13のロックを解除します】
【新規機能:『自動防衛タレット群(広域殲滅モード)』および『対空迎撃レーザー網』がアンロックされました】
素晴らしい。
マスターたちが美味しいお菓子を食べて笑顔になるだけで、当機の戦術兵器群が次々と息を吹き返していく。
もはやこのスラム街は、一個師団どころか、小国の全軍が攻めてきても数分で灰燼に帰すことができる『絶対難攻不落の要塞』となった。
***
――その頃。
スラムと王都を隔てる巨大な防壁の上。
ようやく完成間近となった壁の頂上で、若き騎士アルヴィンは、双眼鏡を片手にスラムの様子を監視していた。
「……馬鹿な。なんて恐ろしい光景だ……」
アルヴィンは、額から滝のような冷や汗を流しながら呟いた。
彼の視線の先、スラムの広場では。
純白のメイド(白銀の死神)が、子供たちに『謎の黄金色の物体』を食わせている。
それを食べた子供たちは、例外なく目を剥き、涙を流しながらトランス状態に陥っているではないか。
「あの悪魔……。孤児たちに、魂を縛り付ける呪いの果実を食わせているのか……!?」
常識が根本から間違っている騎士の脳内では、極上のアップルパイが『精神支配の呪物』へと変換されていた。
「ミリア……君まで、あんなおぞましい呪物を嬉しそうに……! くそっ、俺がもっと強ければ、君たちをあのメイドから救い出せるのに!」
アルヴィンが悔しさに拳を強く握りしめた時。
「アルヴィン! 壁の最終封鎖が完了するぞ! 直ちにこちらへ戻れ!」
部隊長からの怒声が響いた。
重厚な鉄の門が、地響きを立てて完全に閉じられようとしている。
「隊長! 本当に、彼らを見捨てるのですか!? まだあそこには子供たちが……!」
「黙れ! これは王国の決定だ。それに、魔物の大群の先鋒が、すでに王都の数キロ先まで迫っているのだぞ!」
隊長の言葉に、アルヴィンは息を呑んだ。
本来、あと20日は余裕があるはずだった魔物の群れ。
しかし、その一部の凶暴な先発隊(マナ・イーターの亜種)が、異常な速度でこちらへ向かっているというのだ。
「あの防壁は、魔物の群れに対する時間稼ぎの盾だ! スラムの連中ごと、あの死神が魔物と潰し合ってくれれば御の字だ。さあ、早く来い!」
アルヴィンはギリッと唇を噛み締め、最後に一度だけスラムの広場を振り返った。
そして、絶望と罪悪感を抱えたまま、防壁の内側(王都側)へと退避していった。
ガァァァァァンッ!!
鈍い音とともに、スラムと王都を繋ぐ巨大な門が完全に封鎖された。
これで、スラム街は文字通り「外界から完全に隔離された陸の孤島」となったのである。
***
【観測:王都側による物理防壁の完全封鎖を確認】
【VIP専用エリアのセキュリティが、外部と完全に遮断されました】
当機は、アップルパイのおかわりを配りながら、その封鎖音を耳のセンサーで正確に拾っていた。
「アハトさん。今、すごく大きな音がしたけど……?」
ミリアが不安そうに首を傾げる。
「門が閉まった音です、マスター。これで、このスラム街はマスターたちだけの完全なプライベート・リゾートとなりました。部外者が入ってくることは二度とありません」
「そっか……。それなら、安心だね」
ミリアがホッと胸をなで下ろし、再び笑顔で紅茶を飲む。
その穏やかな午後のティータイムの最中。
【警告:広域レーダーに、急速接近する多数の敵性反応を検知】
当機の視界の端で、赤色の警告サインが明滅した。
【対象:スタンピード先発隊(四足歩行型の魔獣群)。数、約500体】
【現在位置:スラム街の防壁外縁部より、約2キロ。本拠点へ一直線に向かっています】
どうやら、王都が恐れていた魔物の群れの先鋒が、早くもスラムの壁の外側まで到達したらしい。
【対象群の総合戦闘力:当機の0.0005%】
【防衛プロトコル:新たに解放された『自動防衛タレット群』の試射に最適な標的です】
メイドたるもの、主人の優雅なお茶会を、野生動物の足音で邪魔させるわけにはいかない。
「マスター。少々、庭の『害虫駆除』のテストを行ってまいります。すぐ戻りますので、ゆっくりとお茶をお楽しみください」
「え? うん、わかった。気をつけてね」
純白のエプロンを揺らし、当機は静かに広場から歩き出す。
隔離されたスラムの外側で、世界の常識を粉砕する圧倒的な無双兵器が、静かにその砲門を開こうとしていた。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:自動防衛タレットによる魔獣群の10秒間殲滅、およびマスターの昼寝の確保】




