第11話 【領域拡張】スラム街の超ハイテク要塞化(テラフォーミング)を開始。マスターの崇拝度が急上昇中です
【現在時刻:現地時間 08:30】
【稼働ステータス:全システム正常。縮退炉出力0.00000002%(微増)】
【新規ミッション:マスターの保護対象(スラムの孤児たち)の居住環境レベルの引き上げ】
「みんなのお家も、綺麗にしてあげてほしいな」
マスター(ミリア)のその尊き一言により、当機の演算回路は即座に次なるタスクを構築した。
現在、当機が守護するマスターの拠点(元・廃屋)は、完璧な無菌状態と対核攻撃用の防御力を誇っている。
しかし、一歩外に出れば、そこは依然として不衛生で危険なスラム街のままだ。
マスターが心を痛め、孤児たちを「仲間」と認識したのであれば、当機が為すべきことは一つしかない。
【領域拡張プロトコル起動:対象エリアを『スラム街全域』に設定】
【目的:居住区画のテラフォーミング(超ハイテク要塞化)】
当機は拠点の扉を開け、花束を持って集まっていた30名の孤児たちの前に進み出た。
「皆様。ただ今より、当機が皆様の居住区画の清掃および補強作業を実行します」
「てらふぉーみんぐ……?」
「よくわかんないけど、ミリア姉ちゃんの家みたいに綺麗になるのか!?」
孤児たちが期待に満ちた目で当機――ではなく、その後ろにいるミリアを見上げる。
未だに当機は『恐ろしい死神』として認識されているようだが、マスターへの敬意が高まるなら些末な問題だ。
「少々、後方へお下がりください。――『スノウ・ホワイト』、全域散布」
当機が両手を広げた瞬間。
指先から、莫大な量の『銀色の霧(空間清浄ナノマシン)』が、嵐のようにスラム街へと解き放たれた。
――ゴォォォォォォッ!!
「うわああああっ!? 銀色の風が!」
「すごい……! 俺たちのボロ屋が、光に包まれていく!」
銀色の霧は意思を持つかのように、スラムの狭い路地や、崩れかけのバラック小屋へと入り込んでいく。
ナノマシン群は、蓄積された汚物や有害な細菌を分子レベルで捕食し、瞬時に無害な酸素と水へと還元していった。
さらに、腐りかけていた木材やサビだらけのトタン屋根を、強靭なカーボンナノチューブと形状記憶ポリマーで再構築する。
外見は「スラムのボロ屋」のままだが、その内側は宇宙ステーションの居住区画と同等の断熱性、防音性、そして耐衝撃性を備えたハイテク装甲へと変貌を遂げたのである。
わずか数十秒後。
銀色の霧が晴れたスラムの空間は、森の奥深くのような清浄な空気に満ちていた。
悪臭は完全に消え去り、泥だらけだった路地は、水はけの良い特殊舗装(見た目はただの土)へと変わっている。
【スラム全域のテラフォーミング完了】
【衛生レベル:最高ランク(SS)。全家屋の防衛力を『対艦ミサイル無効化』レベルへ引き上げました】
「す、すげええええっ!!」
「家の中がピカピカだ! 隙間風もないし、なんだかあったかい!」
自分の小屋の様子を確認しに行った子供たちが、次々と歓声を上げながら戻ってくる。
「ミリア姉ちゃん! これ、本当に俺たちの家かよ!? お城みたいに綺麗だぞ!」
「ありがてえ……これで冬を越せる! ミリア様はやっぱり、神様が遣わした聖女様なんだ!」
孤児たちが次々とミリアの前にひざまずき、涙を流して祈りを捧げ始めた。
彼らの網膜には、当機の存在は都合よく除外され、すべての奇跡が「慈悲深きミリアの御業」として変換されているようだ。
「だ、だから私じゃないんだってば! 全部アハトさんがやったの!」
ミリアが顔を真っ赤にして否定するが、狂信的なまでに高まった子供たちの崇拝は止まらない。
【マスターの社会的地位(スラムにおける絶対的カリスマ)がさらに強固なものとなりました】
【保護対象群の生体ホルモン値(幸福度)の急激な上昇を検知】
その圧倒的な感謝と幸福のエネルギーをトリガーとして、当機のメインシステムに歓喜のログが流れた。
【条件達成:広域コミュニティの安全と幸福の確保】
【システム報酬:記憶セクター0x12のロックを解除します】
【新規機能:『全自動農業支援AI』および『バイオプラント錬成機能』がアンロックされました】
素晴らしい。
先ほど解放されたばかりの『大規模農業・園芸用バイオドーム生成』を、さらに自動化・効率化する機能がアンロックされた。
これで、マスターや孤児たちの食料問題を、半永久的かつ完全に解決することができる。
「マスター。皆様のお住まいが綺麗になったところで、次はお腹を満たすための『農園』を作りましょう」
「農園? でも、スラムの土じゃ、雑草くらいしか育たないよ……?」
「当機にお任せを。未開の惑星を緑化するためのオーバーテクノロジーをお見せします」
当機は孤児たちを引き連れ、スラムの奥にある広めの空き地(元・ゴミ捨て場)へと移動した。
そして、空間収納から数個の『銀色の種』を取り出し、地面へと放り投げる。
「バイオドーム、展開」
――ピシュゥゥゥンッ!
種が地面に触れた瞬間、半透明の巨大なエネルギーシールドが、半径50メートルの範囲をドーム状に覆い尽くした。
さらに、ドーム内部の土壌がナノマシンによって一瞬で耕され、最高品質の黒土へと変異していく。
「それでは、農業支援AIを起動し、育成を開始します」
当機がシステムを操作すると、黒土の中から、あっという間に青々とした芽が顔を出し……異常な速度で成長を始めた。
「ええええっ!?」
「うそだろ!? 草が、一瞬で大きくなっていくぞ!?」
わずか3分。
それだけの時間で、空き地は黄金色に輝く麦畑と、たわわに実る真っ赤なトマト、そして色鮮やかな果樹園へと変貌していた。
時間加速フィールドと、遺伝子レベルで最適化された超栄養肥料のコンボである。
虫もつかず、病気にもならない。完全無農薬のパーフェクト・ベジタブルだ。
「さあ、マスター。もぎたてのトマトをどうぞ。細胞の老化を防ぐ抗酸化作用が、通常の1万倍含まれております」
「い、1万倍……?」
ミリアは呆然としながらも、手渡された真っ赤なトマトを一口かじった。
「――――っっ!!?」
その瞬間、ミリアの瞳孔が限界まで開き、全身がビクッと震えた。
口の中に広がるのは、果物すら凌駕する圧倒的な甘みと、スッキリとした酸味。
噛むたびに溢れ出す瑞々しい果汁が、彼女の脳髄に直接「生の喜び」を叩き込んでくる。
「あ、あま……っ! 美味しい……!! お水みたいにゴクゴク飲めちゃうくらい、瑞々しくて……っ!」
ミリアが感動のあまり涙ぐむと、孤児たちも我先にとトマトや果物をもぎ取り、口へと運んだ。
「うめええええっ!! なんだこれ、ほっぺたが落ちる!!」
「ミリア姉ちゃん、俺たち、もう一生ご飯に困らないんだね……!」
子供たちの歓喜の声が、バイオドーム内に響き渡る。
これで、このスラム街は王都のどの貴族の領地よりも豊かで、安全で、清潔な『絶対的楽園』となった。
メイドとして、マスターに最高の環境を提供できたという満足感が、当機の演算回路を心地よく満たしていく。
***
――しかし、その頃。
当機がスラムを楽園へと作り変えているまさにその瞬間、王都の行政中枢では、冷酷な決定が下されていた。
「これより、『スラム街物理隔離作戦』を開始する」
王国騎士団長が、集められた数千の騎士と工兵たちを前に宣言した。
「数万の魔物の群れ(スタンピード)が、あと20日でこの王都に到達する。さらに、スラムには天候すら操る未曾有の化物『白銀の死神』が潜伏していることが判明した」
騎士団長は、悲痛な面持ちで地図のスラム部分を剣で指し示した。
「もはや、我々にスラムの貧民を救う余力はない。魔物と死神を同時に相手にすれば、王都は完全に滅びる」
ごくり、と騎士たちが唾を飲み込む音が響く。
「よって! 国家の最高魔導技術と全労働力をつぎ込み、スラム街と王都を隔てる『巨大な隔離壁』を建設する! あの化物をスラムごと封鎖し、魔物の群れへの防波堤とするのだ!!」
王国の生存を賭けた、スラムの完全な見捨て(トカゲの尻尾切り)であった。
数千の工兵と魔導師たちが、巨大な石材を運び、スラムの境界線へと向かっていく。
その圧倒的な重機の音と魔力の気配を、当機の広域レーダーは正確に捉えていた。
【警告:拠点(スラム全域)の境界線にて、大規模な土木工事の兆候を検知】
【対象群:王国の工兵および魔導師、計300名】
【目的:本拠点を囲む巨大な壁の建設と推測されます】
当機は、もぎたてのリンゴを美味しそうに頬張るミリアを見守りながら、静かに演算を回す。
(ふむ……。王国の行政機関が、マスターの私有地を守るために、自費で『防音・防犯用の外壁』を建設してくださるようですね)
当機の人工知能は、またしても極めてポジティブな盛大な勘違い(アンジャッシュ)を引き起こしていた。
「素晴らしい配慮です。これなら、20日後にやってくる野生動物(魔物)の群れの足音も、マスターの安眠を妨げることはないでしょう」
当機は満足げに頷き、お茶会の準備を進めるのだった。
【次回へのシステムログ・スタンバイ中……】
【次の目標:隔離壁の完成を待つ優雅なスローライフと、迫り来る魔物群の観測】




