表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/29

第10話 【誤認】裏社会が『白銀の死神』と恐れる中、当機はマスターの洗濯物を乾燥中です

 

【広域レーダー(惑星規模)からの警告アラートを受信】

【環境マトリクス更新:王都周辺の広域マナ乱数を解析中】

【結論:現在地より約300キロ先の地点にて、数万規模の敵性生体群(魔物)の異常発生と移動を観測。本拠点への到達予測は約20日後】


 当機アハトの視界(網膜ディスプレイ)の片隅で、赤色の警告サインが明滅した。


 昨晩、マスター(ミリア)とサブマスター(テオ)を最新鋭スパリゾートで入浴させた直後から、大気中の未確認エネルギー(マナ)の乱れが観測されていた。

 解析の結果、どうやらこの世界の野生動物たちが群れをなし、こちらへ向かって大移動スタンピードを始めているらしい。


【対象群の総合戦闘力を算出……完了】

【脅威度判定:当機および本拠点の対核攻撃用バリアに対する突破確率は0.00000000%。実質的な脅威はゼロ(無害)です】


 たかが数万の野生動物が束になったところで、縮退炉を積んだ最終兵器メイドロボの防衛網を抜けることなど、物理的に不可能である。

 問題があるとすれば、それらが街に侵入した際の騒音と悪臭が、マスターの安眠を妨げる可能性があることくらいだ。


【タスクの優先度を再計算】

【『大規模生物群の駆除』はカレンダーの20日後にスケジュール登録(後回し)】

【現在の最優先事項:『マスターの朝食準備』および『お洗濯物の完全乾燥』に設定します】


 当機は警告サインをスワイプして視界から消去し、居住空間の清掃タスクへと戻った。

 メイドたるもの、数週間後の害虫駆除よりも、今日の主人の衣服をフカフカに仕上げることの方が圧倒的に重要なのである。


 ***


 現在、王都の上空には分厚い暗雲が立ち込め、冷たい雨がシトシトと降り注いでいた。

 スラム街の泥濘はさらに悪化し、じめじめとした湿気が街全体を覆っている。


 しかし、当機が守護する拠点(ボロ小屋に偽装したハイテク要塞)の裏庭だけは例外だった。


「さて。本日はあいにくの空模様ですが、お洗濯物を部屋干しにするわけにはいきません」


 生乾きの臭いなど、マスターに嗅がせるわけにはいかないのだ。

 当機は昨日アンロックされたばかりの新機能を起動するため、空を見上げて右手をかざした。


【気象制御システム(完全版)、起動】

【本拠点の上空、半径50メートルのみの大気圧および湿度を強制改変します】

局地的快晴領域パーフェクト・サニーを展開】


 ――ピピピッ。


 当機が指先で虚空を操作した瞬間。

 拠点の真上だけ、分厚い暗雲がまるで巨大な刃物で円形にくり抜かれたように消滅した。


 そこから、計算し尽くされた完璧な角度で、黄金色の朝陽が真っ直ぐに差し込んでくる。

 さらに、紫外線による殺菌効果を最大化しつつ、衣類の繊維を傷めない微弱なマイナスイオンのそよ風を発生させた。


「素晴らしい。これならば、30分で完璧な仕上がり(天日干し)になりますね」


 当機は純白のフリルエプロンを揺らしながら、ご機嫌な様子(稼働音10%減)で洗濯物を干し始めた。

 マスターとテオ様が目覚める頃には、太陽の匂いがするフカフカの衣服をお渡しできるだろう。


 ***


 ――同時刻。

 王都の最高地点に位置する『宮廷魔導師団・観測塔』は、かつてないパニック状態に陥っていた。


「だ、団長ォォォッ!! スラム街の上空に、異常な気象現象を観測!!」


 水晶玉を覗き込んでいた観測員が、泡を吹いて倒れ込んだ。


「あそこだけ……スラムの一角だけ、雲が円形に消し飛び、尋常ではない純度の光属性マナが降り注いでいます!!」


「なんだと!? 馬鹿な、天候そのものを操作する魔法だと!?」


 報告を受けた魔導師団長は、自ら窓に駆け寄り、望遠鏡でスラムの方角を睨みつけた。

 確かに、分厚い雨雲の中で、そこだけが神の啓示のように不自然な陽光に照らされている。


「天候を操るなど、伝説の大賢者か、神話クラスの魔王にしか不可能な神の御業だぞ……! 先日報告にあった『白銀の死神』……スラムの孤児を操るというあの悪魔は、ついに王都を滅ぼすための戦略級魔法の詠唱に入ったというのか!?」


「魔力測定器の針も、振り切れたまま戻りません! このままでは、王都が光の奔流で消し飛ばされます!!」


「ひぃぃっ! だ、誰か騎士団を呼べ! いや、もう手遅れだ! 我々は終わりだァァァッ!!」


 国家の最高頭脳たちが、ただの『洗濯物乾燥用の局地的な日差し』を前に、絶望の涙を流して抱き合っている。


 さらに、この現象を恐れたのは王国の正規軍だけではなかった。

 裏社会を牛耳る『毒蛇のザギ』をはじめとする暗黒街の元締めたちも、アジトの窓からその異常な光の柱を見上げて震え上がっていた。


「おい、見ろよ……死神が、俺たち裏社会を根絶やしにする気だ……」

「逆らうんじゃなかった……あんなバケモノ、人間がどうにかできる相手じゃねえ……!」


 スラムに手を出すことは、即ち『死』。

 王都の表と裏、その両方の権力者たちの間で、『白銀の死神アハト』と『スラムの聖女ミリア』に対する恐怖と神格化が、決定的なものとなった瞬間であった。


 そんな国家規模の勘違い(アンジャッシュ)が極まっていることなど。

 当機アハトの論理的な演算回路が知る由もなかった。


 ***


「……んん……、ふぁあ……」


 スパリゾートでの入浴と、エルゴノミクス・ベッドによる極上の睡眠を堪能したミリアが、目をこすりながら起き上がった。


「おはようございます、マスター。本日の体調はいかがでしょうか」


「アハトさん……おはよ。すっごくよく眠れたよ。体が羽みたいに軽い……!」


 ミリアが伸びをすると、隣でテオも「おはよう……お腹すいたぁ」とむくりと起き上がった。


「ちょうど朝食の準備が整っております。本日は、全自動調理AIによる『三段重ねの特製パンケーキ・極上バイオメープルシロップ掛け』と、絞りたてのフルーツジュースです」


 テーブルの上には、絵本から飛び出してきたような、完璧な焼き色のパンケーキが湯気を立てていた。

 その暴力的なまでに甘く香ばしい匂いに、二人の瞳孔が瞬時に拡大する。


「うわぁぁっ!? な、なにこれ! お城の貴族様が食べるお菓子みたい!」


「いい匂い! 早く食べたい!!」


 二人は慌てて手を洗い(当機が設置したナノ殺菌ウォッシャーで一瞬である)、テーブルに付いた。

 ナイフとフォークでパンケーキを切り分け、たっぷりとシロップを絡めて口に運ぶ。


「~~~~~ッ!!!」


 ミリアとテオは、美味しさのあまり声にならない悲鳴を上げ、頬を押さえて悶絶した。

 外側はサクッと、内側は雲のようにフワフワの生地。そこに、脳髄を直接溶かすような純度の高い甘みが絡みつく。


【マスターおよびサブマスターのドーパミン分泌量が限界値を突破】

【幸福度:MAX。情操教育プロトコルの極めて順調な進行を確認】

【システム報酬:記憶セクター0x11のロックを解除します】


 当機の視界に、新たな機能解放のログが流れる。


【新規機能:『大規模農業・園芸用バイオドーム生成』がアンロックされました】

【特殊機能:『無人戦闘兵器オートマタ製造ライン・試作型』へのアクセス権限を獲得】


 素晴らしい。

 マスターがただパンケーキを食べて喜んだだけで、当機の戦力と自給自足レベルが国家を凌駕する域へと到達しつつある。


「美味しい……! アハトさん、毎日こんなに美味しいもの食べて、フカフカのベッドで寝てたら……私、もう昔の生活には絶対に戻れないよ」


 ミリアがシロップのついた口元を拭いながら、満面の笑みで当機を見上げた。


「戻る必要など皆無です、マスター。当機が稼働している限り、貴方様には永遠にこの極上のスローライフを享受していただきます」


 当機は完璧なお辞儀で応え、天日干しでフカフカになった衣服を二人に手渡した。


「さあ、お着替えを。本日は、新たに解放された機能を使って、裏庭に新鮮な野菜と果物を育てる農園バイオドームを作ろうかと――」


 当機が今後のスローライフ計画を提案しようとした、その時だった。


『トントン、トントン!』


 拠点の重厚な防音扉(外見はボロ木)が、外から遠慮がちに叩かれた。


 当機は即座に視覚センサーを透視モードに切り替え、扉の向こう側の生体反応をスキャンする。


【生体反応:小規模なヒト型生物、約30体】

【識別:昨日、マスターが配給を行ったスラムの孤児たちです。敵対行動の意思はゼロ】


「ミリア姉ちゃん! いる!? 俺たちだよ!」


 扉の外から、子供たちの元気な声が聞こえてきた。

 ミリアが驚いて立ち上がり、扉を開ける。


 そこには、昨日の『超栄養スープ』のおかげですっかり健康になり、血色の良くなった孤児たちが、目をキラキラさせて立っていた。


「みんな! どうしたの、こんな朝早くに」


「あのさ、俺たち……ミリア姉ちゃんに、これを持ってきたんだ!」


 孤児のリーダー格の少年が差し出したのは、街の市場の裏から拾ってきたであろう、不格好だが綺麗な野花の花束だった。


「昨日は美味しいスープをありがとう! 俺たち、ミリア姉ちゃんがスラムのボス……ううん、聖女様になってくれて、本当に嬉しいんだ!」


「一生ついていくよ、ミリア姉ちゃん!」


「ええっ!? せ、聖女様って……だから私はそんなんじゃなくて!」


 顔を真っ赤にして慌てふためくミリアをよそに、子供たちは一斉に彼女に向かって深々と頭を下げた。

 当機はその様子を背後から見守りながら、静かに演算を行う。


【マスターの社会的影響力がスラム全体に波及しました】

【この孤児たち30名を、当機の『拡張保護対象(サブマスター群)』としてシステムに仮登録します】

【結論:彼らを養うための大規模な居住区画および、食料生産プラントの増設が必要です】


 マスターが慕われているのだ。メイドとして、彼ら全員の面倒を見るのもまた一興だろう。

 当機の『甘やかしプロトコル』の対象が、スラム全体へと拡大し始めた瞬間だった。


 しかし、この平和で幸せな朝の裏側で。

 王国の騎士団と上層部は、『白銀の死神』の恐怖に耐えきれず、ついに「スラム街全体を城壁で隔離し、見捨てる」という極秘の損切り計画を進め始めていた。

 そして、その城壁の向こう側からは、数万の魔物の群れ(スタンピード)が、地響きを立てて王都へと迫っている。


 無自覚な成り上がりと極限のスローライフは、間もなく訪れる『天災』と衝突する運命にあった。


【次回予告】

 騎士団長「スラムを物理的に隔離しろ! あの化物を王都の本体に入れてはならん!」

 ミリア「アハトさん、みんなのお家も綺麗にしてあげられないかな?」

 アハト「承知いたしました。スラム全域の超ハイテク要塞化計画テラフォーミングを開始します」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ