リーヴァーとラウンデスの思惑
それは、リティが産まれる前。
リーヴァーで巫女を務める女の脳内に、突然声が響いたのが始まりであった。
『イシェンニを攻め、ラウンデスを滅ぼせ』
男の声で、年齢ははっきりと分からない。若いと言われれば若いが、老いていると言われれば、そう聞こえる。唯一分かったのは、これが神託だということ。
彼女は急ぎ、王家へ報告を行った。
「なに? イシェンニを攻めろ?」
友好国を攻め、ラウンデスを滅ぼすという神託内容は、あまりに衝撃だった。
「ラウンデスに、なにか問題があったか?」
急いで各方面に確認を取るが、そのような報告はない。
しかし神託が下った以上、従うしかない。葛藤しなかった訳ではない。だが、神には逆らえない。魔法という力の源に、どうして逆らえようか。
「お待ち下さい。理由もないのに神託だからと、シンリン様の愛し子を全滅させるのは、乱暴すぎます。神託を疑っている訳ではありませんが、イシェンニを攻め、ラウンデスを滅ぼせば、我が国は世界からどのような目で見られるか、考えるべきです」
王の子の一人、ルージェンが否定の声をあげる。
ラウンデスを滅ぼすだけなら、別に殺す必要はない。せめて幽閉し、子どもを産ませなければ、自然と血は途絶える。そういう道では駄目なのかと。
だがその声は封殺された。
王にとっても、親交のあったラウンデスを滅ぼすことに、躊躇いはあった。苦しんだ。だからイシェンニ攻略後、唯一反論した息子へ、イシェンニの王になれと命じた。彼ならきっと、イシェンニの民に対し、悪く扱わないと考えてのことからだ。
ルージェンは開戦に否定したことから、いばらの道を強いられたと受け止めた。リーヴァーへ反感を持つ者たちの地へ向かうのは、危険である。
妻子もいる。悩んだが、リーヴァーを恨む者が多い地で、平和を築けるように自分が尽力しようと決めた。妻もそれに賛同してくれた。
シンリンの像を破壊していると知るなり、すぐに中止させたのは、ルージェンだ。
「なにを考えている! 我々は、ラウンデスを滅ぼすだけで良かったのだ! 人々の信仰の自由を奪う必要はない!」
シンリンはイシェンニに関することなら、千里眼の如く把握できる。一方で、リーヴァーから来た者たちに関しては、リーヴァーを守護している神の力が働き、全てを把握できない。だからルージェンが自分の像の破壊を止めたことを、知らなかった。
だが、いくら王となり、イシェンニの民を守ろうとしても、現実は甘くなかった。
「また神からの言葉が……。ラウンデスの生き残りがいると……」
巫女が、そう伝えてきたのだ。
王族は全員、処刑したはずだ。産まれたばかりの赤子も処刑された。把握されていなかった隠し子が、いたのだろうか。それともなんらかの方法で逃げた? 生き延びた? 誰もその答えが分からない。
毎日のように巫女は、神から早くラウンデスを滅ぼせと言われることに耐えられなくなり、ついには心を病んだ。巫女は優しい人物だった。だからこそ神託とはいえ、自分が王へ告げた言葉により、ラウンデスが滅んだことに良心が耐えられなかった。自分が黙っていれば、産まれたばかりの赤子も殺されることもなかったのにと。
巫女が心を病んだのは、ラウンデスを滅ぼしていないからだと、誰かが言い始めた。結果、リーヴァーはラウンデスの生き残りを探すことに躍起となり、ルージェンへ催促するようになった。
「必ずラウンデスの生き残りを見つけ出し、今度こそ確実に滅ぼすのだ」
調査している限り、ラウンデスの生き残りを匿っている貴族はいない。怪しい動きをしている者もいない。もし本当に生き残りがいて大人だとすれば、この地の正当な頂点に立つ人物だと、他国へ助けを求めるだろう。だが、その様子もない。
気づかれないうちに国を出て、別の地で身分を偽り暮らしているのか。それとも、本人は自分の血筋を知らず、市井で暮らしているのか。ただ生き残りがいると言われても、どこに何人いるのか分からないので、ルージェンは困りはてた。
巻きこみたくはなかったが、娘、フィーラを呼ぶ。
「フィーラ、お前に頼みたいことがある。お前の魔法を活用すれば、きっとできるだろう。ラウンデスの生き残りを見つけてほしい」
そう頼まれた時は、一体、父はなにを言っているのかと驚いた。
命を奪うことを良しとしない父が、なぜラウンデスの生き残りを探すのかと。
「リーヴァーより先に見つければ、保護できる。血を絶やす方法は、殺害以外にもある。男児なら子種を切り取れば良い。女児なら、子が産めない体にすれば良い。子を成せない体にさせるのは心苦しいが、殺されるより良いだろう」
フィーラは命を救いたく、話を引き受けた。
あれから何年経っただろうか。今日もフィーラは、ルージェンに呼ばれる。
「リーヴァーからまた、ラウンデスの生き残りがいると言われた」
「また、と言うより、毎日の間違いではありませんか?」
「それは論点ではない。リーヴァーは最近かなり焦っており、このままでは軍を派遣しかねない。フィーラ、まだ見つけられないのか」
ルージェンからの問いかけに、フィーラはゆっくりと、首を横に振る。
「もう、諦めてはどうでしょう。それよりもリーヴァーの行いを反省し、イシェンニの民からの信用を得るべきだと、リーヴァーへ伝えるべきです」
「そうしたいのだが……。ラウンデスの生き残りが一人でも存在しては担ぎ上げ、内乱が起きる可能性がある。生き残りを探すのは、リーヴァーへ恩を売るだけではない。何度も言うが、この国の平和を守るためでもある。我々が見つけなければ、また不幸が起きる」
「その内乱を避けるため、リーヴァーと、イシェンニ時代からの貴族の差を無くすべきではありませんか? 内乱を避ける道は、他にもあります。リーヴァーは、神託に固執しすぎています!」
部屋の中には王とフィーラの二人だけ。内密の話なので、人払いをしている。だから遠慮なく、互いに言いたいことを言い合える。
フィーラは密命を受けていることを、弟のラーロンに打ち明けていない。
リーヴァーからは、ラウンデスの生き残りを探し、見つけ次第殺せと命じられているが、父とは保護する方向で動いている。
フィーラは密命のためにと、理由をつけては各地を訪問している。この密命は、リティも知らない。二人が出会った時、訪問ではなく、密命で動いていたと話したことはない。
ラーロンに黙っているように懇願したのは、フィーラだ。
「ラーロンは王太子としての勉強、立場があります。外交だって担います。これ以上の負担を与えたくありません。その役目は、私だけに負わせて下さい。それに、もしラーロンが生き残りを見つけ、捕らえればどうなると思われますか。イシェンニの民は、我々へ牙を向けることでしょう」
それも一理あると受け入れられたが、それでもリーヴァーは、まだ生き残りが見つからないのかと、毎日せっついてくる。
なぜラウンデスを滅ぼさなくてはならない。神はその理由を明かさない。
だが、巫女はベッドから動けず、視線の定まらない状態でうわ言のように繰り返す。
「ウランデスの血は、まだ絶えていない。滅ぼせ、ラウンデスを滅ぼせ。ラウンデスを滅ぼせ」
本人の意思に関係なく、信託は巫女の口からこぼれ、世話係を怯えさせる。




