シンリンとの生活
翌日目を覚ますと、すでに太陽は高い位置まで昇っていた。
「起きたかい?」
声をかけてきたのは、隣の家のおばさん。
「今朝、姿が見えないから心配になってね。見に来たら熟睡していたから、起こさなかったんだよ。昨日、森へ行ったんだろう? きっと疲れが出たんだろうね。朝食はうちの残りだけれど、食べておくれ。村長の奥さんから聞いてはいたけれど、可愛い鳥を拾ったもんだね。大切にするんだよ」
村は狭くて顔見知りばかり。だから家に鍵をかけることを必要としない。鍵をかける習慣、そのものがない。だからおばさんも家に入って来られたのだが……。
おばさんが帰宅後、シンリン様が叫んだ。
「そなたは、なんて不用心なのだ! 突然あの女性が家に入ってきた時は、驚いたぞ! なぜ防犯を怠る! そなたは王族、最後の生き残りなのだぞ? もっと危機感を持て! 鍵をかけろ!」
「急に鍵をかけたら、不審がられるよ。これまで無事だったし、ここはそういう村なの。本当の家族が亡くなったのは分かったけれど、そんなに全滅を避けたいの? 他に生き残りは誰もいないの?」
「生き残りは、そなただけだ。全滅は避けたい」
羽を小さな胸に当て、頷く。
「少し歴史の勉強をしよう。この世界の成り立ちは知っているか?」
「おばあちゃんから、少し聞いたことがあるよ。遠い昔、神々が自分たちに模した生物を作り出した、それが人間。初めて作られた人間の多くが、各国の王族になったって」
おばちゃんからの差し入れを食べながら、答える。
「うむ、大雑把だが間違いではない。王族は神々との繋がりが深く、繋がりが深い者ほど魔法を使える。人間が誕生した頃、人間には魔法を与えていなかった。他の生物も創造したが、最も知能を与えたのが人間だ。だが人間は非力なため、他の生物に殺されることが多かった。いくら人間を生み出しても殺されるので、人間に魔法を与えることにした」
他の生物……。獣避けの鈴がないと野生の熊とかに襲われたら、確かに死ぬことがある。今は獣避けの鈴で身を守れるけれど、確かに鈴がない時代はどうしていたのだろう。猟師がわざと鈴を持たず森へ入り、動物を仕留めてはいるけれど。失敗して大怪我を負ったり、亡くなったりする話は珍しくない。
「あれ? おじいちゃんが魔法使いだったってことは……」
「多少は王族の血が流れていたということだ。この地に来た二人は身分差で交際を反対され、駆け落ちしてきたのだ。ちなみにそなたの会ったことがないおじいちゃんは、元貴族だ。だから魔導書が豊富に揃っておる。実家から持ち出したのだよ」
「駆け落ち?」
二人だけで引っ越してきたというのは、そういうことだったのかと知る。村の人たちは知っているのだろうか。知っていたら私について、おじいちゃんの実家に連絡をしていた気もするし……。二人はきっと、真実を伏せていたに違いない。私も黙っていようと決める。
なにも知らないことが、どんどん露見する。
私は王族の血を引き、おじいちゃんは元貴族で、おばあちゃんと駆け落ちして。ママたちとは血が繋がっていなくて。情報量の多さが逆に、嘆く時間を与えてくれない。
「貴族の多くは王族の血を引いている。だから魔法を使える者が多い。だが……。男というのは悲しい生き物でな。その場で遊ぶことがあり、知らぬ間に、平民にも血が流れることになった」
「つまり魔法使いになるには、血筋が関係しているということなんだ。あたしには王族の血が流れているから、魔法を使える素質を持っていたんだね」
「ああ。だからそなたの言うおばあちゃん、メールは、フェーアから秘密を打ち明けられ、そなたが魔法を使えると分かった。だから書斎の鍵を渡したのだ」
知識は武器になると言ってくれたのは、本当に万が一のことをおばあちゃんは考えてくれたからだろう。
今、この村に魔法使いはいないけれど、もし魔力を浴びることになれば、覚醒すると分かっていたから。
おばあちゃんに感謝し、紐を通し首に下げている鍵を握る。
「ここは辺境だからな。だから今も我は祀られているが、王都を中心に、大都市の多くの我の像は破壊された。それでも全て破壊されなかったのは、奴らも平民や信仰心の恐ろしさを理解しているからだ。そもそも突然開戦宣告をし、攻めてきた者を受け入れる者は少ない。だから奴らは今、支持を得るのに必死となっている」
「最初から像を破壊しなければ良かったのに。戦争だってそうだよ」
「我の力を削ぎたい思惑があったのだ。だが想像以上の反発に、リーヴァーは慎重になっている」
遅い朝食を食べ終えると、書斎へ向かうように言われる。
「今日からそなたに、色々と教えてやろう。まずは書斎だ。これだけの書物があれば、勉強には十分だ」
確かに難しい言葉や、意味の分からない言葉は、都度、ママやおばあちゃんに尋ねていた。二人が忙しい時は、後でと言われ、十分な勉強はできていない。それに、二人は魔法に関する知識がほとんどなかったので、たまに魔導書の意味は分からないと言われた。
村に学校はないので、親や村の大人たちが子どもたちへ、色々と教えている。だから正式に知識豊富な人に勉強を教わるのは、これが初めてのことだった。おじいちゃんが生きていたら、きっと違っていただろう。
「我はイシェンニを中心に、世界を見守っている神だ。この地図はまだイシェンニという国があった頃の世界地図だが、この国の名前が変わったくらいで、世界に大きな変化はない。地理の勉強は、この地図で十分だな」
シンリン様が地図を持ってくるように言い、広げるなり教えてくれる。
「これ、なにかと思ったけれど、世界地図だったんだ。おばあちゃんは地図としか言わなかったし」
「世界地図は貴重だからな。駆け落ちしてきたと知られたくなかったので、漠然と伝えたのだろう。万が一幼いそなたに悪気はなくても、漏らしてしまえば騒ぎになる。魔法使いだから、色々伝手があったと誤魔化すこともできただろうが、誤魔化しを重ね、辻褄が合わなくなるのを避けたのだろう」
世界地図で、イシェンニがどこにあるのか教えてもらうと、世界の中ではそんなに大きくないというか……。正直、小さいと思った。
「世界って、広いんだね」
「ああ。この村なんて、砂粒よりも小さいものよ。そしてイシェンニを攻めてきたのが、隣国リーヴァーだ」
小さな羽で隣国を差す。
大きさはイシェンニと大差ない。
「イシェンニとリーヴァーの仲は良好だった。だがリーヴァーの辺りを加護している神が、神託を下した。イシェンニの王族、ラウンデルを滅ぼせと。具体的に王族と指示があったので、民間人の被害が少なかったのは救いだった」
「良好だったのに攻めるのは、心苦しくなかったのかな」
「人によるだろう。中には本当に必要なのかと訴える者もいた。なにしろイシェンニ王族に、問題はなにもなかったからな。圧政していた等、問題があれば他の国が口を出すこともある。だが、なんの問題もない一族を殺せというのは乱暴すぎると、異を唱えた者はいる。その意見は神に逆らうのかと、無視されたようだが」




