人づきあい
魔物に襲われた恐怖はすっかり消え、虚しさに包まれ、脱力感が強い。疲れた……。なんで私は生きているのだろうと、子どもらしからぬことを考えていると……。
「もうすぐ日が落ちる。危険だ、村へ帰ろう。話はまだ終わっていないので、我も行くぞ。これからは、そなたと暮らす」
言われて初めて、太陽が沈みかけていると気がつく。足元へ目を落とせば、影が長く伸びていた。
カゴを拾い、ゆっくりとした動きで散らばったキノコを戻すと、一緒にシンリンと名乗る鳥も入れる。
「これ、どうしよう……」
魔物の武器をそのまま放置して、村の誰かに見つかったら困るかなと心配するが、持ち運ぶことができない。手に取ると重たくて、幼い私には持ち上げることさえ、できなかったから。
「それは今後、なにかに使えるかもしれない。我が持っていよう」
そう言うと、シンリン様は魔法で武器を回収した。空間に穴が開き、吸いこまれたのだ。
「この魔法は空間魔法。別の次元に繋げ、術者にしか関与できない空間が広がっている。我の場合、空間内では時の流れが止まっており、食べ物を収めれば新鮮なまま保存でき、好きな時に好きな量を取り出せる優れものだ」
心なしか誇らしそうに言う、シンリン様。
「へえ、便利」
それならこのキノコも腐らすことがないのか。いつか私もその魔法を習得したい。練習すれば良いのかな。おじいちゃんの書斎に、この魔法について書かれた本があったかなと考えながら、村へ帰った。
「おお、リティ。どうした、怪我をしているではないか。石につまずきでもしたのか?」
村へ入ると、村長が近づいてきた。
そういえば森からの帰りはいつも、村長が出迎えるように声をかけてくれる。ひょっとして、帰りを待ってくれている? 誕生日は祝ってくれ、他の誰より家に来て、様子を尋ねてくれるし。
私は、ママのことしか考えていなかったと気がつく。一緒に暮らしていなくても、こうして気にしてくれ、心配してくれる人が身近にいることが、全く見えていなかった。
「うん、つまずいちゃった。でも、大丈夫だよ」
魔物に遭遇したとは言えないので、嘘を吐く。
「うちで怪我の手当てをしていくか」
昨日までの私なら、きっと断っていただろう。だけど、甘えることにする。
「うん」
「ついでに、うちでご飯を食べて帰れ」
「ありがとう、村長。ただいま」
久しぶりに言葉にした『ただいま』は、くすぐったかった。
手当てのお礼にキノコを分けようとした時、皆がシンリン様に気がついた。
「あら、小鳥?」
「ぴ……ピイ……」
普通の鳥の鳴き声をするものだから、あれ? 私、夢でも見たのかなと思う。つまずいた時に頭を打って気絶して、夢でも見た? でも、わざとらしい鳴き声が、鳥を真似している気がする。
「どうしたの、この子」
村長の奥さんが自分の両手で優しく包むように抱き、シンリン様をカゴから出す。
「拾ったの。小鳥だし、巣から落ちたのかなと思って。私が触ったから、人の匂いがついて親鳥が受け入れないだろうから、連れて来たの。前、村長が教えてくれたでしょう?」
「そうさなあ、親鳥は人の匂いを嫌う。しかし、美しい毛をした鳥よのう」
村長に褒められ、当然と言わんばかりに胸を反らした。人間の言葉が分かっているから、やっぱり夢ではなかったと分かりやすい。
「今日からこの子と一緒に、ママの帰りを待つのね」
村長の奥さんは、私に諦めろと言わない。前は嬉しかったけれど、ママは帰ってこないと知ったから、今は嬉しくない。
「うん」
いつものように、笑顔で答えるけれど、上手くできたか不安だった。
奥さんに悪気はない。ずっとママは帰ってくると言い張っていたのは、私だし。奥さんはその気持ちを尊重してくれているだけ。でも今は、その優しさが痛い。
食べ終えると村長が家まで送ってくれた。真っ暗な家の中、食事を取るテーブルの椅子には、何体もぬいぐるみを座らせており、私の帰りを待たせていた。
玄関近くに置いていた石を打ち、ろうそくに火を灯す。
「慣れたものだな」
「うん、もう一年以上一人で暮らしているし。あ、誤解しないでね。たまに村の誰かが泊まってくれたりもするよ」
「村人に助けられているな」
「うん」
だけどママに囚われ、その親切やありがたさに気がついていなかった。視野が狭くなっていた。
「今日は誰も来ないから、しゃべって大丈夫だよ。あ、ご飯はどうする? 鳥のエサは家にないけど」
「気持ちだけで構わない。別になにかを食べる必要はないからな。他人の目がある時は、パンの欠片でもついばんでおく。食べることはできるからな」
エサが必要ないと言われたら、正直、楽だ。食事は不要、人語を操り魔法を使える鳥と同居なんて、世界中を探しても私だけだろう。
「さて……。話を続けるか? 今日は初めて魔法を使って疲れただろうから、休むか?」
「今日は寝る。色々知りたいけれど、話を聞いても忘れそう」
帰宅した安心感からか、眠気に襲われた。シンリン様も早く寝ろと言ってくれ、甘えることにする。
久しぶりに、明日はママが帰ってくるようにと願う時間もなく、眠りに入った。
◇◇◇◇◇
「あら、リティ様、今日は非番なのですか?」
茶会の翌日は休暇日だった。外出し、お菓子を売っている店に入ると、何度か城で顔を合わせている女性が声をかけてきた。護衛として、フィーラ様の後ろをずっとついて回っているので、私の顔と名前は、大勢に知られている。
「はい。奥様は、お買い物でしょうか」
「ええ、少し甘いものが食べたくなって。貴女も?」
「このお店のお菓子は、どれも美味しいですから。たまの贅沢です」
「護衛は気を張るので、疲労も溜まるでしょう。でも、本当に貴女は護衛として優秀よね」
含みのある笑みを向けられる。
この人はイシェンニが存在していた時からの、貴族の奥様。つまり、旧王族派。フィーラ様を利用したり、排除したりする連中の一人。つまり、私が邪魔なのだ。
「お褒めいただき、光栄です」
言葉をそのまま通り受け入れた風を装い、礼だけを述べる。
休日も腹の探り合いとは、疲れる。リーヴァーが攻めてこなかったら、私は産まれた時から、こういう世界に身を置いていたのかと考えると、うんざりする。でも、これが当たり前だと、疑問を抱かなかったかもしれない。
だけどフィーラ様は、たまに面倒、嫌になると言う。ただの護衛にまで絡んでくるのだから、王族といった権力者たち本人は、さらに面倒なのだろう。
私を牽制するのは勝手だが、私が暗に邪魔者だと言われていることに、気がついていないと。この人は本当に思っているのか。それとも、私の反応を見ているのか。忠誠心が揺らがないか、試しているのか。真意が掴めないでいると、箱を抱えたメイド服の女性が近寄ってきた。
「お待たせしました、奥様」
「あら、注文していた品の受け取りが終わったのね。それでは私はこれで。良い休日を、リティ様」
頭を下げ、奥様を見送る。
こういう人に会うと、私がラウンデス、唯一の生き残りだと知ったらどういう反応を示すのかと考えてしまう。私を担ぎ上げるのか。恩を売り、イシェンニを取り戻した時のことを考えるのか。
とりあえずクッキーを買い、店を出る。
甘いものを食べて癒されようと思ったのに、逆に疲れてしまい、嫌な休日になったとがっかりする。




