むなしさ
どれだけの時間が経っただろう。鼻を鳴らして、ようやく落ちつく。泣いている間、鳥はなにも言わず、ただじっと私が落ちつくのを待っていた。身を起こしながら、腕で涙を拭う。現実を受け入れるしかないと、子どもながらに思った。
「……ママは、私を引き取ったの?」
「そうだ。そなたは前王弟の娘。戦争が始まったので出産前から、そなたの母は城へ避難していた。出産後のまだ幼いそなたを、母が託したのだ」
「本当のお母さんは? 死んだって本当?」
「ああ。神の世界で私が倒れたことにより、この国は劣勢に追いこまれ、王族は全員処刑された」
「なんで? なんで戦争が起きたの? なんで皆、処刑されたの?」
処刑がなにを意味するのかは、当時も知っていた。
「隣国の王家が信仰している神が、この国を奪えと神託を下したからだ」
「……は? それ、だけで?」
頬が痙攣したように動く。
「ああ。神からのお告げとなれば、その内容に必ず意味があると、多くの人間は考える。だが実際は人間にとって意味のない戦争だ。そなたの母は敗戦すると悟る前から万が一を考え、城で働く者を調べていた。自分と同じ年代の女、故郷が隣国から離れている者を探し、該当したのがそなたの言うママ、フェーアだ。そなたの母はフェーアに、城を落とされる直前、隠し通路からそなたを連れて逃げるように命じた。そなたとの関係を口止めされていたが、フェーアは己の母親にだけ事実を打ち明けた」
「おばあちゃんのこと?」
「そうだ。風の便りで王族の生き残りを探していると聞き、そなたをかくまっていることが知られたら、自分も殺されるのではないかと恐怖してな。一人で抱えるには重い秘密事だったので、耐えられなくなったのだ」
ママが時々私の様子を気にしていたのは、実の親子ではないと知られたか、心配して観察していたの? 私が言い触らせば、平穏な生活が崩れるから。
「そなたの言うおばあちゃんはフェーアへ、引き受けたのなら、成長するまで母としてそなたを守るべきだと叱った。王家、唯一の生き残りを大切に育てるべきだともな。彼女は王家の血を絶やす危険を知っていた。だが、その頼れる親を亡くしたフェーアは、あっさりとそなたを捨てた」
「そう……」
だったら、もう……。二度とママには会えないんだ……。
実の母ではないと言われても、ずっとママと呼んでいた。母親だと信じていた。逃げたと言われても、今は恨むことはできない。
「そなたを引き取った際、もしもの場合のために幾つかの転移用の魔石も渡されていた。それを使い、フェーアは逃げたのだ」
魔石を正しく使えば、魔法使いではなくても魔法を使える。だからなんの手がかりも見つからなかったのか。近隣の村でも見かけられず、遠くへ行けたことに納得する。
「……魔法って、便利だね……」
皮肉や嫌味でもなく、ただ本音が漏れた。
魔石を使って遠くへ行って、私と離れることができて、ママは今、安心しているのかな。幸せなのかな。私のことなんて、忘れちゃったのかな。
おばあちゃんと三人で暮らした日々は、なんだったんだろう……。
◇◇◇◇◇
「本日のお茶会、お疲れ様でした」
お茶が注がれたカップへ口を運ぶフィーラ様へ、労いの言葉をかける。加えて、報告も忘れない。
「今日は刺客が紛れることもなく、静かなものでした」
「良かったわ。ラーロンがお見合いをしているから、私に構う暇がなかったのでしょうけれど。それに、今回参加された皆様を見て、動くのは得策ではないと判断したのかもね。色々裏があると考えられているでしょうが、私は平和が好きなだけなのにね」
イシェンニがあった頃から、貴族としてこの国で暮らしていた家のお嬢さん方を思い出す。この国を攻めてきたリーヴァーから来た貴族と違い、どちらかと言えば毎回質素なドレス。格差が如実に表れている。
彼女たちの家は、税金が多く課されている。敗戦国の者たちは信用を得るまではと、条件をつけられている。
なんとも曖昧な表現。だが暴力でこの国を奪ったリーヴァーに、現在、武力で逆らおうとする家はない。裏で画策している家はあるようだが。今は表立って動いていない。シンリン様が言う通り、この国は現在、内乱がいつ勃発してもおかしくない状態なのだ。
だからフィーラ様は交流を深め、次の世代では平和に話し合いで解決できるように動かれているのだが、その行動を邪推されることが多い。
「ラーロンは話がまとまらなかったそうよ。教養がなければ、国外の方々と交流できないもの」
つまり、今日のお見合い相手は教養が足りなかったらしい。
「特に今のこの国は、立場が悪いから。リーヴァーという後ろ盾があったとしても、リーヴァーを飲みこむ大国は世界に幾つもあるもの」
シンリン様から教えてもらった世界地図を、頭に浮かべる。
確かに現在、リーヴァーやこの国は、周辺国からの評判が悪い。特にリーヴァーは神からのお告げだけで、開戦を宣告し、国土を強奪したのだから。会合があった際は乱暴だと、かなり追及されたらしいが、リーヴァーは神のお告げには逆らえないと言い張ったとか。
「神託とは言え、王家を全員殺す必要があったのか? 幽閉する道もあったはずだ」
「では、神からの言葉を無視するのか! その神により、我々は力を得ているというのに」
会合は荒れていたと、密かに見学していたシンリン様が言っていた。
「リーヴァーは自分たちこそ正義だと言い張り、譲らなかった。信仰というのは、恐ろしいものよ。だが我々神は、その信仰心が自身の力と結びついている。だからラウンデスは滅ぼされる必要があった。我の力を削ぐために。その真実を知らず、リーヴァーは動いただけ」
まだフィーラ様と会う前、少し出かけてくると言ったシンリン様が帰ってくると、会合について教えてくれた。
そして私が死ねば、シンリン様が直接生み出した人間の血筋は消え、その影響で、シンリン様の加護が行き渡らなくなるそうだ。だからシンリン様は、私に死んでほしくない。
仕事を終え、シンリン様が待つ部屋へ戻る。
フィーラ様の護衛を引き受け、城内の敷地内にある護衛隊宿舎の個室を与えられた。休日はほとんどないけれど、待遇としては衣食住が保証されているので、悪くない。給金も出るし。
「ラーロンの縁談は、まとまらなかったそうだな」
「あいかわらず地獄耳ですね、シンリン様」
鳥の姿だから警戒されず、様々な場所へ行けるシンリン様が、時に羨ましい。
「嬉しいか?」
指摘に、どきりとする。
シンリン様は、私の気持ちを知っている。
「喜んでいても、いつかは諦め、現実を受け入れる必要がある。他の男にも、少しは目を向けたらどうだ。そなたはフィーラから信頼を得ており、見た目も良い。貴族の後継者との縁談は難しいが、三男といった連中なら狙えるぞ。護衛隊の男連中も、そなたに好意を寄せている者が多いと気がついておろう?」
「シンリン様は、早く私を結婚させて、子どもを産んでほしいだけでしょう? そうすれば、さらに力を取り戻せるし」
このやり取りも、何度やったことか。思い出せない。
「否定はしないが……。まあ、初恋にしがみつく気持ちは分かる。だが、初恋が実らないことは珍しくない。新しい恋をすることで、前の恋を忘れることだってある。ラーロンとは結ばれない。不毛な思いは、さっさと捨てろ」
「そんな単純なものじゃない」
護衛隊の服を脱ぎ、苛つきながら答える。
ラーロン様の話になると、シンリン様とはいつもこうだ。喧嘩腰になる。
シンリン様には感謝しているけれど、そんな簡単に恋心なんて捨てられない。実らないからこそ、しがみついているのかもしれないけれど。
ママの時と同じ。諦められたら、どんなに楽だろう。それは分かっているのに、どうしようもできない。
私はこういう点が、幼い頃から変わっていない。
きっとラーロン様に婚約者が見つかり、完全に諦めるしかないと現実を突きつけられるまで、この気持ちを捨てることはできない。




