真実
助かったとはいえ、体の震えが止まらない。いつまた、他の魔物が現れるか分からない。震えつつ体の向きをあちこち変えながら、ふーふーと息を荒げ、周囲の様子を探る。辺りに誰の姿もないし、音も聞こえない。でも安心できない。さっきの魔物も急に現れた。仲間がどこかにいるのかもしれない。
かさり。
枯葉を踏む音が聞こえ、泣きそうになりながら体の向きを変えると、小鳥がいた。
普通の鳥に見えるけれど、分からない。魔物かもしれないと、警戒を緩めないでいると……。
「偶然とはいえ、魔法が開花して助かったな、リティ」
鳥が若い女性の声を発した。いや、それよりも……。
「な、なんで、あたしの名前……っ。あんた、なに?」
声を震わしながらも危険を感じたからか、木の棒の先が光り始める。そこら中から波動が集まっていると分かる。もし不審なことが起きれば、即座にこれを放ち、当ててやると決める。
だが鳥は、落ちつけと言ってくる。
「あんな体験の直後で信じろというのは、無理な話ではあろう。だが、そなたは名を使い、我に呼びかけたではないか。そのおかげで、我はこうしてそなたの前に現れることができた。ありがとう」
小さな頭全体を振り、下げてくる。
少なくともこの鳥はさっきの魔物と違い、会話ができる点はありがたい。でも、油断してはならないと言い聞かせながら、探りの目を向ける。
「……お礼を言われるようなことは、していない。あんた、何者? なんで、あたしの名前を知っているの?」
「我はシンリン、この世界を見守る神の一柱。先ほどそなたが呼びかけた神で、この辺りを中心に世界を見守っている神でもある」
「シンリン様?」
村の教会に祀られている像を思い出す。女性の姿で、肩に乗った鳥と見つめ合っている像だ。
あれ? そういえばこの鳥、あの像の鳥と似ている? 神父様が、鳥はシンリン様の象徴でもあると言っていたけれど……。いや、でも、まさか……。神様に会える訳なんて……。でも確かに私はシンリン様に呼びかけた。本当なの? 本当にこの鳥が、シンリン様なの?
棒の先の光が消えていく。同時に体に強い脱力感が走る。なんとか倒れないように踏ん張る。
「魔法使いになるには魔力、又は魔法を浴びる必要がある。先ほどの魔物の声に魔力がまとわれていたため、浴びたことによりそなたは魔法に目覚め、助かったのだ。武器だけで襲われていたら、血が途絶えるところだったから、本当に良かった」
「血が途絶える?」
「一族全滅という意味だ」
「なにそれ。ママが死んだって言いたいの? 変なこと言わないで!」
神だと信じかけたが、妙なことを言い出したので、本気で怒る。まだママが帰ってくる日を、この頃は待っていたから。
「そうだったな。そなたはあの無責任な女を、母親だと思っていたな。良いか? そなたの言うママは、実の母ではない。血の繋がりのない、赤の他人だ。そなたを産んだのは、別の女性だ」
「止めて! あんた、やっぱり魔物なんでしょう? そう言って私を混乱させ、油断させて殺すつもりなんだ!」
私は鳥を、神だと名乗る敵だと認定した。
だって、ママがママではないと言うから。本当のママは別人だと言うから。そんな信じられないことを言うから。
ママはママだけ。世界でただ一人だけ。なのに、否定するなんて酷い奴は、無知の私には敵でしかなかった。
「落ちつけ、リティ。残念ながら事実だ。そなたの言うママがなんの痕跡もなく姿を消したのは、本来そなたを守るための魔石を使い、遠方へ逃げたからだ」
「魔石?」
おじいちゃんの本に書かれていた。魔力が閉じこめられた石で、貴重だと。しかも一度しか使えないと記されていた。
「先ほども伝えたが、本来その魔石はそなたに危機が迫った場合に、使用されるモノだった。それをあの女は、わが身かわいさに使用したのだ。命を脅かされているのはそなたなのに……。巻きこまれたくないからと、怯えて逃げたのだ」
「意味が分からないこと、言わないで!」
神を名乗る、鳥の話が本当なら……。
村の皆が言う通り、ママは私を捨てたことになる。そんなこと認めたくない。だけど、いつまで待ってもママは帰ってこない。その事実が私を刺激する。
ママに会いたい、寂しい。本当のことを教えて。この鳥の言うことは本当なの? ママはママじゃないの? 答えてよ、ママ。
感情はごちゃごちゃとなり、ポタポタと涙が垂れてくる。
「そなたの本名は、リティ・イシェンニ・ラウンデス。この国にあった王家、最後の生き残り。それがそなたの正体だ」
イシェンニ、ラウンデス。どちらも聞いたことがある。おじいちゃんの本棚にある本で知った。イシェンニはこの国の名前で、ラウンデスは王族だけが名乗れる家名。だけど今は国名も、王族も変わったと村長たちが話していた。
「じゃ、じゃあ、ママ、は……」
「王城に勤めていた女だ。国が攻められた際、赤子だったお前を託されたのだ。最初は主への忠誠心があったようだが、匿うことに、次第と怯えるようになった」
「怯えていた?」
ママと結びつかないと思ったが、そうだ。何度か見たことがあると、思い当たる。
一度ベッドへ潜り、トイレへ行きたくなり目を覚ました時だ。ママとおばあちゃんが、こそこそと話していた。
もう限界だと言うママへ、おばあちゃんがなにか言っていた。寝ぼけていたので、二人がなにを話していたのかよく分からない。だけど、私が聞いては駄目な気がして、わざと物音をたて「トイレ……」と二人に声をかけ、何度か会話を中断させた。
そんな日の翌日は、ママがよく私を見ていた。なにか様子をうかがうように、どこか怯えていたような目で。
二人ともあんなに優しくて、時に厳しい普通の家族だったのに? 本当なの? 本当にママは私の母親じゃないの? じゃあ、おばあちゃんも? おばあちゃんじゃないの?
私はママにもおばあちゃんにも似ていなかった。村の人は、おじいちゃんにも似ていないと言っていた。だからてっきり、顔を知らないパパに似ていると思っていたけれど……。そもそも根本が間違っていた……?
「私……。私、なに……?」
「先ほど言ったであろう。王家最後の生き残りだと」
「じゃあ……。本当の家族は……」
王家は滅んだと、皆が話していた。
沈痛な雰囲気を出しながら、死んだと言われる。
衝撃が走る。疑う気持ちは完全に消え去っていないが、事実だろうとも思う。
本当の家族は、誰も生きていない。育ててくれたママには捨てられ、おばあちゃんは死んで。私は一人ぼっち。
持っていた枝が、手から滑り落ちる。両手を枯葉の上に乗せ、四つん這いになると、言葉にならない声が漏れる。
鼻がつんと痛く、唇がぶるぶると震える。ついに耐えられなくなり、大声をあげて泣き出した。
ママ、ママ、ママ、会いたい。今すぐこの鳥の話は違う、貴女は私の娘だと言って。おばあちゃんに会いたい。いつものように、私の大切な子と言って、抱きしめて。
でも、叶わない。おばあちゃんは死んで、ママは消えた。
私は一人ぼっち、一人ぼっちなんだ。突きつけられた現実に、ただ大声をあげて泣くしかできなかった。




