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村を発つ

「村長、一緒に契約書の内容を読んでくれる?」


 お願いすると、我に返った村長が契約書に目を走らせる。

 簡潔にまとめると、まず、フィーラを主人として仕える。それに対し、フィーラ側が給金を払うと同時に、衣食住を保障するという内容だった。

 条件としては悪くない。むしろ待遇(たいぐう)は良いが……。


「この死についての責任を問わない、というのは?」


 気になった文を見つけたので、質問をする。


「フィーラ様に良くない感情を向ける者は、珍しくない。仕えるということは、巻きこまれ、命を落とす可能性がある。その場合、文句を言わないこと。そういう意味だ」


 ジェネが横柄(おうへい)に答えるので、シンリン様の目が吊り上がる。

 それなら、私にはあまり関係ないか。生死について文句を言う家族はいないし。


「村長は気になる所、ある?」

「いや、ない。ないが……。リティ、考え直すのであれば、今が最後のチャンスだぞ」


 王族と知り、村長の不安は増したのだろう。引きとめるような発言をすれば、村の大勢が頷き、同調する


「そうだよ、リティ。無理をする必要はないんだよ」

「狩りも上達しているじゃないか。このまま、村で暮らしていけるさ」

「大丈夫! お姫様に仕えるから、礼儀作法を覚えることになるから大変だろうけれど、勉強になるし。知識は武器になるって、おばあちゃんも言っていたから」


 現在の王家に対してというか、リーヴァーに対して反感を持つ者は多い。だから……。


「契約書に追加をお願いします。村の皆が、周囲に住む人たちから誤解を受けないように、私の出身地を公表しない、と」

「リティ!」


 まるで私が身売りするような状況となり、村長が何度も本当に良いのか、後悔しないのかと念押ししてくる。他の皆も、村長の言う通りだと頷く。ジェネはこのやり取りに、眉を寄せる。

 だけど私は考えを変えることなく、村を出るため、馬車に乗りこむ。


「長いお休みをもらえたら、帰ってくるから!」


 動き出した馬車から身を乗り出し、叫ぶ。

 手を振って、何度も振って、皆の姿が見えなくなるまで振り続ける。

 村が遠ざかっていく。私の育った村が……。空を飛んで離れた地へ行った時と、全然違う。これから私は、知らない土地で正体を隠し、死なないために生きる。感傷(かんしょう)に浸っていると……。


「危ないですよ。いい加減、身を乗り出すのを止めなさい」


 同乗しているジェネに言われ、身を引っこめ、座りなおす。

 この馬車にはフィーラ、ジェネ、私とシンリン様だけが乗っている。その前後、左右を囲むように、他の馬車が並走している。


「お城までは、どれくらいかかりますか?」

「一週間ほどです」


 素っ気なくジェネは答える。ということは、前回来てからすぐ向こうを発ったのか。なかなか(せわ)しない。


「では、約束を果たしましょう。ジェネ、リティは侍女ではなく、私の護衛として仕えさせます」

「護衛、ですか?」


 全身を観察されるように見られる。


「体幹は悪くなさそうですが、なぜ護衛なのでしょう。出自について、うさん……」


 胡散臭いと言いたかったのだろうが、咳払いをする。隠すのが遅い。


『なんだ、この女。我が愛し子のラウンデスを馬鹿にしおって』


 シンリン様の機嫌が悪くなる。ジェネの印象は、シンリン様にとって最悪なので、ちょっとしたことでも、すぐに怒る。


「いえ、どういった血筋が分からない者を? 危険ではありませんか?」

「実はあの時、森の魔物を倒したのは護衛騎士ではなく、彼女なの」

「そ、れは……」


 信じられないと、目が物語っている。


『この女が筆頭護衛とは。感情が表に出やすい、馬鹿な女を選んだものよ。リーヴァーの質が分かるものよな』


 私にしか聞こえないから、シンリン様、言いたい放題だ。馬鹿にしていると、よく分かる。


「リティは魔法を使え、それで魔物を倒したのです」

「それは、おかしくありませんか? 彼女の祖父は、彼女が生まれる前に亡くなっています。以来、村で魔法が使える者は一人もいないと、村長が話されていたではありませんか。魔法が使えるのは、一体……」


 魔法使いになる条件を知っているのか、ジェネの疑いが深まったようだ。私へ向ける視線が鋭くなる。シンリン様と決めていた設定を、ここで話す。


「実は、村の皆が不安になると思い黙っていましたが、村の周辺に魔物が出ます。その魔物と遭遇した時、魔法を放たれました。それまでずっと、祖父の本は読んでいたので、魔法を使うことに憧れがありました。それで、なにか変な感じがしたので、試しに呪文を唱えると、魔法が使えたのです。魔物のことを伏せるために、魔法使いということを村に皆にも黙っていました」


 ほぼ事実だが、ここからは違う。


「なにしろその魔物、見た目が虫なので。何度も見かけていますが、危険はありません。だからいたずらに、不安を煽りたくなかったのです。あの時、虫に刺されたと思ったので、その時、魔物が魔法を放ったと思います」

「虫?」

「虫、ですか?」


 そんな話、聞いたことがないと、二人が顔を見合わせる。


「はい。なかなか駆除できない虫ですが、特に大きな害がないので、相手にされていません。魔法を放つと、駆除できない虫をあっさり殺せました。途端に砂と化し、後に商人から、魔物は倒すと砂と化すと聞き、あの虫は魔物だったと確信しました」


 真偽を確かめたいらしいが、今、馬車が走っている辺りにも潜伏しているのかは知らないと言う。

 かといって、のこのこ村に戻っては、一体何事だと大騒ぎになるだろう。それは避けたいとフィーラが言い、後日、その虫を探す専門家を送ることに決まった。

 シンリン様が手配済みで、実際存在する、そういう魔物をおびき寄せている。この魔物たちは斥候を担当するため、実際この世界で仕事をしているそうだ。見た目、サイズから最適だと潜りこんでいるらしい。


「魔物といえば、人を襲う大型の生き物ばかりだと思っていましたが……。これが事実なら、世界の魔物に対する認識が変わります。我々がそうと知らず、害がないからと無視している魔物が、他にもいる可能性がありますね、フィーラ様」

「魔物は倒すと砂になるのが、難点よね。おかげで魔物についての調査は、どの国も捗らないから。困ったものだわ」

「虫を見つけては、どんな魔法が使えるのかと、祖父の残した本で覚えた呪文を、唱え続けました。だから魔法は、独学です」


 蔵書は二人に見せている。二人は書の多さに驚いていた。

 これだけ揃えられるのなら、やはり名のある家の出身者で、調査すれば分かるのではないかと、ジェネが言っていたのを、前回シンリン様は盗み聞きしていた。


 この日はテントを使い、野外で一夜を明かすことになった。


「お姫様なのに、野宿ですか?」

「ええ。どこかへ泊まり、その地に暮らす方々に迷惑をかけたくないので」


 自分がいることで、周囲への危険を及ぶことを避けたいようだ。良い人のように見えるけれど、本当に? 騎士を躊躇なく、殺したのに?

 とりあえずシンリン様がフィーラとジェネのテントに接近し、またも二人の会話を盗み聞きする。こういう時、鳥の姿は便利だ。


『そなたの話を審議しておったぞ。虫の姿をした魔物は存在しておるが、人間に実害がないからな。攻撃されたと思ったら、蜂のように刺すのは変わらんが。この世界ではまだ気づかれておらぬ。確認も難しいだろうよ』


 専門家を派遣すると言っていたけれど、どういう理由で送るつもりなのだろうか。考えるけれど、私が考えても仕方ないかと止めることにする。

 初めて村以外の地で、一晩を過ごす。テントを出て夜空を見上げると、村で見た星空と大差ない。

 まだ村から出た実感が湧かない。どれくらい、村から離れたのだろう。

 テントに戻り、シンリン様を枕元に寝かせ、布団にもぐる。意外とすぐに寝られた。


 馬車での移動は、問題なく進む。魔物に遭遇することは、ない。

 前回のフィーラたちへの襲撃は、ある神が私を守るために魔物を送ったそうだ。フィーラと会わせたくないからという、善意からの行動だったと教えてもらった。


「なんでそんなことを?」

「その神は、我と親しくてな。それに、リーヴァーが信仰する神を嫌っておるので、リーヴァーも嫌っておる」


 本当、神様って、人間と変わらないなと呆れる。

 守ってくれるという気持ちは嬉しいけれど、あの付近にリーヴァーを近づかせたくない、ナニかが隠されていると、相手に気付かれる可能性を考えなかったのだろうか。シンリン様が、神は万能ではないと言っていたけれど、本当だなと思う。

 きっとフィーラ一行を、全滅させたい思いもあったのだろう。

 でもフィーラの言っていた通り、一国の姫が亡くなれば、調査団を送られる理由に繋がる。もう少し、神様は冷静になってほしい。おかげで私は勘違いして、今と繋がっている訳だし。


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