城に到着
馬車でずっと移動するのは、お尻が痛くなると、初めて知った。足を伸ばせないのも手伝い、辛いので頻繁に体勢を変える。フィーラとジェネは慣れているのか、顔色すら変えず、背筋を伸ばしたまま。
もちろん休憩は定期的に取られる。狭い車内から出て、大きく伸びをすると気持ちが良い。
「リティ、こちらへ」
村を発った翌日、ジェネに声をかけられ、皆から少し離れた場所へ行く。一体なにをされるのかと緊張していると……。
「私に魔法を見せなさい」
そう言われたので、水魔法の初級、水の球を作り出す。最初は小さく、段々と大きくする。平均より少し大きめに成長させると、息を止め、顔を真っ赤にさせ、体を震わせる。
「それが限界ですか?」
声に出さず、頷く。
「分かりました。魔法は解除して構いません。水の球は、大きさで魔力量を量れますが……。なるほど。平均より上。年齢を加味すると、今後の伸びしろに期待ができる。フィーラ様が護衛にと望まれる訳か」
一人で納得されるけれど、実はもっと大きな球を作れることは、秘密だ。
息を止め、体を震わせることで限界を表現したけれど、合っていたらしく、安心する。
でも同時に、シンリン様がジェネを馬鹿にしていたけれど、確かにこんな嘘に騙されるなんて、本当に筆頭護衛で大丈夫なのかと心配になる。
城のある王都へ近づいていくと、野宿が難しくなってきた。田舎と違い、集団が野宿をするのは、逆に目立って怪しまれるそうだ。だから宿泊施設、ホテルに泊まることになった。ホテルは初めてだと、楽しみにしていたが、建物の外観を見ただけで、口を開け、ぼーっとする。
このホテルに到着するまで、大勢の人、多くの建物に圧倒されたけれど、このホテルはまた別格。
町の中心部から離れているが、静けさに似合った重厚な造り。シックな色合いの壁で、夕闇に溶けこもうとしているかのよう。窓から漏れる灯りが、幻想的ですらある。
「わ、私も入って良いのでしょうか」
服は村で着ていたものから変えていない。ホテルがまだよく分からないけれど、場違いだということは分かる。フィーラたちに挨拶する従業員の方が、よほど立派な恰好をしている。気後れしてしまう。
「リティだけを野宿させる訳、ないでしょう? 怒られないから、いらっしゃいな」
フィーラはそう言うが、扉をくぐるのに勇気がいる。
『早く歩け、リティ。これは魔物ではない、ただの建物だ。緊張することはない』
シンリン様に言われても、なかなか足が動かない。業を煮やしたジェネが文字通り背中を押してきたので、無理やり一歩踏み出すことになった。ふかふかのカーペットの上に、足が乗る。
「これから城で生活をするのです。慣れて下さい」
恐れ多いと震える。動きが止まってはジェネに同じことを言われ、背中を押されることが続いた。
一人部屋を用意されたが、味わったことのない柔らかい布団。野宿で使っていた布団は、使い慣れた薄い布だったので熟睡できたけれど、こんなベッドで寝たことがないので、逆に目が冴えて眠れない。
『リティ……。慣れろ』
村を出てからずっとシンリン様は、このように脳内へ語りかけてくる。
「慣れない……」
独り言のような返事をする。
落ちつかない。もしリーヴァーが攻めてこなかったら、私はこんなベッドで寝る生活を送っていたのか。でも現実、私は村で育ったので、安物の硬いベッドに慣れている。こんなふかふかで柔らかいベッド、経験したことがないので、どうにも落ちつかない。
何度も寝返りを打つ。無理だと思ったら起き上がり、軽く柔軟体操をする。水を飲む。色々試したものの、眠気は一向に来ない。ついには床の上で寝ようとするが、シンリン様に怒られた。
結局、寝られないまま朝を迎えた。鏡を見ると、目の下のクマが酷い。瞼も腫れたように、重い。
「眠れなかったのですか?」
「はい……」
あのジェネにまで心配される。自覚はあるが、他者から見ても相当酷い顔らしい。フィーラが眠たくなったら、遠慮なく馬車の中で寝るように言ってくれる。
敵は睡眠だけではなく、食事もで、予想外だった。ホテルの夜ご飯も、朝食も立派だが、逆に胃もたれしそうになる。
味つけが違う。今まで村で食べていた料理と違う。なにか深いと言うか、味が濃いというか……。これなら野宿で食べていた、簡易な食事の方がマシだ。私の口に合わない。
寝られない、食が進まない。でも食べないと、寝ないと死んでしまう。だから、せめて食べることだけはしようと、無理やり口に運び、口を動かして飲みこむ。
美味しいかと問われたら、無理やり笑顔を作って「はい」と言うが、寝不足の顔なので怪しまれることはなかったらしい。
城ではどんな料理が出されるか分からないが、すでに村の食事が恋しくなっていた。隣の家のおばさんの作ってくれた料理、美味しかったな。塩くらいでしか味つけされていないけれど、食材の味が引き立っていた。懐かしい。
日数を重ねるたび、睡眠がろくに取れない影響が出る。もし今、魔物に遭遇したら、ろくに戦えないだろう。
『困ったな。こういう特訓はしていなかったからな。村人に不審がられるのを気にしすぎたな』
そのうちシンリン様は、私に不眠不休の特訓をさせるつもりかもしれない。上手く働かない頭で、そんなことを考える。
馬車の通る道が、徐々に舗装されていき、揺れが静まってくれたのはありがたかった。おかげでベッドよりも狭いこの空間が逆に安心でき、車内で少し眠ることができた。
目を覚まし、閉められたカーテンが揺れた隙間から見える景色は、私を楽しませてくれる。シンリン様が以前、小さい町だと言っていたのが、今なら分かる。あの町とは大違いの広さを持つ町を、幾つも通る。
人もどこから湧いてきたのかと思うほど多く、よく皆、互いにぶつからず歩いているなと感心する。
なるべくカーテンは開けるなと言われているが、揺れて向こうが見えた時は、咎められない。カーテンを開けないのは、フィーラを守るためだと言われている。フィーラはお姫様なので、王都へ近づくたび、顔を知る人が増え、危険も増すそうだ。
こんな大所帯で移動していることが、すでに目立っている気がするけれど、この辺りでは普通なのかと知りたかったが、田舎者と思われたくなく、黙っておいた。
「今日中に、城へ到着します。陛下には明日、お会いしてもらいます」
「王様に? 私が?」
「私の直属の者になるから、当然です。父に顔を覚えてもらわなければ、事あるごとに、不審者扱いされて大変なことになりますので。また、侍女として迎えるものの、護身術を学ばせるとも頼みます。実力を測るテストが行われますが、リティ、必ず手加減をするように」
「分かりました」
とは言ったものの、手加減とはどんな感じなのだろう。
正直、他の人たちの実力がよく分からないし。とりあえず、リーヴァーの護衛より強いと思う。だから、それよりもうんと低く力を抑えなくてはならないのか。難しそう。
「水の球は、私に見せた半分以下にしなさい」
考えが顔に出たのだろうか。ジェネに言われる。
そう言うということが、それが私の年齢の普通なの?
でも、目安ができたのはありがたい。魔法については、ジェネの言葉を参考にさせてもらおう。
「姫様、王都に入ります」
門に向け、かかる橋の上を通る。本来検問が行われるそうだが、この馬車にはフィーラが乗っているので、検問は行われない。並ぶこともなく、待つこともなく、どこもスムーズに通れている。これが権力か。
窓の隙間から見える光景。王都はどんな感じだろうと、期待して覗いた時、一瞬で分かった。多くの人が、刺すように馬車を睨んでいると。慌てて窓から体を離す。
「気がつきましたか。この視線が、全てフィーラ様を含んだ、現王族へ向けられている嫌悪であり、敵意です。この視線の数だけ、フィーラ様に危険が及ぶと思いなさい」
これは、想像以上に嫌われている。
ラウンデスが暴君だったらきっと、イシェンニの民から支持を得られただろうが、ラウンデスには一切の非はない。それなのに突然攻め、全員殺した。リーヴァーは今も、許されていない。
ジェネの村人への態度から察するに、リーヴァーのイシェンニの民への態度も予想がつく。これでは受け入れられるのは、難しいだろう。
ふと、疑問が湧く。
「リーヴァーは、イシェンニをどうしたいのですか?」
ジェネがなにかを言いかけるが、フィーラが手で制する。
「正直、私にも分かりません。リーヴァー本国の目的は、ラウンデスを滅ぼすことだけでした。ラウンデスを滅ぼしたので、管理する者がいなくなったこの国に、私たち一家が送られることになりました」
フィーラは神からのお告げを知らないのか、それとも知っていて黙っているのか。
何日も寝泊りを共に過ごしたのに、彼女がなにを考えているのか分からない。
「開門!」
一際大きな門が開くと、ジェネがカーテンを開ける。ということは、もう安全ということなのだろう。
「うわぁ……」
丁寧に管理されている庭が見える。木々の葉は青く、形を整えられ茂っている。花は咲き誇り、馬車の風により、静かに揺れている。
「ここは城内です。これから先に向かうのが、貴女の寝泊りする寮になります。前触れを送っているので、部屋の準備は整っています。詳しいことは、寮長から説明があります。明日ついても、寮長から説明があるので聞いておくように」
最初に泊まったホテルよりも立派な建物の前に降ろされる。フィーラを乗せたままの馬車は、さらに奥へ向かって行く。
『あの奥に、王の住む城がある』
シンリン様の説明を聞きながら、小さなカバンを抱え、ノッカーを鳴らす。
「はーい」
中から人の声が聞こえてくる。
ガチャリと内側から鍵の開く音がして、笑顔を作った男性がフリル付きよエプロン姿で出てきた。筋肉がエプロンからはみ出ており、違和感が拭えないが、都会ではこういうのが流行っているのかなと思う。




