フィーラの迎え
「全く、なんなのだ、あのジェネという女は、敵意丸出しではないか」
フィーラが帰った夜、シンリン様は毛を逆立て怒った。
「あの女にだけは、絶対に正体を悟られてはならぬぞ。フィーラもだが、ああいう女は容赦がない。フィーラに忠誠を誓っており、主に危険だと判断すれば、処分することに躊躇なく動くだろう」
確かにあからさますぎた。フィーラを心配しているのもあるだろうが、あそこまで警戒されると、フィーラの所へ行っても、上手く人間関係を築けるのか不安だ。なにしろジェネは、フィーラの筆頭護衛だとの話だし。
「信頼を得るの、難しそうだね」
「そうだな。今日の説明では侍女と言われたが、フィーラは護衛として欲しているのだろう? だったら、武術を披露すれば良い。実力を見せつけるのだ!」
「でも、村長を相手にした時のように上手くいくかな。誰に習ったかとか、質問されそう」
途端、シンリン様は黙る。
「最初から実力を見せつけるのは、避けた方が良いかなと考えているけれど、どうかな」
「……そうだな、その方が良いだろう。つい頭に血が上ってしまった。確かに、誰に習ったと問われるのは、困るな。馬鹿正直に、魔物と戦った。我から指導を受けたとは言えんしな」
フィーラには二つの属性を同時に操れると知られたが、他の人物にまで知られるのは、とりあえず避けようと、シンリン様と決める。
「一番得意な魔法は、水魔法にしてはおかぬか?」
水魔法で攻撃したし、実際、二番目に得意な魔法なので、その設定で貫くことにする。フィーラも納得するだろう。休息日に風魔法の訓練を、密かに行う必要が出てきた。城の近くで、誰にも見つからず、訓練できる所があるかな。
フィーラがまた来るまでに、村の皆へ挨拶。魔石集め。設定を考える。引っ越すための荷物は少ないが、やることは多かった。
「宝箱に入りきらない魔石は、我が預かっておこう」
「ありがとう、シンリン様。この収納魔法、便利だけれど、私も使えるようになる?」
「鍛えればな」
「どれくらい?」
「そうさなあ……。今の調子だと、何十年後になることか」
「そうかあ……」
残念な答えに、肩を落とす。
「魔法はレベルを上げることによって、使える魔法が多くなる。同時に、あるレベルに達すると、苦手だった魔法も得意となる。ただ、そのレベルに達する人間はほとんど存在せん。一生をかけても到達不可能な領域よ」
覚えられたら使いたかったけれど、諦めるしかなさそう。
「あれ? となると、理論上は火魔法が得意なのに、水魔法も得意になれるということ?」
「そうだな」
理論上は可能。レベルを上げなければならない。そのレベルは、一生かかっても無理なほど高い。それでも挑戦することをシンリン様なら無駄と言わないし、反対もしないだろう。なんなら、協力してくれるだろう。
「シーちゃんも連れて行くの?」
村長の奥さんに挨拶をすると、シンリン様を撫でながら尋ねてきた。
「うん。シーちゃんは、私の家族だから」
「寂しくなるわね」
「でも、休日も与えると言ってくれたし。二度と村に帰ってこない訳じゃないし」
「そうね。でも、大きな町へ出た人は皆、そう言うの」
奥さんは、遠い空の雲を見上げる。その目には、悲しみが宿っている。
「二度と村に帰ってこない訳ではないと、皆が言って旅立つけれど、本当に帰ってくる人は少ないから」
確かにと、押し黙る。
稼ぎに行ってくると言い、大きな町へ発った人が帰ってこない、手紙が途絶えることは珍しくない。そうやってゆっくり、この村は人口が減っていると村長が言っていた。いつか遠くない未来、どこかの村と合併するだろう、とも。その時、村の名前は消える可能性が高いそうだ。
「その頃わしは、死んでおるだろうがな」
そう言いながら村を見回す村長の目に、悲しみが帯びていた。
魔物に襲われない平和な土地。でも不便という理由だけで、緩やかに消えていく。
生まれ育った故郷が消えることに、哀愁を感じるずにはいられないのだろう。
私が去ることで、子どもが一人減る。同じ年ごろの村人たちが将来を、どうするのかは分からない。村に残り、一生を終えるのか。都会に出るのか。中には今の段階から、村を出ると言っている人もいる。
◇◇◇◇◇
最後の時は、おばあちゃんの墓参りで時間を過ごした。
「おばあちゃん、見ていて。私、行ってくる。でもそれは、死ぬために行くんじゃない。生きるために、行ってくる」
しばらくお墓参りができないし。護衛なら稽古をつけられるだろうから、どれだけ肉体が疲労するか分からない。休日は寝て過ごすかもしれない。なにしろシンリン様以外から教わるのは初めてだし。実戦経験はあっても魔物相手ばかりで、人間とやり合った経験はない。
「リティ」
村長が呼びに来る。フィーラが来たようだ。
「分かった、今行く」
おばあちゃんの墓に背を向け、走り出す。そこには豪華な馬車を筆頭に、他にも何台も馬車が停まっていた。
「大げさじゃない?」
シンリン様に声をかける。ペット相手なら、ある程度の独り言も許されるだろう。
『そうさなあ。そなたとフィーラが出会った経緯がある。前回は護衛が少なかったようだが、今回は大勢を連れておる。魔物を警戒しておるのだろう』
頭の中にシンリン様の声が響く。
シンリン様とは、こうやって声を出さずに、頭で会話ができるようになった。
そう言いたいが、今は一方的にシンリン様が話すのを聞くだけ。いつかは私も声を出さず会話を可能とるすため、ひたすら練習している最中だ。
「大げさではありません」
ジェネが前に出ると、フィーラ様に手を向け、ついに名乗る。
「この方はリーヴァーから来た、この国の姫ですから」
「ひ、姫ですと?」
私の見送りに来ていた村の皆も驚くので、一緒に驚くふりをする。
「フィーラさん、お姫様だったの?」
「はい、ですから考えを変えられたくない、前回の訪問時は伏せてもらいました。これが約束の契約書です。村長もぜひ」
「これは……。確かに伝達でありました、新しい王家の紋章……っ」
契約書に押されている紋章を、村長が認めた。さらにざわめきが広がる。
王家に限らず家の紋章の偽造は即、処刑となる。だから、この犯罪に手を染める者は、ほとんどいない。皆、信じるしかない。
「リーヴァーから来た王族ですから、信頼できる方に仕えてもらいたいのです。お分かりいただけますか?」
笑顔で言われるが、誰も答えない。
この村は直接、リーヴァーになにかされた訳ではない。
しかし、リーヴァーは突然戦争をしかけてきて、イシェンニの民を殺した。ラウンデスを滅ぼした。そのことに思うことがある人は多いが、誰もなにも言えない。下手をして、殺されたくないから。




