旅立ちを決める
フィーラの提案に、村長は動揺を隠せない。
「り、リティをですか? あれだけの馬車ですから、高貴な方と思います。そのような方が相手では、この村の住人では不勉強のため、粗相をしてご迷惑をおかけすることになるかと」
そういえば、フィーラが何者なのか村長に説明をしていなかった。今さら実は新しい、リーヴァーから来たお姫様ですとは言えない。というか私も、フィーラから直接王族だと聞いていないので、なにも言えない。
「いえ、見ず知らずの人間を助ける優しさに、私は心を打たれました。彼女なら、立派に務めてくれ、信頼できる侍女になると思います」
「しかし、リティは村を出たことがなく……。それに、母のことも……」
「村長。私はもう、ママを待っていないよ」
悲しみを耐え、無理に笑顔を作る。頭では理解しても、捨てられた事実は今も悲しい。感情の一部が何年経っても、理解を拒んでいる。
「ママは私を捨てたって、分かっている。ママは二度と村に帰ってこないことも、もう分かっているから」
「リティ……」
なんと声をかければ良いのか、村長も困っているようだ。あれほどママは帰って来ると言い張っていたし。
「お前は、村を出たいのか?」
しわの刻まれた手が震えているのに気がつきながら、そっと目を伏せる。
「村を出たいというか……。ママとの思い出がありすぎて……。でも、おばあちゃんのお墓があるし」
まだ悩んでいる。そんな風を装うが、上手くできているだろうか。でも、やるしかない。
「楽しいことも、悲しいことも、村には沢山の思い出がありすぎて。助けた時に、フィーラさんに仕事を誘われてから、ずっと考えていて……。本当にフィーラさんが迎えに来たら、ちょっとだけ、村を出てみようかなって。たまには帰ってくるよ。村長や皆にも会いたいし。おばあちゃんにも会いたいから」
だから村長、そんなに寂しそうな顔をしないで。
私が村に留まることは、危険になってしまったし。フィーラが私をラウンデスの生き残りという可能性を考えていたら、匿っていたと、村長たちにまで危険が及ぶかもしれない。優しい村長たちを傷つけたくない。
あの時、心臓を一突きにされた男の顔が、脳内で村長の顔に変わる。そんな未来、見たくない。
「今日、すぐ村を出る訳でもないし。そうでしょう、フィーラさん」
「はい。今日は改めてお礼の言葉を伝えることと、答えを聞くために村を訪れたので。もし私の元へ来ていただけるのでしたら、詳しい話はこれから行う予定です。村長さんが、リティさんの保護者代わりでしょうか」
「うん、そんな感じ。村長が一番私を心配してくれて、ずっと見守ってくれていたから。私にとっては、おじいちゃん」
「リティ……。分かった……」
苦い顔をつくり項垂れるが、すぐに顔を上げる村長。
「では、私も一緒に話を聞いても? なにも知らずこの子を送り出し、心配し続けるのは嫌なので。特にこの子の母は王都へ出稼ぎに出て、まるで人が変わったようになったので、余計に心配なのです」
フィーラは自分の立場を伏せ、貴族の娘だと名乗った。父親にも話は通しており、自分の直属扱いになると。給金も出るし、寮もあるので、衣食住には困らないという説明だった。
「寮まで……。都会のことはよく分かりませんが、フィーラ様は相当、お偉い家の一員のようですな」
家についてぼかす説明から、あえて村長はどこの家か突っ込まないようだ。下手にやぶへびを突けば、こちらが痛い目を見ると分かっているのだろう。
「しかし、家について教えていただけないと……。リティを詐欺行為で連れ出すのではないかと……。人身売買とか、その……」
村長の声が小さくなっていく。犯罪に巻きこまれる可能性があるとは、言いにくいのだろう。
「フィーラ様を疑うのか」
ジェネが睨めば、村長の体が跳ねる。
「止めなさい、ジェネ。リティさんを心配しての発言よ。突然誰とも知らぬ者が、大切な村人を連れて行くと言い出したら、警戒して当然よ」
「しかし」
「事情があり、私の家について、今はお伝えすることはできません。それは、リーヴァーから流れてきた家だから。この説明で、納得いただけるでしょうか。リーヴァーから来た者は、まだ認知度が低いですし」
「リーヴァー出身者でしたか」
この説明で、村長はフィーラを相当位の高い家の娘と思ったようだ。なにしろリーヴァーから来た貴族は、この国での実績はなにもないのに、公爵や侯爵といった、上位の貴族の名を与えられた。
「給金の初任給は、こちらの予定です」
言われた金額に、村長と二人で驚いた。この村で、そんな大金を一か月だけで得ることは難しい。
「いやはや、貴族というのはすごいですなあ。それとも私は知りませんが、リーヴァーが裕福なのでしょうか」
「この額に値する家だと思っていただいて構いません」
つまり、王家に仕える人の価値はお金にすると、こんな額になるのか。大金だ。
次に来る時には、契約書を持ってくると言われた。不安であれば、控えを村長にも渡すと言う。
フィーラが村を発つ前、頼んで二人きりになろうとする。ところがジェネが危険だと、自分の同行を求めてきた。
「心配しないで、ジェネ。私も二人だけで話をしたいの」
「しかし、フィーネ様」
食い下がるジェネとフィールの攻防の結果、妥協案として、ジェネが見える範囲での会話となった。
なるほど。この距離が、ジェネにとって一瞬で飛びかかれる距離かと計算をする。なにか魔法が使えるのだろう。リーヴァーの者なら、火魔法は必ず使えるだろう。他の属性はどうだろうか。シンリン様は、水魔法は苦手だと言っていたけれど。
この距離なら、私も攻撃されても対応できるかと安心する。シンリン様も肩に乗ったまま、ジェネから目を逸らさないので、心強い。
「一応、侍女という名目で、父や皆に話しています。護衛と言えば、村長も心配されるでしょう?」
「それより。貴族って、実際にどの家? 爵位は? なんで隠すの?」
答えを知っているのに、わざと知らないと伝えるためにも尋ねる。
「今はまだ言えません。契約を交わしてから、お伝えします。考えを変えられては、残念ですから」
ここで下手にごねたら、ジェネが飛びかかってきそうだ。それに、敵の懐に入れなくなるのは困る。
「分かった。あと、もう一つ。あのジェネって人には、私のことをどう話したの?」
「彼女にも真実は伝えていません。貴女は倒れていた私を、介抱してくれた。そう話しています。真実はリティさんの許可を得てから話そうかと。ジェネは私の筆頭護衛であり、腹心です。伝えても良いですか?」
「今はまだ駄目。契約を交わしてから許可を出す」
フィーラの返しを利用させてもらうと、くすくす、笑われる。
「面白い方ですね、リティさん。村長は、不勉強な者ばかりと言っていましたが、貴女は本当にそうなのでしょうか。本当の貴女を知る日を、楽しみにしています」
ジェネに話していないのは、本当だろうか。真偽を確かめられないまま、そこで会話を終え、フィーラを見送った。
「では、また来月」
そう言って、フィーラは去った。




