フィーラの提案
「貴女が、フィーラ様を介抱して下さった恩人ですか」
フィーラと同行してきたのは、身長の高いジェネと名乗った女性。まるで睨み下ろすように私を見る。明らかに私に対して、良くない感情を抱いていると分かる、隠そうとしてもいない。
田舎者が一国の姫に目をかけるから、本当に危険がない人物か、見極める重要さは分かるが……。それでもこんな目を、子どもに向けるものだろうか。
護衛だと聞いているけれど、誰に対してもこんな態度なの? 違う理由で、リーヴァーが受け入れられない理由が見えた気がする。親しくなろうとしない者を、どうしてこちらも受け入れられる。これでは無理だ。
「リティさん、ご家族はどちらに? ご挨拶をさせていただきたいのですが」
弱く、首を横に振ると、肩に乗るシンリン様へ目を送る。
「今はこのペットの鳥だけが、私の家族です。他の家族はいません。祖父母は亡くなり、父が誰なのか知りません。父は死んだと聞かされ、育ちました。母には数年前、捨てられました。それでも、私を雇われますか?」
いたずらに私の出生を調べられると困るので、正直にママの設定を伝える。
「そうでしたか……」
その真偽を判断できないからか、フィーラは寂しそうな声で顔を曇らせる。
「母は、思うことでもあったのでしょう。祖母が亡くなり一週間ほどして、私を置いて村を去りました」
ちらりと、フィーラとジェネが目を合わせたことに気がついた。ほんの一瞬だが、見逃さない。
きっとこの話の事実確認をされるだろうが、嘘は言っていない。村ではこれで通しているから。
立派な馬車が来たので、何事かと慌てて駆けつけてくれた村長に、倒れていて所を介抱してくれた礼に来たと、フィーラが伝えると、破顔する村長。
「そうでしたか。リティ、立派なことをしたなあ」
村長は疑うことなく、フィーラの話を信じた。
「ところで、リティさんには家族がいないとお聞きしましたが……」
「はい、リティは現在、シーちゃん。リティの肩に乗っている、ペットの鳥のことですが、シーちゃんと一緒に暮らしており、他の家族はいません」
そこで一度区切ると、私の顔を見てくる。きっと話して良いのか、確認の意味がこめられていると分かり、話しても良いと頷く。
「リティは祖母、母との三人で暮らしていました。祖父はリティが産まれる前に亡くなっています。その祖母が亡くなり、一週間ほど経ったころ前ぶりもなく、リティを残して母親が姿を消したのです」
「娘だけを置き、村を去ったのですか?」
「そういうことです。置手紙はありました。二度と村に帰らないと記されていました。つまり、母親に捨てられたのです。当時、リティは、母親は必ず帰ってくると言い張り……。家で待つことを望みました」
その視線の先には、ママたちと暮らし、今はシンリン様と暮らしている私の家がある。
「この村は裕福な者がおらず、引き取り手が見つからず。リティの親戚も住んでいません。そこで本人の希望通り、元の家で暮らすことを許可しました。もちろん幼い子どもだったので、村の者が交代で泊まることもありました」
こんな狭い村で親戚がいないのは珍しいと思ったのか、ジェネさんが突っ込む。
「実はリティの祖父母が若い頃、二人だけで突然村へ越してきたのです。詮索しませんでしたが、訳ありなのだろうとは分かりました。おそらく、かけおちでしょう。本人たちが死ぬまで伏せていたので、結局、真相は不明なままですが」
驚いた。誰も言わなかっただけで、村長はおばあちゃんたちがかけおちしたことに気がついていたのか。私が驚いたのは、かけおちという単語が出たからと誤解した村長が謝ってくる。
「今まで黙っていてすまないな、リティ。だが、お前ももう人助けができる立派な大人だ。伝えても良いだろう。二人はなにも語らなかったが、きっと身分差で家族に交際や結婚を反対され、この村へ来たのだろうよ」
「……そう、なんだ」
当たっている。村長がなぜその地位に就いているのか、改めて分かった気がする。よく人を見ている。この人以外に、誰が村長としてふさわしいだろうか。
「もちろん村人は最初、よそ者の二人を警戒しました。しかし真面目な二人に、村人も次第に心を開き、受け入れるようになりました。リティの祖父は魔法が使えたので、なにかと頼りになりましたし」
なるほど。魔法を使って村の人を助けていたことが好意的に取られ、警戒が緩んだのもあるかもしれない。
「リティの父は、死んだと聞いています。それが本当かどうかは、リティの母親しか知りません。その母はリティを村を飛び出し、今も行方知らずのままです」
私の話通りを村長が語ることに、また二人は目配せで合図を送り合っている。どういう意味なのかと、視線について考える。とりあえず気がつかなかったふりをする。
「ということは、祖父母が何者なのか誰も知らないと?」
「はい。ただリティの祖父は、裕福な家の出身者ではなかったかと。所作が美しく、品性もあり、そもそも我々と同じ村人といった雰囲気ではありませんでしたから。しかし本人に尋ねても、上手くはぐらかされ……。村で一番親しかった者なら、なにか聞いていたかもしれませんが、その者もすでに亡くなっています」
「なるほど」
フィーラさんが呟く。祖父の血により、魔法が使えると勘違いしてくれることを祈る。同時に、かけおちという単語に引っかからないでくれと、願う。もしラウンデスの誰かがかけおちして、この村へ来たと勘違いされたら、大変だ。
「リティさんの母君は、捜索されなかったのですか?」
「行いましたが、夜間、村を出発したようでして。周辺の村や町に尋ねてみましたが、見かけた者はおらず……。本当、どこへ行ったのか……。事故に合い、動けない可能性も考え、付近も捜索しました。しかし、なにも手がかりは見つかりませんでした」
「夜間とは、無茶なことをしますね」
苦笑するジェネさんの言葉に、村長は頷く。
「もっともなご意見です。ただこの辺りは、私が子どもの頃を最後に、魔物は出ていません。魔物が出ない地域だと、噂になっているはずですが、ご存知ありませんか?」
「いえ、存じております。確かにこの辺りは、魔物が出ないので住みやすいとは言えますが、近くに大きな町がないために不便だと、過疎化が進んでいるそうですね」
首肯する村長。
「なので、獣避けの鈴さえ持っていれば、安全と言えます。リティの母はこの辺りを熟知していますから、危険な道や場所は避けるでしょう。ただ夜間だと、足を踏み外す可能性があるので、危険なことに違いはありません」
思った以上に村長たちは様々な可能性から、ママを探してくれていたようだ。
「ところで最近、この辺りに魔物が出たという情報はありませんか?」
「いえ、聞きません。先ほども話した通りですし、魔物が出たら、近隣の村同士で、情報を共有する協定が結ばれています。そこからも情報は流れてきません。この辺りには、魔法使いがほとんどいませんから。魔物が出たら、村を逃げ出すしかありません。この村はリティの祖父を最後に、魔法使いがおりませんし」
どきりとするが、フィーラは顔を変えず相槌を打つだけ。
「このまま魔物が出ないと良いですね」
ジェネの言葉に、村長は全くその通りと答える。
これがシンリン様の言っていた、権力者の演技なのか。なにも知らなければ、私が魔法使いだと知らないように見える。
……ジェネは私が魔法を使えると、知っているのだろうか。だから余計、怪しんでいる? でも、なにか知っていたとしても、村長に教える気はないようだ。その点は助かる。
「では、私がご恩を返したいので、リティさんの生活面を支えるためにも、侍女として連れて行きたいと申し出ても、問題はありませんね」




