難問
シンリン様と出会ってから、こっそり村を抜け出し、闇夜の中での訓練も受け、戦えるようになっていた。
昼間でもシンリン様がわざと空間を曲げ、魔物をおびき寄せ、戦いを強いられた。正直、最初は恐怖で震えた。対応を間違えれば、死が待っている。怯え動けなくなり、いよいよ危険となった時はシンリン様が助けてくれたが、その度に怒られた。
もっと度胸や自信を身につけろと言われたが、無茶を言わないでほしいと泣きたかった。
戦いというのは、死がつきもの。この恐怖を克服するのは、簡単ではなかった。
訓練により怪我を負い、どういう言い訳をすべきか悩むこともあった。
「シンリン様、やりすぎ……。これ、村長たちにどう説明すれば良いのよ……」
「落ちつけ。我の空間魔法の中に、治療薬が幾つも保管されている。それで治せば良い」
「ああ、そう」
腹部から血を流し、瀕死だというのに、なんでもないと答えるシンリン様に殺意が湧くことも何度かあった。
治療薬があって治るから大丈夫とか、そういう問題ではない。薬を飲む前に私が死んだら、どうするつもりなのかと問いたかった。私に生きてほしいと言うくせに、ちぐはぐしている。
「傷が消えても、服の血はどうするの?」
「水魔法の応用で、洗えば良い」
神様だからか、シンリン様は、どこか人間とずれていた。そのずれに苛つくこともあったが、それでも色々教えてもらっていることに感謝していた。
なにより一人での生活より、誰かとの生活は楽しい。家で笑うことも増えた。会話できることが楽しい。
家というのは、温かいのが一番。シンリン様は、私に温もりを与えてくれる。いつしか食卓の椅子から、ぬいぐるみが消えた。しゃべらない待ち人は、部屋に帰った。
そうやって何年も過ごし、魔法を使って狩りも可能となった。ただ残念なのは、獲物を売ることができないこと。倒し方と量が、明らかに他人と違うからだ。売れないから解体して、シンリン様に預けている。そして家で料理に使う。
ウサギや鳥といった小動物は怪しまれない程度を抱え、村に持って帰る。それを村の人へ分ける。肉は貴重なので、皆に喜ばれる。だから一応、弓矢や短剣を持って森へ行くようになった。これらで仕留めていると思わせるために。
一度村長に、いつ弓を習ったと聞かれたので、なんとなくやったらできたと答えた。
さすがに無理があり不審がられたが、たまにそういう天才がいるらしい。自力で技を獲得するとか、なんとか。シンリン様に、それで無理やり押し通せと言われた。
「リティは、そういう者だったのか。独学ですごいことだ。これなら次に商人が来た時、売り物ができるな。動物の毛は、買ってもらえるぞ」
喜んだが子ども相手だからと、シンリン様が言う通り、安く買おうとする商人が多かった。
「今までずっと見てきたから知っているよ! 他の村の人と買い取り金額、違うじゃない! 子どもだからって、馬鹿にしないで!」
私が叫んで反論するものだから、商人と険悪な雰囲気になり、村長が間に入ることが何度かあった。そんなことを繰り返していると、「ガキ、良い質なら高く買い取ってやる」と、言葉は悪いが、対等に扱ってくれ始めた商人がいた。
特に口の悪い商人、ライドさんがなぜか構ってくれるようになった。
「ライドさん、今の相場を教えて。あと、上質な品があるなら、見せてほしい」
「上質ってのは、なかなか手に入らないから、価値があるんだよ」
「つまり、今は持っていないってこと?」
「そういうことだ。そうだな……。お前のペットが死んだら、その毛、高く買ってやるよ。そういうのが上質ってんだ」
シンリン様は、複雑そうな顔をした。
毛が美しいと褒められているが、死を前提にされているのが不満なのだろう。
「ライドさんは、魔物と会ったことがある?」
「あるさ。この辺りは魔物が出ないから、こうしてのんびり旅をしているが、場所によっては護衛を雇っている」
「場所……」
シンリン様が愛し子を傷つけると言っていたから、ひょっとして、王族の血が流れている者を感知し、送られてきている? そういえば最近、よく森で魔物に出くわす。全部倒しているけれど、てっきりシンリン様が訓練のために用意していたと思っていたけれど、違うのかな?
「でも、いつこの辺りに魔物が現れるか分からないじゃない」
「値は張ったが、転移の魔石を持っている。もし遭遇したら、それを使って逃げるさ」
「へえ。魔石は貴重だって、おじいちゃんの本に書いてあった。それを持っているなんて、ライドさん、すごいんだね」
純粋にすごいと伝えれば、ライドさんは得意気な顔になる。
なにしろ魔石を買えるほど儲けているのだ。商人としての才があるのだろう。
きっとシンリン様が言う通り、この人も時と場所、相手によって言葉遣いを変えたり、演技をしたりしているのだろう。そう考えると、このライドさんは、今が本当の姿なのだろうか。私に媚びを売る必要はないから。それが気楽で、私の相手をしてくれているのかもしれない。
「まあな。魔石は魔物から稀に取れる特別な石で、なぜか魔物は倒されると、砂になって消えるんだよ。でもたまに、砂の中から石が落ちる。それが魔石よ。嬢ちゃんに見せてやろう」
今のところ、魔石が出たことはない。シンリン様は魔物が持っていた武器が使えると回収しているけれど、あれらとは違うのか。
初めて見せてもらった魔石は、宝石のように輝いていた。
人数は少ないが、村の中に宝石を持っている人はいる。見せてもらったことがあるので分かるが、正直、見分けがつかない。
「これ、どうやって宝石と見分けるの?」
「夜、光るんだよ。どういう理屈かは知らんがな」
夜に光る。そんなモノが家にあった記憶はない。きっとママが隠していたのだろう。
「なんで魔石が出るのかは、分かっていないの?」
おじいちゃんの持っていた本は出版されてから、年数が経っている。新しい情報はないか、収集する必要がある。シンリン様の教えと、世間のズレをなくすためにも必要だ。
「ああ、誰に聞いても分からんと言うよ。護衛者は、運だって言っていたな」
運……。シンリン様は魔石がなぜ出来るかについて、まだ教えてくれない。いつか教えてほしいけれど、教えてくれるのかな。
そうやってライドさんを中心に商人と話し、外部の情報を入手する。子どもだから色々と興味を持つのは自然で、どれだけ質問をしても、誰からも疑われることはなかった。
帰宅し、シンリン様と二人だけになると尋ねる。
「つまり、この辺りに魔物が出るのは、やっぱり私がここに住んでいるのも理由の一つなのね」
「そうだ。我がそなたを成長させたく、わざと呼び寄せるだけではなく、他の世界の神とやり取りし、亡くなっても良いような輩を送ってもらっている」
「そんなことやっていたの……。亡くなっても良いような輩っていうの、なんか嫌。だって、それって……」
私にわざと殺しをさせている。
だって、魔物とはいえ、生きている。別世界の私たちでいう、人間なのだから。
相手は死にたくないから、私を倒そうとする。私も死にたくないから、相手を倒す。お互い、死にたくないので命をかけている。
魔物を倒すということは、命を奪うこと。
見た目がこの世界にいない生物だから、罪悪感が薄い。でも、これが同じ人間だったらどうだろうか。私は同じように、魔法をぶつけることができるだろうか。見た目が違うだけで、私は多くの命を奪っている。けれど、リーヴァー相手に戦えるのか……。
「訓練とはいえ、人殺しって、良いのかな……」
ぽつりと呟く。
「悩め。その問題の答えを他人へ求めるな。命のやり取りについて、考えて、考えて、考えまくれ。そして自分で答えを出せ」
「自分で……」
「お前の正体が知られた時、必ずリーヴァーは刺客を送ってくる。お前は抗わないのか? 大人しく殺されるのか? それを含めて、考えろ」
シンリン様は優しくない。
命を奪わせておいて、そんな課題を出すのだから。でも……。
魔物とはなにか。それを知らなかったら、とにかく倒さなければ殺されると、倒すことが当たり前で、命を奪うことになにも感じなかっただろう。魔物が別の世界でいう、私たち人間だと知っている今だから、見た目が違うだけで、立派な人殺しと思える。
肉や魚もそう。人間の姿をしていない動物を殺し、食べる。そして、私たちは生きられる。野菜や果物だってそうだ。成長しているということは、生きている。それを摘み取り、命を奪っている。
見た目が違うと、人は残酷になれる。
でも生きるためには、残酷にならなくてはならない。
シンリン様は、難しい課題を子どもに出した。いや、大人でも簡単に答えが出ない。
きっとこの答えは、すぐに出さなくても怒られないだろう。何年かかっても許してくれる。そんな難問。
答えは出ないまま、結局死にたくない。それを理由に魔物を倒し続けた。
あと、純粋に自分が強くなることも嬉しかった。
風魔法で高速に飛んで移動できるようになり、人気のない場所で複数の魔物を相手に戦うことも増えた。
「シンリン様、最近魔物、多くない? 呼び寄せすぎて、空間が曲がりやすくなっていない?」
「曲がりやすくはなっていないが、うむ……。確かに多いな。おそらく……」
全てシンリン様が呼び寄せていないが、魔物が出没する理由に心当たりはあるようだ。しかし確信がないと言われ、教えてもらえない。確信を得たら、教えてくれると約束してくれたので、その日を待つことに決める。
たまにシンリン様はこんな風に私に隠し事というか、全てを語ってくれない。それがなんだか寂しくて嫌だ。ママのように、嘘を吐かれたり、真実を伏せられたりするのは、まだ慣れない。




