だって、結ばれないから
「リティ様、偶然ですね。今日は休日ですか?」
お菓子の箱を持って歩いていると、ある男性が声をかけてきた。その人はラーロン様の護衛の一人。隊服を着て、袋を大量に抱えている。
「ロウグ様。その袋の山は……。また、買い出しですか?」
「はは」
笑うので、図星だったようだ。
ラーロン様の護衛隊の中で、一番下っ端の彼は、雑用を頼まれることが多い。ラーロン様が市井について知りたいからと、高価なモノではなく、庶民的なモノを欲されることが多いので、買い出しもその一つ。
「ラーロン様は、市井を注視していますから」
「この前は屋台で色々買われていましたよね。毒見係の方、大丈夫ですか?」
「ははは、太ったそうです。毒で死ぬ覚悟はあっても、太る覚悟を持って就いた仕事ではないと、泣いています」
「かわいそうに……」
リーヴァーから送られてきた、現王族。彼らを恨んでいる者は多い。
開戦後、王族以外は傷つけないように達しは出ていたようだが、侵略行為には間違いない。末端兵に上からのお達し、その意味が浸透せず、命令違反をする者がいた。そのため、余計にリーヴァーは恨まれている。だから毒見係は複数人用意され、用心を重ねている。
ラーロン様は今日みたいに突然、安い菓子を大量に買うことがある。単純に甘味がお好きなのも理由だが、庶民的なものを食べ、味に変化を感じると、流通に問題が起きている可能性があると判断し、調査を各所へ依頼される。
ただし、ラーロン様は購入した品、全てを食べないそうだ。ラーロン様が用心し、毒見済みの中から、適当に選んだものだけを食べ、残りは従者や護衛隊の者に下賜している。
そう、大量買いした品を。
毒見は一人ではないとはいえ、一度に大量のお菓子を毒見させられる側は、たまったものではない。一口でも量が多ければ、食事量が増えるので、単純に太りやすい。極端に太ることを嫌う者の一人として、毒見係の皆に同情する。
フィーラ様は、小食というか……。必要以上に食べようとされない。
訪問先でなにかを出された時は、食される。もちろん毒見が終わった上で。ただ、食す量は少ない。自分になにかを振る舞うより、腹を空かした別の人へ与えてほしいという考えがあってのことで、直接相手へ、考えを伝えることがある。
「買いすぎですよ。それ、ラーロン様以外にも、先輩方のお使いも入っていません?」
「分かりますか? でもこの重みが、筋肉トレーニングにもなりますから」
なるのだろうか……。
ロウグはまだ自覚が足りないのではないかと、たまに思う。
前に長時間、護衛すると酷く疲れるので、買い物は楽で好きだと言っていた。王太子の護衛に選ばれた身として、良いのだろうか。護衛隊の先輩として、注意をするべきか悩む。
でも隊は違うし、私があまり口出しをするのも……。本人が相談してきたら、また違うけれど。とりあえず今日は黙っていよう。
「リティ様は、またあのお店ですか? お好きですよね」
箱へ視線を向けられ、言われる。
「ええ。新しい店に挑戦するより、安定した幸せが好きなの」
「はは、ラーロン様は毎回、今度はどんな新しい味に出会えるかと、楽しみにされていますよ」
「ラーロン様、市場調査と私情が混じっていないかしら」
呆れたように言っても、ロウグさんは笑う。こういう明るい所に、隊の皆は助けられていると聞く。
どこか頼りないように見える人だが、間違いなく、王太子の護衛に選ばれるだけの実力は持っている。隊が違っても、練習の手合わせをすることがあり、彼とも何度か手合わせをしたことがある。
普段の柔らかい雰囲気から一転し、強い殺気を放つ。その威圧に圧倒される者が多く、勝ちあがった人物だ。初めて対峙した時の、あのひりついた空気は忘れられない。下手をしたら、のみこまれる所だった。
万が一あった場合、彼が真っ先に敵へ突っ込む気がする。少々危険な面もある若者だが、将来は期待されている。
「リティ様は、いつも一人で外出されていますよね」
「フィーラ様の護衛をしていると、友人を作るのも一苦労なのよ。同じ護衛隊の皆は、友人というより仲間だし」
「いえ、そういう意味ではなく、恋人は作られないのかと」
「私の話、聞いていたかしら? フィーラ様の護衛をしていると」
「人間関係も一苦労」
私が言うセリフを奪い、笑うロウグ。
「分かっているのなら、人の心配より、自分の心配をされたら?」
「同じくラーロン様の護衛となってから、人付き合いが減りまして。誰が味方で敵なのか、常に警戒しなければならなくなり、煩わしくなりましてね」
そう言うと、珍しく苦笑いを浮かべる。
ロウグは、男爵家の息子。しかもイシェンニ時代からの家。だからラーロン様の護衛になったことに、家族は反対したらしい。相手が誰であれ、評価された点を見てほしいと家族には言ったそうだが……。今もできれば、違う隊に所属してほしいとお願いされるらしい。
ところが親族によっては、護衛隊に着任後、急にロウグへ接触してくる者が出てきたそうだ。
どういう思惑か分からない。ラーロン様へ、現王家へ復讐したいのか。それとも、王太子のラーロン様からの覚えを良くしたいからなのか。どちらにしても護衛として、そんな人物とは親しくできない。下心が見える相手はやりやすいけれど、人数が多いと嫌になる。
「こちらの隊の中でも、リーヴァーから来た者、イシェンニ産まれの者と、正直、派閥があります。私は前から言うように、天涯孤独の身なので、親族の接触という心配はありませんが。両親は亡くなり、母は一人娘。親戚は故郷にいない。もしかしたら、父親の親類が生きているかもしれませんが、私という存在を知っているか怪しいですね。だからこういう問題とは無縁で、気楽です」
「羨ましいですよ」
ママが作った設定を、今でも使っている。父親は誰なのか分からないので、親類がいるかもしれないとも言っているが、今のところ、自称親類は出てこない。
きっとママが平民。しかも辺境の村出身者だからだろう。
そんな相手と火遊びをしたと言える権力者はいない。私を利用したいが、出自については皆に明かしているので、逆に手出しできないようになっている。
「ペットの鳥以外にも、興味を持った方が良いですよ。というか、何人かリティさんを好いている男性隊員がいるって、リティさんも気がついているでしょう? 誰か興味ないのですか?」
なにをシンリン様と同じようなことを言うのだと、げんなりする。今日の休日は厄日らしい。
「今は興味ないの。滅多にない休日に、大好きなお菓子で癒される。それで十分なのよ。フィーラ様は頻繁に各地を訪問されるから、なんで会える時間が少ないのか。もっと会えないのか。仕事を辞めたらどうだとか言われたら、その時点で幻滅するわね。場合によっては、何日も王都を留守にするのよ? 相手が我慢できるかしら」
「うーん、それを言われると……。リティ様に恋人ができたら、相手は蜜月を楽しみたいでしょうし。でも護衛同士なら、そこは理解してもらえるかと」
はあ……。お菓子屋でも疲れたけれど、ここでも疲れるなんて。こういう話は、シンリン様とだけで十分なのに。好きな人がいると素直に言えたら、こうやって絡まれることもないだろうに。でも、言えない。不相応な思いだから。自然と、お菓子を持つ手に力が入る。
「ロウグ様、私の心配よりも早く買い物を済ませ、城へ帰ったら? 帰りが遅くなると、ローラン様に叱られないかしら」
あの方は叱るというより、心配されるだろうけれど。と、心の中で加える。
「そうですね。叱るというより、心配されるでしょうけれど」
ほらねと、少し微笑んでしまう。
ローラン様について当たると、嬉しくなる。シンリン様はいい年をして、なにを幼稚なと鼻で笑うけれど、どうせ結ばれない。だから、こんな幸せくらい、味わっても良いじゃない……。




