09 わたし、株主になる!ありがたきお年玉と即席・証券口座開設説明会
これまで黙々と受験勉強を続けてきたわたし。
だから、大晦日から元旦にかけての夜くらいは、友達と初詣に出かけたって罰は当たるまい。日々頑張っているのだ。これくらいの息抜きは神様だって許してくれるはずだ。
あ、白白しい嘘を吐きました。ごめんなさい。
あと、クリスマスも普通に遊んだ。
すみません。でも、わたしは悪くないんです。年末年始という、ただでさえ人恋しくなる時期に、あんなキラキラしたイベントをこれでもかと配置しているこの世界のシステムが悪いんです。誘惑に弱い17歳にあの同調圧力は耐えられない。
そんなわけで、大晦日の深夜。
兵庫県川西市にある多田神社は、ものすごい参拝客でごった返していた。
冷たい夜気の中に、屋台から漂う唐揚げやベビーカステラの甘い匂いが混ざり合う。わたしたちもすっかりお祭り気分を楽しみながら、人の波に流されて、ようやく拝殿の前、大きなお賽銭箱の前にたどり着いた。
お賽銭を投げ入れ、鈴の紐をジャラジャラと鳴らす。
隣では、友達が目を閉じて神妙に手を合わせている。
「今年こそ、カッコいい彼氏ができますように……!」
「レギュラーになれますように……!」
横から漏れ聞こえてくる、実に入念で等身大の、一般的な女子高生のお祈り。
そんな青春オーラが漂う隣で、わたしは深く息を吸い込み、パチンと力強く手を合わせた。
「志望校に受かりますように──!」
そうつぶやき、拝殿の奥に鎮座する神様に向かって文字通りガンを飛ばす。これはお願いではない。もはや執念の直談判だ。何が何でも、人的資本を最大化するためのチケットを手に入れてみせる。
「ちょっと遥、ガチすぎやろ」
「ひくわー……」
友人たちは、「痛い子」を見るような生暖かい視線をわたしに向ける。
まあ、かまへん。なんとでも言うがいい。
いまのわたしは、孤独と欲望を背負った受験生なんやから。
「そんなこというて、あんたらも、来年の今頃は半泣きになりながら合格祈願してんねんで?」
「おぅふ。……確かにしてそうやわ」
「うわ、リアル。来年は、みんなで泣きながら合格祈願しよな?」
神さん。そういうわけやから、来年またガチの念押しに来るわ。
わたしは最後にもう一度、心の中でそうつぶやき、冷えた手をポケットに突っ込んだ。
◇
明けて、お正月。
我が家の恒例行事として、おじいちゃんとおばあちゃんの家に挨拶に行く。
元旦は、お父さん方の田舎へ。
そして2日目は、お母さん方の田舎へと向かう。ここには、篤史おじちゃんと舞香ちゃんも合流する。
久しぶりにおじいちゃんやおばあちゃんに元気な顔を見せられるのは、純粋にうれしい。
けれど、それよりも、もっともっと、現金な意味でうれしいものがある。
お年玉だ。
高校生といってもまだ子供。もらえるうちは全力でもらいにいくスタイルだ。
「遥。勉強頑張ってるみたいやな。好きな服でも買い」
そう言って、親戚の皆さんが次々とお年玉をはずんでくれる。
「ありがとうございます!」
満面の笑みでペコリと頭を下げ、コソコソと物陰に隠れてポチ袋の中身を覗き見る。厚みを確かめ、ニンマリと口角が上がるのを止められない。
(お久しぶりです、渋沢栄一さん。お会いしたかったです……!)
新札のホログラムに印刷された、近代日本経済の父の顔が、今のわたしには神様の後光よりも輝いて見えた。
いつもなら、この臨時収入を握りしめて、お正月早々にお友達と梅田のヘップファイブあたりへ初売りセールに繰り出すわたしであるが。
今年のわたしは、全く別の、そしてもっと冷徹な「プラン」を考えていた。
◇
おじいちゃん、おばあちゃん、そして親戚一同が勢揃いし、豪華なおせち料理を取り囲む、にぎやかな夕食の時間。
部屋の中は笑い声と鍋の湯気で満ちていて、みんなお酒やごちそうを楽しそうに口に運んでいる。
そんな喧騒のなか、わたしは隣に座る篤史おじちゃんの袖をくいっと引っ張り、ひそひそと声を潜めて打ち明けた。
「おじちゃん、わたしな、お年玉で株買ってみたいんやけど……。なんか高校生のわたしでも買えるやつ、あったりする?」
おじちゃんは少し驚いたように目を丸くしたあと、実にうれしそうに口元をほころばせてうなずいた。
「お、いよいよ遥も、資本家への第一歩を踏み出す気になったか」
「うん。おじちゃんから色々と話を聞いてたら、少しでも早いこと始めたほうがええんかなって思ってさ」
「そうやな。早く始めるに越したことはない」
おじちゃんはお茶を一口すすると、「けどな」と優しく付け加えた。
「せっかくもらったお年玉や。無理して最初から全部を投資に回すこともないんやで」
「え、そうなん? 早い方がええんちゃうの?」
「まず、投資を始める上で一番に知っておかなあかんのは、株の平均的な『年利』や」
「ねんり? 年間でなんぼ儲かるかってこと?」
「そうや。株の場合、銘柄や時期にもよるけど、まっとうな投資の利回りは、おおむね年利5~10%と言われている。もしこれ以上の年利をうたう商品があったら、それは十中八九『詐欺』か『博打』のどちらかや。絶対に気をつけなあかん。あと、投資の世界において『元本を保証する』なんて言葉を使うのも、まず詐欺やと思っていい」
「うわ、怖い世の中やなぁ……」
「そうやで。じゃあ具体的に計算してみよか。もし遥が今年、お年玉の中から1万円で株を買って、1年間じっと持ち続けてたとする。年利10%というかなり調子が良い運用ができたとして、増えるのは千円や」
「1年かけて、調子よくても、たったの千円かあ。 そう考えると、なんかめちゃくちゃ少なく感じるなあ」
「せやろ? そやから、手元の軍資金が少ないうちは、株を買うよりもそのお金を自分の勉強や経験に回して、将来の『人的資本』、つまり自分自身で稼ぐ力を高めるために使った方がよっぽど効率がええんや。あるいは、若いうちにしかできへん旅行に行ったり、友達と全力で遊んだり、そういう人生の経験値を積むために使うのも、立派な自己投資やからな」
「なるほど……」
「最近はな、将来の不安からか、生活を極限まで切り詰めてこしらえたお金を株式投資に全ツッパする若者が増えているそうや。けどな、今しかできない経験を犠牲にしてまで投資にお金を回すのは、俺は本末転倒やと思ってる」
「せやなあ。今しかできへん楽しいことも、いっぱいあるもんな」
「うん。それでもな、生活や遊びに影響の出えへん、無理のない範囲で少しずつ株を買って世の中の仕組みを勉強するんは、めちゃくちゃええことやと思うで」
「そやろ? わたしもちょっとだけ、株主っていうやつを体験してみたいねん!」
「ほんなら、遥のお年玉の範囲で買えそうなやつ、ちょっと見繕ったろ」
おじちゃんはそう言って、ズボンのポケットからスマホを取り出して画面を操作し始めた。しばらく画面をポチポチとスクロールしたあと、「あぁ、これなんかどうや」と画面をこちらに向けてきた。
「ソフトバンク株式会社。 今なら2万円ちょっとで買えるで」
「ソフトバンクって、あのスマホの会社の?」
「そう、そのソフトバンクや。通信会社やから業績も比較的安定していて、株価も手頃なうえに、だいたい年利4%くらいの配当金がもらえる。さらに、1年以上株を持ち続けたら、株主優待として年に一度、1000円分のPayPayポイントがもらえるんや」
「でた、株主優待! PayPayポイントはガチで助かるやつ!」
「そやろ。こうやって、定期的にお金が増える配当や、身近で使える優待をもらうというリアルな実感を味わえるのが、初心者にとっては株を長く持ち続ける一番の力になるんや」
「ほんなら、わたしソフトバンクにする! それ買いたい!」
「うん。ただし、買うなら大事な注意点がある。株やから、株価は常に変動する。安くなったり、高くなったりな」
「うん」
「もし明日、株価が急に安くなっても、怖くなって売ったらあかん。逆に、ちょっと高くなったからって、欲を出して売ってもあかん」
「えっ、そうなん? 高くなったら売りたくなりそうやけど」
「株っていうのはな、高い安いを気にして頻繁に売り買いを繰り返すと、素人は必ず失敗する。基本は『一度買ったら一生持ち続ける』っていうつもりで、がっちり握りしめとくのが一番強い。そうやって、資産をちょっとずつ増やしていって、気づいたら、遥もいっぱしの資産家になっている……というわけや」
「わかった。わたし、絶対に売らへん。ソフトバンクちゃんは一生、うちの子や!」
「ははは、ええ心がけやな。そしたら株を買う手順やけど、まずは『証券会社』に自分の口座を開設せなあかん」
「えー、なんか難しそう。めんどくさくないの?」
「今の時代、パソコンやスマホがあればネットで簡単に口座開設できるで。メジャーで手数料が安いところやと、SBI証券か楽天証券あたりを選んでおけば間違いない」
「それならわたしでもできそうやわ。安心した」
「でもな、遥。最大の問題はここからや。遥はまだ高校生、つまり未成年やから、『未成年口座』という扱いになる。これを開設するには、当然、親の許可が必要なんや」
「あ、やっぱり親のサインがいるんやね」
「それだけやないで。未成年口座を作るためには、まず親が同じ証券会社に自分の証券口座を持ってなあかん、っていうルールがあるんや」
「ええっ!? 親も口座持ってなあかんの? ……チッ、子供ってほんま不便やわ。まあ、ええわ」
わたしは大きく息を吸い込むと、テーブルの向かい側で、おせち料理の黒豆をのんびりつついているお父さんに向かって、声を張り上げた。
「お父さん! わたしお年玉で株買うから、証券口座作って!」
お父さんは、おせちを口に放り込んだ瞬間のまま動きを止め、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてわたしを凝視した。
「な、なんや? 株? 証券口座?」
すると、お父さんの隣でお重を片付けていたお母さんが、呆れたように苦笑いを浮かべた。
「遥。あんたまた、正月早々、兄さんからなにやら入れ知恵をされたようやねえ」
おじちゃんは「お、バレたか」といたずらっぽくうんと深くうなずくと、
「まあまあ、ややこしい仕組みは俺からちゃんと説明するわ」
と、手元のスマホ画面をお父さんたちに見せながら、穏やかに話し始めた。
こうして、親戚一同が集まるお正月の神崎家で、おせち料理を囲みながらの「即席・証券口座開設説明会」が幕を開けたのだった。




