08 大学ってどんなとこ?今更ながらの学部研究と奨学金の是非
受験勉強の傍ら、わたしは大学のことについても少しずつ調べ始めた。
そもそも「関関同立に行きたい!」と大見得を切ってはいるものの、実際のところ、各大学の具体的な中身についてはよく分かっていないのだ。
スマホを片手に、各大学にどんな学部があるのかを調べてみる。
文系の場合、オーソドックスなところでは経済学部、法学部、文学部。珍しいところでは、立命館の食マネジメント学部や、関西大学の社会安全学部なんていう一風変わった面白そうな学部もある。
──で、結局わたしはどこを受ければいいのだろう?
これといって将来やりたいことが明確に決まっていないわたしにとって、これはかなりの難題だった。
就職のしやすさで選ぶべき? それとも通いやすい立地? あるいは単純に偏差値を見て受かりやすいところを狙うべきなのか。
「うむ。わからん……」
考えてもラチがあかない。こんな時は、人生と受験の大先輩に相談するのが一番だ。
というわけで、今日もわたしは舞香ちゃんの部屋に突撃した。
「舞香ちゃん、わたし、どこの学部受けたらええと思う?」
「そんなん、自分で決めなさい」
ピシャリと言われた。そりゃそうやろね、分かってた。でも、そこをなんとか。
「だって、わたし、やりたいこと、特にないねんもん」
なおも食い下がるわたしに、舞香ちゃんは、「そうか。そやなー」とうーんと考え込んでくれた。
「せめて、苦手やと思う学部は外す。で、できれば、少しでも興味があるところを選んだらええんちゃうかな。例えば、英語が大嫌いなくせに、英文学科に行ったりしたら、地獄やろ?」
「なるほど、確かにそうやな。まずは消去法やね」
ひとつ納得して、わたしは次の疑問をぶつけてみた。
「じゃあさ、就職率ってどうなんやろうね? やっぱり学部によって有利不利ってあるんかな」
「うーん、学部によって多少の違いはあっても、関関同立やったらそこまで大差ないんちがうかな。知らんけど。その辺は私も詳しくないから、自分でちゃんと調べたほうがええで」
「そうやなー」
わたしはその場でベッドに寝転がり、スマホで「関関同立 就職率 大手」と検索してみた。
画面に出てきたデータによると、いわゆる誰もが知っている大手・有名企業へ進めるのは、全体のおおむね上位20~30%。そこに準大手企業まで含めると、ようやく50~60%に届くとのことだった。
そのリアルな数字を見た瞬間、わたしはハッと息を呑んだ。
関関同立に入りさえすれば、誰もが自動的に名前の知られた大企業に就職できて、おじちゃんみたいに「資本家」への切符を手に入れられるわけじゃないんだ。半分近くの人は、そうじゃないところに就職している。
入るだけじゃ、約束された未来なんてない。
「……あかんやん」
スマホの画面を見つめたまま、わたしは思わず、ぽつりと声を漏らしていた。
◇
「おじちゃん、関関同立に行っても、大手に就職できるとは限らへん!」
翌日、わたしはリビングでおじちゃんを捕まえて、昨日スマホで見つけてしまった不都合な真実をぶつけてみた。
「そりゃ、そうやろな」
おじちゃんは新聞から目を離しもせず、すまし顔で言う。
「『そうやろな』て! 大手企業に行かれへんかったら、わたし、資本家になれへんやん?」
「いや。大手に行かんでも、資本家にはなれるよ。なんなら、一流大学に行かんでも、資本家にはなれる」
「え、そうなん?」
完全に肩透かしを喰らった。どういうこと?
「だって、この前、資本家になるには『一流大学を出て、大手企業に潜り込め』って、いうてたやん!」
わたしのふくれっ面を見て、おじちゃんは観念したように苦笑した。
「この前はな、わかりやすいようにシンプルな言い方をしたんや。資本家になれるかなれないかという白黒の話やなくて、資本家になるのに『有利か不利か』っていう確率の話や」
「確率……?」
「そう。せやから、今のうちから少しでもその確率を上げて、人生の難易度を下げるために、有利になるように努力しましょうって話や」
「なるほど、そういう意味やったんか……」
「でな、遥。人生において一番重要な時期は、実は20代なんや」
「20代?」
「そう。20代のうちにどれだけ必死にがんばって、市場価値のあるスキルを身につけられるか。会社や社会に認められて、どんだけ稼げるか。つまり、自分の『人的資本』をどこまで高められるかが勝負やねん。厳しいことを言うようやけど、20代で開いた差っていうのは、その後の人生で一生埋めることはでけへん」
おじちゃんの真剣な眼差しに、わたしはゴクリと息を呑んだ。
「じゃあ……その人的資本をできるだけ高めやすい環境を手に入れるために、10代のうちにがんばって受験勉強して、ええ大学に入って、ええとこに就職しときましょう、ってこと?」
「そういうことや。スタートラインを少しでも前に進めておくための受験やな」
「せやかて、結局のところ、若いうちは一生懸命働かなアカンいうことやん。なんか、わたしの思い描いていた、優雅な『資本家』への道と全然違うんやけど……」
「それはしゃあないわ。若いうちは、まず自分の体と頭を使って人的資本を最大化する。それを金融資本に化けさせていくのは、その後のステップやからな」
「はあ。先は長いなあ……。まあ、とりあえずできるだけホワイトな企業に入れるよう、今はがんばるわ」
そう言って、わたしは自室に引き下がった。
◇
とにかく、大学の学部やその先の就職率のリアルについてはよく分かった。
ベッドにゴロンと横たわり、天井を見つめる。
(あとは、受験する前に何を調べておくべきやろう?)
私立大学は学費が高いとよく耳にする。大学4年間となると、具体的に一体いくらくらいになるのだろう。
わたしは再びスマホを握りしめ、画面をタップし始めた。
まず、国立。画面に表示された授業料は、年間53万5,800円。
「国立ゆうても、ええ値段するなー……」
思わず独り言が漏れる。
ため息をつきながら、次に本命の私立を調べる。関関同立いずれも、オーソドックスな経済学部や経営学部で、年間だいたい120万~130万円くらいだった。
国立の倍以上。4年間の総額で見たら、優に400万円を超えてくる。
「やっぱり、高いなー……」
画面の数字を見つめながら、胸のあたりが少し重くなる。こんな大金、うちの親は本当に出してくれるのだろうか?
いや、たぶん、うちの親のことだから、どんなに無理をしてでも、顔色ひとつ変えずに「頑張りなさい」と出してくれるのだろう。そう確信できるからこそ、なんだか猛烈に申し訳ない気持ちになってくる。
(奨学金を借りたほうが良いのだろうか……?)
そうすれば、親の負担をいくらか減らすことができる。
(でも、奨学金って要するに「借金」やしなぁ。)
社会人になった瞬間から何百万円もの借金を背負うなんて、想像するだけで足がすくむ。
しばらくベッドの上でゴロゴロと悩み転がってみたものの、いくら考えても答えは出ない。
こういうときは、やっぱりおじちゃんに聞くしかない。
◇
「おじちゃん、わたし、奨学金って借りるべきやろか?」
リビングへ戻り、ソファでくつろぐおじちゃんにふたたび詰め寄った。
「奨学金かあ」
おじちゃんはコーヒーカップをテーブルに置き、「俺も学生の頃、借りてたなあ」と少し遠い目をした。
「そうなんや! でも、いうても借金やん? わたし、どうしたらええんか分からんくなって」
「そう、奨学金は確かに借金や。考えなしに借りるもんではない。けどな、遥。いたずらに怖がるものでもないんやで」
「うーん、どっちなん?」
はっきりしない物言いに眉をひそめると、おじちゃんは少し姿勢を正して、人差し指を立てた。
「遥。借金にはな、『良い借金』と『悪い借金』の2種類があるんや。これはな、主に『金利』で決まる」
「金利?」
「そう。まず悪い借金の例でいくと、消費者金融、いわゆるサラ金やな。知ってるか?」
「うん。ドラマとかで見たことあるで。返せへんくなったら、怖いおっさんが家に突撃してくる奴やろ?」
「まあ、イメージ的にはそれやな。ああいうのは金利がめちゃくちゃ高くて、上限やと年利18%とかに設定されてる。最近みんながよく使うクレジットカードのリボ払いなんかも、実はそれくらい高いんや」
「それって、100万円を1年間借りたら、利子だけで18万円も払わなあかんってことやね?」
「そのとおり。額が大きくなればなるほど、利子だけで雪だるま式に膨らんでいく。これが『悪い借金』。で、一方で『良い借金』というのは、住宅ローンや学資ローン、そして奨学金や。これらは国や銀行がサポートしてるから、年利が1~3%くらいでめちゃくちゃ安く抑えられてる。特に、第一種奨学金にいたっては金利0%の完全無利子や。せやから、俺個人としては、人生の投資のための年利3%以下の借金なら、必要に応じて借りても構わへんと思っている」
「そうなんや……。金利0%なら、わたしもその第一種奨学金、借りよかな? 親の負担も減るし」
ちょっと安心しかけたわたしに、おじちゃんはニヤリと意地悪く笑った。
「うん。ただしな、第一種奨学金の場合、高校や大学での学業成績が優秀であることとか、親の世帯年収が一定以下であることとか、結構厳しい条件をクリアせなあかん。とにかく第一種を受け続けたいんやったら、大学に入ってからもサボらずに死ぬ気で勉強頑張らなあかんで」
「うう……。一気に自信なくなってきた」
わたしの肩のがっくり落ちる様子を見て、おじちゃんはポンポンとわたしの頭を叩いた。
「ま、ゆうても借金はしないに越したことはない。まずは親とよう相談して決めることやな」
「……うん、わかった」
おじちゃんにお礼を言って、わたしは自分の部屋へと引き下がった。
お金の仕組み、学部や就職率のリアル。これまで何も知らずに「関関同立」なんて言っていた自分が、少しだけ恥ずかしく、そして少しだけ大人に近づいたような気がした。
よし、現実の厳しさも、親のありがたみも分かった。
あとは、目の前の参考書を片付けるだけや。
わたしは机に向かい、シャープペンシルを力強く握りしめた。




