10 こんにちわ投資家女子高生です!思わぬ模試の結果と日本経済新聞の威力
皆さん、ごきげんよう。資本家にして投資家、兼、女子高生の吉川遥です。
あ、ちなみに、来春には「投資家、兼、女子大生」にランクアップする予定ですので、そこんとこよろしくお願いします。
わたしの基本的な投資スタイルは株式投資です。今は、一応、ソフトバンクの株主をやってます。日本の通信インフラをガチで支える安定した、ええと……そう、ディ、ディフェンシブ銘柄として、個人的に高く評価させてもらってます。
◇
この4月。
そんな資本家にして投資家のわたしも、いよいよ高校3年生になりました。
普段はのんびりしている我が箕面高校のクラスメイトたちも、さすがに新学期を迎えると、いよいよ本格的な受験モードへと突入していきました。休み時間の会話も、進路や受験の話が話題に上ることが目に見えて増えてきました。
そんな中、先日、3年生になって最初の三者面談がありました。
去年の面談では、「働きたくない」と口を滑らせ、先生とお母さんから大目玉を食らったわたしですが、今回は違います。
「関関同立に行きたいです!」
背筋をピンと伸ばし、カメラのCMに出られそうなくらいキリッとした表情で答えてみせました。
わたしの堂々たる態度に、先生は満足そうに手元の資料を見つめます。
「そやな。吉川さん、最近ほんまよう頑張ってるからな。この調子を維持できたら夢やないよ。頑張ってください」
「ありがとうございます!」
隣を見ると、お母さんがまるで我が子の成長を讃えるかのように、どこか誇らしげな目でわたしを見つめていました。
──お母さん、もっと誇ってください。あなたの娘は、来年の春には同志社大学のキャンパスを歩いているかもしれません。
◇
高校3年生として順調なスタートを切り、季節は流れて6月。
梅雨のせいで毎日ジメジメと蒸し暑く、ただでさえ憂鬱な日々が続く中、先日受験した『河合塾 第1回 全統記述模試』の結果が返ってきました。
おじちゃんに発破をかけられ、部活を辞め、塾に文字通り引きこもって勉強を続けてきたわたしの、10カ月に及ぶ血と汗と涙の成果を見る時が来たようです。
「ふんぬっ!」と気合の声をあげながら、勢いよく模試の結果を開きました。
わたしの目に飛び込んできた、志望校別合格可能性判定のアルファベットは、以下の通りでした。
同志社大学 商学部 ──【 E 】判定
立命館大学 経営学部 ──【 D 】判定
関西大学 経済学部 ──【 D 】判定
関西学院大 法学部 ──【 D 】判定
……。
…………。
いや。
アカンやん。
わたし、普通にアホやん。
関関同立、これっぽっちも行けへんやん。
一瞬にして、視界がぐにゃりと歪んで目の前が真っ暗になった。
絶望のどん底に突き落とされたわたしは、悲惨極まりない模試の結果用紙をバタバタと旗めかせ、半べそをかきながら、舞香ちゃんの部屋へと突撃した。ノックもそこそこに、ドアを勢いよくぶち開ける。
「舞香ちゃーーーん!!」
机に向かって静かに医学書を読んでいた舞香ちゃんが、「な、なにごと!?」と肩を跳ね上がらせて驚く。そんな彼女の静止を振り切り、わたしはベッドに倒れ込みながら叫ぶ。
「わたし、関関同立どこも行けへん! 大企業に就職して人的資本爆上げする計画、全部オワタ! このままやったら、わたし、一生ブラック企業で過酷な社畜生活に耐え続ける人生になるかもしれへんんんーーー!!」
涙目でわめき散らす投資家(仮)のわたしを見て、医学部生の従姉は、深いため息をつく。
ベッドに顔をうずめてわめき散らすわたしの手から、舞香ちゃんは、ひょいと模試の結果用紙を取り上げた。そして、じっと中身を確認し始める。
ああ、見んといて。
わたしの恥ずかしい脳みその中身、そんなにまじまじと見んといて。
穴があったら入りたい。今すぐそのへんの土に深く埋まってしまいたい。
厳しい感想を突きつけられるのを覚悟して身構えた、その時だった。
「……関関立は、全部D判定。ええやん、望みあるで」
舞香ちゃんの口から、わたしの予想を180度ひっくり返す感想が飛び出してきた。
「……へ?」
涙目で鼻をすすりながら、きょとんとして舞香ちゃんの顔を見上げる。
「そうやで。現役生で、この時期にこれだけD判定が取れてるってことは、ぜんぜん望みアリや」
舞香ちゃんは、お世辞を言っている風でもなく、淡々と、しかし確信を込めて繰り返した。
「そう、なん……?」
「全統記述の第1回目はな、まだ浪人生が圧倒的に有利なタイミングやから、現役生は判定が低く出て当然なんよ。でもな、現役生はここからの伸び代がすごいねん。これから夏にかけて一気に追い上げるんやから」
「そうなん!!」
「うん。遥、これからがほんまの勝負やで。気張っていきや」
医学部合格を勝ち取った受験のスペシャリスト・舞香ちゃんにそうキッパリ言われると、なんだか本当にいける気がしてくるから不思議だ。わたしの単純な脳みそが、はやくもポジティブなアドレナリンを分泌し始める。
「わかった。わたし、もっと、もっとがんばる!」
「舞香ちゃん、ありがとう!」
さっきまでの絶望はどこへやら、わたしは部屋に突撃してきた時とは180度違う晴れやかな笑顔になり、意気揚々と舞香ちゃんの部屋を後にした。
◇
現金なもので、行く道を照らしてもらったわたしは、再び力強く立ち上がった。
次は見てろよ、と、心の中でまだ見ぬ浪人生たちに宣戦布告し、猛然と受験勉強を再開した。
しかし、舞香ちゃんから希望の光をもらったものの、一抹の不安は残る。
わたしの今の具体的な勉強のやり方、本当に間違ってないんやろか。がむしゃらに突っ走って空回りするのだけは避けたい。
そこで、再び舞香ちゃんを捕まえて細かい勉強法を相談したところ、彼女はいくつかの明確な指針をくれた。
「焦って、今から過去問とかに手を付けたらあかんで。基礎がないのに応用をやっても上滑りするだけやからな。夏までは、とにかく基礎を徹底すること」
「あと、生活のリズムは大切やで。夏休みに朝から晩まで集中するためにも、今のうちから不規則な生活にならんようにな」
「それから英語は、毎日、寝る前に長文の音読をやるとええよ。耳と口を使うと定着が全然違うから」
さすが受験の先輩、言うことに無駄がない。
そんななか、わたしがふと、「現代文って、どうやって勉強すればええんやろう?」という疑問を口にしたとき、舞香ちゃんは少し首を傾げた。
「わたしも理系やし、現代文はそこまで得意ではないねんけど」という前置きがついたうえで、彼女はこう続けた。
「毎日、新聞を読むのがええと思うよ。隅から隅までじゃなくて、ざっとでええから。テスト本番にあの長い文章を時間内に読み切るには、日頃からまとまった活字に慣れておく必要があるんよ。新書を読むより手軽やしね」
なるほど、活字慣れか。
舞香ちゃんのアドバイスにすっかり納得したわたしは、神崎家に毎日届いている新聞を日々読むことに決めた。
さっそく次の日の朝、リビングのテーブルの上に置いてあった新聞を手に取る。
そこで、はたと手が止まった。
広げてみて気づく。この新聞、実家や祖父母宅なんかで見慣れた新聞と、なんだか文字の詰まり具合や雰囲気が違うのだ。
題字のところには、「日本経済新聞」と書いてある。
ちょうどリビングにやってきた篤史おじちゃんに、わたしはその新聞を指差して質問した。
「おじちゃん、この家が取ってる新聞、なんか普通のんと違うな。日本経済新聞って……経済ばっかり載ってるん?」
おじちゃんはニヤッと笑うと、トーストを口に運びながらこう言った。
「日経新聞っていうのはな、世の中の大人たちが『いま何にいちばんお金を使っていて、次にどこでお金を稼ごうとしているか』が全部書いてある、虎の巻や」
「え、虎の巻!?」
「そうや。これさえ読んどけば、大人たちがどんな会社を評価しているか、これからどんな国や技術に投資しようとしてるかが一発でわかる。遥が持ってるソフトバンクの株価が、これから上がりそうか下がりそうかも、なんとなく読めるようになるぞ」
それを聞いた瞬間、わたしのなかの投資家の血がドクドクと騒ぎ出した。関関同立に受かって将来の人的資本を爆上げする予定のわたしに、これほどふさわしい教科書があるだろうか。
「わたし、これ読んでみる!」
「おお、ええ心がけやな。最初は難しいから全部読まんでええぞ。大体一面の見出しを毎日眺めるだけでも、今の世の中の流行り廃りがわかるから、気楽に目を通してみ」
◇
それから、わたしは毎日の習慣として日経新聞を開くようになった。
もちろん、最初はよくわからない専門用語だらけでクラクラしたが、毎日眺めていると、いま日本や世界で何が経済の中心にあるのか、その大まかな雰囲気が掴めるようになってきた。
どうやら今、投資家の間では、AIへの巨額の投資や、緊迫する中東情勢がホットな話題のようだ。おじちゃん曰く、今はこれらの出来事が世界の株価の上げ下げをダイレクトに動かしているらしい。こんなこと、これまでの人生で気にしたこともなかった。
それにしても、と、リビングで大きな新聞のページをバサッとめくりながら、わたしは少し悦に浸る。
(日経新聞を読んでる女子高生なんて、なかなか、おらんやろ?)
しかし、読み進めるうちに、不思議な感覚にとらわれる。
世界のどこか遠くで起きた一見関係のない出来事が、巡り巡って、最終的に株価という具体的な数字に反映されていく。
これって、落語の「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいやな、とふと思った。
経済か……。今まで、つまらないものだと思っていたけれど、こうして自分に引き寄せて見てみると、ガラリと見方が変わった。
(経済って、もしかして、面白いのかもしれない。)




