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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
女子高生編

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06 これ本気であかんやつや!受験勉強の洗礼と女子高生の覚悟

 ちょうどその週末、うちの両親が神崎家にやってきた。

 というか、わたしが神崎家に居候するようになってから、両親もちょくちょくここに顔を出すようになったのだ。その際はいつも、お母さんが手際よく夕食を作ったり、冷蔵庫にいろいろと作り置きを残したりして帰っていく。


 今日のメニューは、ちょっと豪華なすき焼きだった。


 甘辛い良い香りが部屋いっぱいに広がり、みんなで賑やかにひとつの鍋をつついているとき、わたしはおもむろに切り出した。


「わたし、塾にいきたいねんけど」


 お父さんは、お肉を口に運ぼうとしていた箸を止め、わたしの顔を見て「ほう」と意外そうな声を漏らした。

「そうか。どこにいくんや?」

「うん。近くの、河合塾マナビスにしようかなって」

「そうか。ええぞ」


 お父さんのあっさりとした返事に続いて、お母さんがお玉を動かしながら顔をほころばせる。

「あんたも、少しは勉強する気になったんやねえ。やっぱり、賢い舞香の影響なんかしら?」


 すると、隣に座っていた舞香ちゃんがふふっと上品に笑った。

「おばちゃん、そんなこと言うても、なんも出えへんよ?」


 和やかな空気。だけど、それにしても──両親の態度は、どこかそっけない。


 まあ、心当たりはあった。

 高校受験のときまで、両親はわたしの教育にものすごく一生懸命だったのだ。大手の集団塾や個別指導の塾に積極的に通わせてくれたし、高い夏期講習や冬期講習だってきっちり受けさせられた。

 でも、肝心のわたしのやる気がそれほどでもなかったこともあり、思うように成績は伸びなかった。結果として、なんとか今の箕面高校の普通科に滑り込めた、という過去がある。


 わたしの高校受験を通して、両親はきっと一つの結論に行き着いたのだろう。

──この子は、それほど勉強をやる気がないようだ、と。


 だからこそ、わたしが高校に入ってからは、両親はわたしの成績に対して何も言わなくなった。見方を変えれば、半ば諦められてしまっていたのだ。


 そんなわたしが、今さら「塾に行きたい」と言い出しても、

(どうせまた、すぐに放り出すやろ……)

 くらいに思われているに違いない。お父さんの「ええぞ」という軽い返事の裏に、そういう冷めた視線が隠れているのを感じた。

 まさか今のわたしが、大学受験を皮切りにして『資本家』になるという、とてつもない最終目標を掲げているなんて、夢にも思っていないだろう。


 ふと正面を見ると、今回の仕掛け人である篤史おじちゃんが、すました顔で牛肉を卵に絡め、幸せそうに舌鼓を打っていた。

 


 その後すぐ、わたしは近くの河合塾マナビスに入塾を申し込んだ。

 最初にアドバイザーの人と当面の勉強プランを立て、それに合わせていくつかの講座を申し込む。英語と日本史、古文。いずれも基礎的なレベルからのリスタートだ。


 それにしても、明細を見て驚いた。良いお値段なのだ。講座のセット一つで五万円くらいする。三年生になったら、これが倍くらいになるらしい。

 こんな大金を、本当にやる気があるのかどうかもわからない娘に対して、文句ひとつ言わずに出してくれる両親には、もう頭が上がらない。絶対に結果を出して、元を取って、それ以上の恩返しをしなければ。がんばらねばと、心の底から強く思った。


 通塾初日。

 わたしは部活が終わると、そそくさと帰り支度を始めた。今日はこのまま塾へ直行する予定なのだ。

 カバンを肩にかけたところで、

「遥、ちょっと寄ってかへん?」

 と、いつものように友達が声をかけてきた。


「ごめん、今から塾行くねん」

「え、塾?」

「あの遥が塾!?」


 友人たちは綺麗に声を揃えて、目を丸くした。どの遥か知らんけど、彼女たちにとってわたしの口から「塾」という単語が出るのはよっぽど意外だったようだ。


「どうしたん、遥? 『ビリギャル』見て触発されたん?」

「そうなん? 慶応目指すん?」

「見てません。慶応も行きません」


「あ、わかった。『ドラゴン桜』やな?」

「そうなん? 東大目指すん?」

「ドラゴン桜も見てません。東大も行きません。……わたし、関関同立行きたいねん」


 一瞬、またバカにされるかな、と思った。けれど、友人たちは「ほう」という顔をして、どこか納得したように息を吐いた。


「そうやな。関関同立、いきたいよなー」

「いきたいなー」

 彼女たちはしみじみと呟き、最後には「遥、がんばりな!」と笑顔の声援で見送ってくれた。なんだか、背中をポンと押されたような気がして嬉しかった。



 記念すべき一番最初の映像授業は、日本史だった。

 個別ブースに座り、ヘッドホンを装着して、気合を入れて映像をスタートさせる。


 最初のうちは、すごく順調だった。たしかに講師の話は上手いし、驚くほどわかりやすい。学校の授業ではバラバラだった知識が繋がっていくようで、わたしは少し感動しながら画面に見入っていた。


 けれど、時間が経つにつれて不穏な空気が漂い始める。部活でへとへとになった体に、講師のよく通る、かつ抑揚のある心地よい声が、絶妙なリズムで響いてくるのだ。


(あ、これ……ちょっとヤバい……)


 気づけばすうっと意識を失いかけ、「あかんあかん!」と慌てて頭を振って気合を入れる。しかし数分後、またしてもまぶたが重くなり、ゆっくりと意識が遠のいていく。後半戦は、そんな自分の睡魔との泥沼の戦いだけで時間が過ぎていってしまった。


『映像授業は眠くなる。特に、部活後とかに受けたらほんま子守歌や』


 頭の中で、舞香ちゃんのあの忠告がリフレインする。

 これか! これが舞香ちゃんの言っていたやつか。これは、たしかに本気であかんやつや……。


 結局、わたしは八月の最後の大会が終わるのを待って、部活を辞める決断をした。

 世の中には、部活とハードな受験勉強を完璧に両立できる凄い人もいると思う。でも、わたしはそんなに器用じゃない。今のままじゃどちらも中途半端になる。本気で上を目指すなら、退路を断って一つに絞るしかない、と思ったのだ。


 バドミントン部の皆は、途中で辞めるわたしを、温かく送り出してくれた。

「先輩、今まで、お疲れさまでした」

「遥、応援してるで」

 最後にそう声をかけてくれたみんなの顔を思い出すと、今でも胸の奥がじんわりと熱くなる。

 みんな、本当にええ人たちや。わたし、がんばる。

 

 それからの毎日は、がらりと変わった。

 学校が終わると、どこにも寄らずに塾へ直行して映像授業を受け、家に帰ってからはひたすら自習室や机で復習をこなす。


 わたしは、その新しいルーティンを、ただ静かに、祈るような執念で繰り返した。

 

 最初の頃は、両親や学校の友達から「いつまで続くことやら……」という、半信半疑の冷ややかな視線を感じていた。どうせいつもの三日坊主やろ、と誰もが思っていたに違いない。

 けれど、一カ月が経ち、二カ月が経ち──。

 それでも、弱音ひとつ吐かずに黙々と机に向かい、勉強を続けるわたしの姿を見て、少しずつ、けれど確実に周りの雰囲気が変わってきた。


「遥、ようがんばっているみたいやね。」

 お母さんからそんな言葉をかけられるようになった。


 学校の授業中、先生に不意にあてられたときもそうだ。

 いつものように「わかりません」と白旗を上げるかと思いきや、ちゃんと正解の答えを返すようになったわたしを見て、教壇の先生も「ほう……」と眼鏡の奥の目を意外そうに丸くした。


 友人たちの間でも、少しずつ変化が起き始めていた。いつも一緒に放課後遊んでいた子たちが、お弁当を食べながら真剣な顔で相談してくるようになったのだ。

「なあ、わたしもそろそろ塾行こうかなって思い始めてん」

「遥、マナビスってぶっちゃけどんなん?」

 わたしの変化が呼び水になったのか、みんなの受験に対する意識が、少しずつ前を向き始めているようだった。


 みんな、ようやくわたしの「本気」に気づいたようね。


 ちょっと誇らしいような、身が引き締まるような思いで、わたしはペンを握る手にぐっと力を込めた。

 でも、まだまだこんなもんじゃないで。わたしの目指すゴールは、みんなが思っているよりもずっと、ずうっと高いところにあるんやから。

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