52 築浅マンション即決と、再び始まるおじちゃんの住宅ローン講義
この町に引っ越してきてから、もう四年が経とうとしている。
この町の正式名称は、大阪府三島郡島本町。
「郡」であり「町」である。
私の故郷である豊能郡豊能町を彷彿とさせる、ド田舎感満載の地名だ。
確かに駅の周りこそ再開発されて綺麗になり、お店やマンションが立ち並んでいるけれど、一歩そこを外れれば、すぐにのどかな山並みが現れる。
越してきた当初は、この町が将来にわたって住み続けられる場所なのか、いつか生まれる子どもの成長や教育において障害となる要素はないか、慎重に見極める気満々であった。
だが、実際に住んでみたら、その警戒は心地よく裏切られた。
自然に囲まれたのんびりとした雰囲気の中、コンパクトなエリアにスーパーやクリニックなど生活に必要な施設は一通り揃っていて、日常生活に不自由はまるでない。
難点を挙げるとすれば、娯楽施設や大規模な商業施設が皆無なこと、体育館など町の施設が古くて小さいこと、そして教育熱心な親たちが集まるような進学校や、大手の塾環境が整っていないことくらいだろうか。
まあ、そんなものは島本駅から電車に乗って、隣の高槻や茨木にでも出ればいくらでもある。
総じて私たちは、この町は家族で暮らしていくのに申し分ない土地であると判断した。
ということで、少し前から、私たちはこの町に「終の棲家」を探していたのだが、先日、ついに良さそうな物件が売りに出ているのを見つけた。
島本駅から徒歩二分、3LDK。
五二〇〇万円の、築浅のマンションだ。
駅近で資産価値も高いと思われるし、ここからなら紬が小学校も中学校も通いやすい。
できれば、紬の幼稚園の申し込みが始まる前に、家族のこれからの住まいを落ち着かせてしまいたかった。私たちはさっそく不動産屋に連絡を入れ、現地見学を申し込んだ。
家族三人で不動産屋の事務所を訪ねると、かつて賃貸を探した際、熱心に案内してくれた山下さんが出迎えてくれた。
「お久しぶりです! お子さんもお生まれになったんですね。どうですか、島本の暮らしは?」
私たちのことをしっかりと覚えていてくれた。
さすが、不動産のプロだ。
山下さんの案内で、さっそく現地へと向かう。
島本駅の沿線に立つ、十五階建ての大規模マンション。
周囲の豊かな緑に調和するようなモダンな外観で、分譲されて二年ちょっとという、圧倒的な新しさと清潔感が漂っていた。
エレベーターに乗り、目的の九階の部屋へと案内される。
鍵が開けられ、玄関をくぐって中に入ると、明るい光がリビングいっぱいに差し込んでいた。最新の設備はどこもピカピカで、何不自由ない。
そして何より、ベランダに出た瞬間に広がった、視界を遮るもののない北摂の山並みと広い空の眺望に、胸がすくような開放感を覚えた。
私たちの高揚した気配を察してか、抱っこされた紬がまた「あー!」とキャッキャ声をあげ、両手を振ってテンションを上げている。
このリビングに新しくソファを置いて、三人でご飯を食べて。
あの広いベランダで心地よい風に吹かれながら暮らす風景。
それが、あまりにも自然に、そして鮮明に想像できて、私と律くんの顔には自然と笑顔がこぼれていた。
現地をじっくり見学した後は、再び事務所へと移動し、契約や引き渡しまでの段取り、その他諸経費やローンの手続きなどの細かい説明を受けた。
これからの暮らしを考えても、この価格帯のローンなら私たちの技術職としての収入で十分に心のゆとりを保てる。
山下さんの具体的なシミュレーションを聞いているうちに、あの光あふれる部屋で、紬と一緒に笑っている未来がはっきりと見えた気がした。
その瞬間だった。
「律くん、ここにしよう?」
頭で考えるより先に、確信に満ちた言葉が、私の口から自然とこぼれ落ちていた。
隣の律くんが、深く、優しく頷く。
私たちは、この町で生きていくための、新しい我が家の購入を決めた。
◇
購入決定した後、まず考えるべきは、ローンをどう組むかだ。
一度、おじちゃんに相談してみようと連絡入れたところ、
「相談も兼ねて一度遊びにおいで」
と言ってくれたので、さっそく休日に舞香ちゃんちを訪れた。
門扉をくぐり、二階のリビングへと上がっていくと、舞香ちゃんと駿くん、長男の大樹、そしておじちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
大樹はもう二歳。
一歳の頃のヨタヨタ歩きが嘘のように、今は「だだだだっ!」と気勢を上げながら、興奮気味にリビングを走り回っていた。
ひとしきり走り回っていた大樹だったが、ふと、私の腕に抱かれた紬の存在に気がついた。
ピタッと足を止める。
急に恥ずかしくなったのか、タタッと舞香ちゃんの後ろに隠れて、じーっと紬を見つめる。
私の腕の中の紬も、大樹のことをじーっと見つめ返す。
見つめ合う二人。
舞香ちゃんちに遊びに伺うと、大体いつもこうなのだ。そのうち緊張が解けて、二人で仲良く遊びだす。
子供たちの様子を見届けながら、私は改めて舞香ちゃんに目を向けた。
ゆったりとした上品なマタニティワンピースを着ている。
そして、ソファーに深く腰掛けた彼女の下腹部は、服の上からでもはっきりと分かるくらいに、愛らしくポッコリと丸みを帯びていた。
そう、舞香ちゃんは二人目を授かり、今、妊娠五か月目なのだ。
◇
にぎやかなランチタイム。
美味しい料理を囲みながら、話題は舞香ちゃんの二人目の赤ちゃんのこととなった。
「舞香ちゃん、体調はどお?」
「うん。ようやくつわりも落ち着いて、今はご飯もおいしく食べられてるわ。逆におなかすきすぎて大変や」
「仕事もあるし、大樹の世話もあるし、大変じゃない?」
「そこは、お父ちゃんがいてくれてるから助かってる。大樹の保育園の送り迎えや、遊び相手にもなってくれてるし、本当にありがたいわ」
大樹は現在、舞香ちゃんたちが勤務する病院が運営している院内保育園に預けているのだ。
「高槻は、保活激戦区やからね。うちは最初から、認可保育園ではなく院内保育園狙いやったよ」
と駿くんが補足する。
すでに定年退職し、悠々自適の暮らしを送っているおじちゃんが、毎日、子育てサポートにまわっている。
そんな浅野家を見ていて、私は我が家の生活を振り返る。
うちも、休日は頻繁に、実家の豊能町を訪れては、紬の面倒を両親に見てもらっている。
妻の立場からすれば、自身の親であれば、気兼ねなく頼れるものである。
やはり、子育てに祖父母の力を借りられるというのは、物理的にも精神的にも大きいのだ。
◇
にぎやかな昼食の後。
リビングの嵐だった大樹と紬が、いつの間にかふたり仲良くおもちゃのブロックで遊びだした。
子供たちが静かになったところで、ようやく大人の落ち着いたお茶の時間となる。
湯気のあがるカップを前に、話題はいよいよ、本日最大の目的であるローンの相談へと移った。
おじちゃんは淹れたてのコーヒーをゆっくりとすすり、私と律くんを交互に見つめた。
「それで、ローンはどう組むか、自分らの中で目星はつけとるんか?」
おじちゃんの目がキラリと光った。




