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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
新婚生活編

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51 リモートワークという生存戦略と、保育料月六万二千円の真価

 産休、そして1年間の育休が明けた。

 私たちは、それぞれ慣れ親しんだ職場へと戻った。


 当たり前だが、これまでのように「子ども中心」だけの生活ではなくなる。仕事のギアを再び入れ直すと同時に、家事と育児を両立させる、目まぐるしくも忙しい日々が始まった。


 とはいうものの、私たちの復職後の生活は、世間で聞くような「地獄のドタバタ劇」にはならなかった。

 それは、私と律くんの双方が、会社の「リモートワーク制度」をフルに利用することができたからだ。


 私のリモートワークは週に2日。律くんは週に3日。

 私たちは週の初めにスケジュールを突き合わせ、1週間のうち、お互いの在宅勤務の日が重ならないようにパズルのように調整した。そして、その日に在宅しているほうが、紬の保育園の送り迎えを担当することにした。

 この作戦は、信じられないほどの効果を発揮した。

 通勤時間がない分、朝夕ともに心から余裕を持って送り迎えができる。それに、保育園から「紬ちゃん、ちょっとお熱があります」と急な呼び出しがかかった時も、在宅している側が仕事の手を少し止めて、すぐさま自転車で迎えに走ることができた。お迎えのバトンを臨機応変に渡せるから、どちらか一方だけに負担が偏ることもない。


 控えめに言って、リモートワークは最高である。

 これこそが、現代のワークライフバランスを本当の意味で実現するための、最も強力な制度なのだと、身をもって実感することになった。


 しかし同時に、ふと思うこともある。

 私たちがこれほど柔軟にリモートワークを活用できているのは、お互いが「技術職(エンジニア)」であるからだ。パソコンとネットワーク環境さえあれば、どこにいても専門的な業務をこなすことができる。


 世の中を見渡せば、接客業や医療・福祉、あるいは対面が基本となる営業職など、現場に赴くことが必須で、リモートワークという選択肢自体が存在しない職種もたくさんある。

 

 かつて就職活動のとき、私はド文系の経済学部でありながら、あえて情報システム部のSEという道を選んだ

 あのとき私が考えていたのは、「システム開発の最上流工程こそ、文系の強みを活かして生き残れるポジションだ」ということだった。あの読みは、キャリアの生存戦略として間違っていなかったと今でも確信している。 だけど、あのときの私は、自分の選択がまさか「子育て期の生存戦略」にまで直結するとは夢にも思っていなかった。SEだからこそ、リモートワークとの親和性が極めて高く、こうして育児と仕事を高次元で両立できている。あのとき必死に考えて掴み取ったキャリアの選択が、巡り巡って、今この手の中にいる紬との穏やかな時間を守ってくれている。

 学生時代の私には知る由もなかった、人生設計における最高に嬉しい「思わぬサブ効果」だった。

 


 とはいっても、働きながらの子育てとは大変というか、もう、すべてを子どもに捧げる日々だ。

 しかも、お金がかかる。特に保育園。ここ島本町の認可保育園の保育料は、所得割額に応じて生活保護世帯などの第1階層から最高所得層の第12階層までに分かれるのだが、世帯年収1000万円超の私たちは、第12階層となり、月6万2000円だ。

 この金額だけ見ると、なんだか、がんばって共働きするのがバカバカしくさえ思えてくる。

 と最初は思っていたが、最近は、ちょっと、見方が変わった。


 月々6万2000円。私たちはこの大金を、ただ「母親のキャリアを継続するため」だけに払っているわけじゃない。

 もっと切実で、生々しい、凄まじいリターンをこの投資から得ている。一言で言えば、私たちは「自分たちの精神の健康と、家庭の平和」を、このお金で買っているのだ。


 どれだけ我が子が愛おしくても、言葉の通じない乳幼児と24時間、閉ざされた空間で二人きりで過ごす時間は、時に精神的な監禁状態に近いストレスを伴う。自分のタイミングでトイレに行けること、温かいご飯を温かいうちに食べられること。そんな人間としての最低限の尊厳を、保育園は私に返してくれた。預けている間は、仕事に没頭することで脳の「育児モード」を強制的にオフにできる。この役割の切り替えこそが、私を育児鬱の危機から遠ざけてくれている。


 それに、ここは孤独な「孤育て」の駆け込み寺でもある。連絡帳や送迎のわずかな時間に、「最近離乳食を食べなくて」「夜泣きがひどくて」とこぼせば、子育てのプロである保育士さんたちが親身になって相談に乗ってくれる。自分一人で抱え込まず、「一緒にこの子を育ててくれるチームがいる」と思える安心感は、プライスレスだ。


 家では絶対に真似できない、お友達との関わりや集団行動を通じた「社会性」の育み。泥遊びや絵の具遊びといった手間のかかる知育に、栄養バランスが完璧に計算された毎日の給食。親の手が回らない部分を、プロの手で100点満点以上に補ってもらっている。


 もし保育園がなければ、私は24時間ノンストップの育児で限界まで疲弊し、心から余裕をなくして、隣でがんばる律くんに八つ当たりをしていたかもしれない。家庭内がギスギスし、夫婦関係が破綻するリスクを思えば、この金額は決して高くはない。


 私が毎日、笑顔で「ただいま」と紬を抱きしめ、優しいお母さんでいられるための絶対に必要な経費。そう考えると、この月6万2000円という数字は、水野家の未来にとって、これ以上ないほど価値のある対価なのだ。

 


 午後6時。

 今日は私がリモートワークの日だから、自転車に乗って保育園まで紬を迎えに行った。


 園の入り口のドアが開くと、中から紬が「ママ―!」と叫びながら、両手を広げてヨタヨタと危なっかしい足取りで寄ってくる。その後ろから、担任の保育士さんが「紬ちゃん、今日もお友達とおもちゃを上手に貸し借りして、いい子にしてましたよー」と笑顔で声をかけてくれた。


「いつも、本当にありがとうございます」


 心からの感謝を口にして、私は愛おしい我が子をぎゅっと抱き上げる。ずっしりとした重みと、おひさまのような温かさが胸に伝わってくる。

「おなかすいた? かえってごはんたべよか」


 私の言葉に、紬は「あー!」と元気よく返事をした。

 自転車のチャイルドシートに紬を乗せ、ペダルを漕いで我が家への帰路につく。

 島本町の穏やかな街並みを、美しい夕日がオレンジ色に照らしていた。


 月額6万2000円という費用を通して、私は紬の健やかな成長だけでなく、自分が「優しい母親」であり続けるための心の余白を、園の皆さんに支えてもらっているのだと思う。プロの手を借りて手に入れた、この穏やかでかけがえのない時間を、沈みゆく夕日を見つめながらしみじみと愛おしく思った。

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