49 舞香ちゃんの新しい家族と、驚愕の一億円邸宅
従妹の舞香ちゃんが一戸建てを建てたので、今日は、律くんと紬の三人で新築祝いに舞香ちゃん邸に伺うこととなった。
JR高槻駅で下車し、ベビーカーを押しながら北上すること十分。
閑静な住宅街の一角に、舞香ちゃん邸は立っていた。
正確には、舞香ちゃんと旦那さん、長男の大樹、そして、篤史おじちゃんの二世帯住宅だ。
デザイナーズマンションのような洗練された家。門扉をくぐると、モダンな玄関ドアが二つ並んでいた。
「神崎」「浅野」とならぶ表札のうち、「浅野」側の呼び鈴を押す。インターホンから「どうぞ」というハキハキとした声とともに、ガチャリと鍵が開く音が響いた。
玄関ドアを開けると、二階に続く階段から舞香ちゃんと旦那さんの駿くんが笑顔で降りてきた。
「いらっしゃい。あらあ、紬、しばらく見ないうちに、大きくなったなあ」
「そうやろ? ほんま、子供の成長は早いわあ」
そんな挨拶をかわしながら、靴を脱ぎ、階段を上って二階のリビングへと上がっていく。
広々としたリビングでは、大樹を抱っこしたおじちゃんがソファーにゆったりと座っていた。
「遥、ようきたな」
おじちゃんの腕の中で、一歳になった大樹が、嬉しそうにバタバタと手足を動かし、「あうー」と大きな声を上げる。
「大樹がえらい興奮してるわー」
舞香ちゃんが可笑しそうに笑いながら、そっとおじちゃんの膝の上の大樹の丸い頬を撫ぜた。
その瞬間。
私は、不意に目頭が熱くなるのを覚えた。
私が高校生の頃、まだ神崎家に居候させてもらっていたあの頃、夜の舞香ちゃんの部屋に突撃したときの記憶が、鮮烈に脳裏に蘇ったのだ。
『将来は二世帯住宅を建てて、一緒に住もうと思てるねん』
あの時、未来のビジョンをもの凄い勢いで、けれど少し照れくさそうに語っていた舞香ちゃんの真っ直ぐな眼差し。
「一生、近くにいて一緒に生きていく」という、彼女なりの最大限の優しさと固い決意が、いま、この高槻の地に、現実のハードウェアとして具現化している。
定年を過ぎ、初孫を抱っこしてデレデレにとろけているおじちゃんの幸せそうな顔。
(よかったな。おじちゃん。よかったな。舞香ちゃん)
私は心の中でそっと呟いた。
◇
にぎやかな昼食の後。
騒ぎ疲れて眠ってしまった紬と大樹を並んで寝かせ、ようやく落ち着いたお茶の時間となった。
「舞香ちゃん、どう、新居の住み心地は?」
私が切り出すと、舞香ちゃんは、淹れたてのコーヒーを一口飲み、
「ええところやで。落ち着いた住宅街やし、大きい公園も近いし、なにより、私らの職場まで歩いて五分やし! なあ、駿」
「そうそう。舞香は婦人科で緊急呼び出しほとんどないけど、俺、消化器内科やからな。緊急呼び出しあるし、ほんま、近いの助かる」
そう言って、お互いを見つめて微笑み合う二人。
その様子はどこからどう見ても仲睦まじく、お互いへのリスペクトに満ち溢れていた。
二人は同じ大学のクラスメートで、二年の終わりに、駿くんが舞香ちゃんに猛アタックしたのだと聞いている。
『私、重い女やで?』
真剣な眼差しでそう告げた舞香ちゃんは、告白してきた駿くんに対し、いくつものシビアな条件を提示した。
将来、大阪を離れるつもりは無い。
結婚後、家庭に入るつもりは無い。キャリアは絶対に継続する。
子どもを無理やり医師にするつもりは無い。自由な道を歩ませる。
そして、近い将来、父親と二世帯住宅を構える。
二十歳そこそこの大学生が突きつけるには、あまりにも現実的で、重いライフプランの数々。
しかし、滋賀の一般サラリーマン家庭の次男である駿くんは、そのすべての条件を驚くほどあっさりと快諾し、二人の交際がスタートしたのだった。
駿くんにしてみれば、実家の家督を継ぐ縛りがない次男坊だからこそ、大阪に根を下ろすことも、妻の父親と同居することも、最初から心理的なハードルが低かったのかもしれない。けれどそれ以上に、彼は「神崎舞香」という女性の覚悟と、その背景にある家族への想いごと、すべてを受け止める器の大きさを持っていたのだ。
うちの舞香ちゃんを射止めるのはいったいどんな男だろうと興味津々だったけれど。
結果として、舞香ちゃんはこれ以上ないほどに相性の良い、本当に素敵な人と巡り合うことができたのだ。
(ほんまに、最高の旦那さんと出会えてよかったな、舞香ちゃん)
穏やかに笑う二人を見つめながら、私は温かいコーヒーを口に含み、心の中でそう拍手を送っていた。
◇
そのあと、お家見学となった。
五十坪の土地に立つ二階建て。
二階が舞香ちゃん夫婦、一階がおじちゃんの生活エリアだ。
完全分離型の設計となっており、キッチンや風呂、トイレもそれぞれ独立して存在する。
そして、舞香ちゃんちの玄関を入ったところに、おじちゃんのエリアへと繋がる「内ドア」が設置されていた。
感嘆の声を挙げながら一通り見せてもらった後、私はおもむろに切り出した。
「こんな立派なお家、一体、なんぼしたん?」
生々しい質問だ。
いくら身内とはいえ、普通はこんなダイレクトには聞かないだろう。
だが、ここにいる面々は、私とおじちゃんの『正体』を良く知っている。隠れ資産家のおじさんと、そのマネーハックを叩き込まれた愛弟子なのだ。
「一億ちょっと」
舞香ちゃんがさらっと答える。
この一等地に出た土地に、これだけの建物。しかも水回りが二倍になる二世帯住宅は建築費も跳ね上がる。
想定はしていたものの、やはり具体的な大台の金額を聞くと、改めてその規模感に圧倒される。
「土地が五千五百万。建築費用が五千万やね」
駿くんが穏やかに補足する。
さすが、夫婦そろって高槻病院に勤務する医師のパワーカップルである。次元の違いを感じさせられる。
「すごい……」
私の隣で、律くんが完全に絶句していた。一般的なサラリーマンの感覚からすれば、一億円など気が遠くなるような数字に違いない。
「それでも、そのうち、七千万はお父ちゃんが出してくれたんやけどね」
「七千万!?」
私は思わず、ソファーに腰掛けるおじちゃんを二度見した。
おじちゃんは、コーヒーカップをそっとテーブルに置き、どこか含みを持たせた表情でニヤッと笑う。
私の経済の師匠である篤史おじちゃん。ただ娘が可愛いからという理由だけで、そんな大金をポーンと出すわけがない。絶対に、その裏に冷徹で完璧な『ロジック』が隠されているはずだ。
電卓を叩きたくてウズウズしている私の物欲しそうな顔を見て、おじちゃんはさらに深くニヤリと笑い、ソファーに深く腰掛け直して言った。
「ええやろう。久しぶりに、遥に『講義』したろか」




