48 長女誕生!共働きの威力で築くストレスなき育児基盤
先ほどまでぐずっていた紬が、静かに寝息を立て始めた。
寝顔は本当に天使だ。
紬の隣では、律くんも寝息を立てている。さっきまでふたりで紬をあやしていたが、先に力尽きて寝落ちしたようだ。こうしてみると、二人の横顔はどこか似ている。親子っておもしろいなと思う。
私は、そっと、枕もとの明かりを消した。今日もようやく眠りにつくことができる。
◇
紬が生まれてから半年。本当に目まぐるしかった。いや、正確には、生まれる前から、大変だった。
つわりがあんなにつらいものだとは思わなかった。あの時期、豊能町からお母さんがわざわざ出てきてくれて、つきっきりで世話をしてくれた。本当に助かった。
出産のときも、夜中に陣痛が始まり、一晩中激しい痛みに耐え続けた。ようやく紬が出てきてくれたのは、翌日の昼だった。立ち会ってくれた律くんは泣いていたが、私は、涙すら出ないほどに疲れ果てていた。ただひたすらに、これでようやくあの凄まじい痛みから解放されるのだという安堵感と、やり遂げたという達成感で胸がいっぱいだった。
そして、本当に大変なのは産後だった。後陣痛で下腹部がギューッと痛む中、股下の縫合跡の激痛に耐え、骨盤もガタガタでダメージを負った体で、生まれて間もない我が子にお乳をあげたりしなければならない。自分の体が一変してしまったようだった。
満足に動けない私に代わり、律くんが、せっせと育児や家事を行ってくれた。律くんが、1年間の育児休暇を取ってくれたのだ。
もちろん、私も1年間の育休を取った。流石、私の勤める大和化学工業は大手ホワイト企業だ。業務調整も含め、制度の手続きは非常にスムーズだった。なにより、翔子ちゃんが「後はまかしとき」と私の業務をまるまる引き継いでくれたのが大きかった。
そして、律くんの勤める大手SIer「|日本システムソリューション《JSS》」も福利厚生は充実しており、男性の育休取得が推奨されている。それでも、キャリアや給与面を天秤にかけ、律くんが1年もの長期で育休を取るかどうかは、夫婦で何度も話し合った。
「遥と紬のそばにいることを最優先にする」
律くんの意志は固く、結果、私たちは夫婦揃って1年間という体制で育児に臨むことにした。
ちなみに、育休を取ると、当然だが会社からの給与は「0」になる。
しかし、そのかわりに国から育児休業給付金が支給される。最初の半年(180日間)は休業開始時賃金日額の67%、後半の半年は50%が支払われる仕組みだ。
一見すると、収入がガクンと減るように感じる。だが、この給付金は「非課税」であり、さらに期間中は「社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)も全額免除」される。
通常の給料は、もちろん課税対象で社会保険料もがっつり引かれ、実質的な手取りは額面の80%程度になってしまう。それらを加味して天秤にかければ、肌感覚としては若干のマイナスにとどまる。労働を提供することなくこれだけの収入を確保できると考えれば、破格の条件だ。
さらに、新制度である「出生後休業支援給付金(いわゆる手取り10割制度)」が追い風となった。これは、最大28日間、育休前の賃金の13%相当額が上乗せされ、実質手取りが100%維持されるというものだ。
私たち夫婦の場合、具体的なキャッシュフローを試算してみるとこうなる。
私が大和化学工業で得ていた育休前の月給は残業代込みで33万円。
・前半半年:月額 約22.1万円
・後半半年:月額 約16.5万円
・最初の28日間:出生後休業支援給付金で月額 約4.3万円が上乗せ。
律くんは、月給38万円。ちなみに、産休直前は仕事がとても忙しい時期であり、残業代をしっかり稼いでいたため、基準となる平均月給が跳ね上がっていた。
・前半半年:月額 約25.4万円
・後半半年:月額 約19.0万円
・最初の28日間:出生後休業支援給付金で月額 約5.0万円が上乗せ。
前半の半年間は、夫婦合わせて毎月約47.5万円という十分な現金が世帯口座に振り込まれていた。おかげで紬のオムツなどの消耗品費用や必要なベビー用品も、経済的なストレスなく用意できた。
そして、育休半年を迎えた今月から給付率は50%へと下がる。二人の手取り合計は、今月から35.5万円となる。
だが、これでも十分である。これぞ、共働きの威力だ。
ちなみに、ここから固定費として家賃が差し引かれるわけであるが、ここにも手厚い制度がある。
私たちは現在、律くんの会社の福利厚生である「借り上げ社宅制度」を利用し、島本町にある2LDKのマンションに暮らしている。
私たち家族のを考慮して選んだ築浅の快適な物件だ。市場家賃は13万円。だが、律くんの会社が約8割を負担してくれるため、私たちの自己負担はたったの2割。つまり、毎月2万6千円のみの出費で暮らすことができている。
固定費の家賃を3万円弱に抑え込んでいる以上、手取りが35.5万円に減ったところで、我が家の家計が赤字になるリスクはほとんどない。浮いた分は、すべて紬の将来のための貯蓄へ回すことができる。
暗闇の中、すやすやと眠る夫と娘の気配を感じながら、私は布団を引き上げた。
生活の基盤も、後半戦のやりくりも計算通り。
紬の保育園1歳児クラスへの入園手続きも、何一つ慌てることなく驚くほど順調に進めることができている。
隣で眠る律くんの肩を優しくポンポンと叩き、それから紬の小さな柔らかいおでこにそっと触れた。
「おじちゃん。私たち、ちゃんとやれてるよ」
心の中でそう報告しながら、私は確かな安心感に包まれて、ゆっくりと瞳を閉じた。
◇
「ふぎゃあ、ふぎゃあ」
紬の泣き声で目が覚めた。
夜泣きだ。
時計を見ると午前2時。
隣では、律くんがむっくりと起き上がり、無言で紬のオムツを確かめる。
すでに、条件反射からの流れるような動作となっている。
今夜も、長い夜が始まったようだ。




