38 夢の国と株式投資(前編)
十一月。秋も本格化し、朝晩の冷え込みが肌に染みるようになった土曜日の朝。
私たちは、少しばかり高揚した足取りで舞浜駅のホームに降り立った。
視界の先に広がる景色に、胸がすっと弾む。そう、ついにやってきたのだ。夢の国、東京ディズニーリゾートへ。
この土日を利用しての、一泊二日の弾丸旅行である。
ちなみに、ここで言う「私たち」というのは──。
私、沓沢と、宇佐美くん。そして、吉川と水野くんのペアを合わせた四人のことだ。
最初、吉川から「四人で一泊二日のディズニー旅行に行かへん?」とLINEが飛んできたときは、正直に言ってかなり戸惑った。
あの中之島美術館でのダブルデート以来、私と宇佐美くんは、ちょくちょく彼女たちに誘われては一緒に出かけていた。
映画鑑賞や緑の多い公園など、どこへ行くにも落ち着いてゆっくり過ごせる場所をチョイスしてくれていたおかげで、私も宇佐美くんと、周囲の雑音を気にすることなく会話を楽しむことができた。(と言っても、いつも緩衝材のように水野くんが間に入って、絶妙に場を和ませてくれていたのだが)。そんな時間を重ねるうちに、少しずつ、確実に彼との距離が縮まっているように思えている。
このように、何かと声をかけてもらえること自体は、吉川に大変感謝している。
しかし、彼女がなぜこんなにも私や宇佐美くんを熱心に誘ってくれるのか、その本当の理由を本人に確かめてみたことは一度もない。
ただ単純に、同期としての親睦を深めたいだけなのだろうか。それとも──もう一つの可能性として、私の宇佐美くんに対する秘めたる気持ちを、吉川にすっかり感づかれている可能性がある。
もしそうなら、彼女なりの「お節介」というか、「恋の後押し」をしてくれていると考えればすべての筋が通るのだ。だが、もしそれを認めてしまえば、私は吉川に大きな大きな借りを作ることになる。それに、そんな風に気遣われていると思うだけでもう恥ずかしい。顔から火が出そうだ。だからこそ、私はあえて真相には触れないようにしている。
それにしても、だ。今までのダブルデートは、あくまで気軽に行ける近場ばかりだった。
それが今回は、いきなり「お泊まり」である。ハードルが急上昇しすぎだろう。
たしかに、ディズニーリゾートは文句なしに魅力的だ。TDLにTDS、そして煌びやかなリゾートホテル。
私たち関西人にとって、ディズニーというのは幼少期からの絶対的な憧れの場所なのだ。
もちろん、大阪にはUSJという、東のディズニーに並び立つ巨大なテーマパークがある。
しかし、関西人──とりわけ、私たち大阪の人間にとって、USJというのはあまりにも身近すぎる存在なのだ。だいたいみんな、高校生、早ければ中学生のときから親に年間パスポートを買ってもらい、学校帰りや週末など、何かにつけて友達とUSJに繰り出している。つまり、大阪府民にとってのUSJは「庭」なのだ。
それに比べて、ディズニーは違う。
東京(正確には千葉県だが、関西人にとってそんな細かい地理はどうでもいい)という、遥か遠く離れた都会(ディズニーの周りは意外と田舎らしいが、それも関西人にとってはどうでもいい)にある、滅多に行くことのできない、文字通りの「夢の国」なのである。
かく言う私も、子供の頃に親に一度連れて行ってもらったきりだし、地元の友達の中には、今までに一度も行ったことがないという子だって少なくない。
おまけに最近、ディズニーランドにもディズニーシーにも、新しく魅力的なエリアが追加されたと小耳に挟んだ。ただでさえ高い「行ってみたい」という気持ちに、さらに強烈な拍車がかかる。
しかし、やはり問題は「一泊」という点だった。
部屋割りはどうするつもりなのか。
まさか、吉川と水野くんで一部屋? その場合、私と宇佐美くんの部屋はどうなるの、と。
変な邪推をしてしまう前に、私は真っ先に吉川へ確認のLINEを入れた。すると、すぐに返信が返ってきた。
『私と沓沢さんで一部屋、宇佐美くんと律くんで一部屋にしようと思ってるんやけど、ええかな?』
──ああ、それなら一切の文句はない。
結局、この現実的な部屋割り案が決め手となり、私も宇佐美くんも二つ返事で参加を希望し、こうして今、夢の国の玄関口に立っているというわけだ。
◇
東京ディズニーランドは、文字通りの夢の国であった。
十一月の空は見事に晴れ渡っており、降り注ぐ日差しは眩しいものの、どこか心地よさも感じる。園内の混雑具合も、大盛況のハロウィンイベントが終わった直後の狭間の時期ということもあって、歩くのも困難な「激混み」というほどではない。絶妙に快適なこのタイミングを旅行日に選んだ手腕は、さすがの一言に尽きる。これが吉川の卓越した女子力によるものか、あるいは水野くんの緻密なリサーチ力によるものかは不明だが、どちらにせよ大正解だ。
しかし、いくら落ち着いている時期とはいえ、やはり人気のアトラクションともなればそれなりの大混雑は避けられない。まぁ、こればかりはテーマパークの宿命だし、仕方のないことだ。
どうしても外せない、お目当ての大物アトラクションに関しては、躊躇なくディズニー・プレミアアクセス(DPA)を購入して時間を買った。私たちはもう、なけなしの小遣いをやり繰りしていた学生ではない。毎月きっちり給与をいただいている立派な社会人なのだ。大人の特権である「金に物を言わせる」という技を、ここぞとばかりに発動させた。
だが、すべての施設でそれを使うわけにもいかない。基本的には、延々と続く長蛇の列に身を任せてじわじわと順番を待つことになる。
それでも──その並んでいる退屈な時間こそが、この旅の真骨頂だった。
やることがないからこそ、自然と目の前の相手との会話が生まれる。列が少しずつ進むのに合わせるように、私も宇佐美くんと言葉を一つ、また一つと積み重ねていくことができるのだ。
なんせ、私たちには使い切れないほどのたっぷりとした待ち時間があるのだから。
(……待って。もしかして吉川って、この『否応なしに二人きりの会話が弾むシチュエーション』まで最初から計算に入れた上で、このお泊まりプランを立案したのだろうか?)
いつもはどこか抜けているというか、あまり深く考えずに行動しているように見える吉川の、満面の笑みが脳裏をよぎる。もしこの壮大な舞台装置がすべて彼女のプロデュース通りなのだとしたら、あの策士の手のひらの上で、私はとんでもなく綺麗に転がされているのかもしれない。
◇
スプラッシュ・マウンテンの待機列。私たちはゆっくりと進む人の波に揺られながら、じわじわと洞窟の奥へと進んでいた。
私は、宇佐美くんと最近の自動運転技術についての話題で話を弾ませていた。
当初は、水野くんが間に立って会話のアシストをしてくれなければろくに話もできなかったのに、一度打ち解けてしまえばむしろ、お互い理系の工学部。興味を持つコアな話題は共通しており、最近ではこうして二人だけで熱く盛り上がることも増えてきた。
「SNSの動画で見かけたんやけどね、中国の自動運転はここ最近の進化が本当に凄くて……」
そんな風に、私たちが技術的な会話に花を咲かせていると、会話のふとした隙間に、後ろから聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。私たちのすぐ後ろに並ぶ、吉川・水野ペアの会話だ。
「ディズニーランドの無料チケットを手に入れるのって、アリだと思う?」
ディズニーランドの無料チケット──!?
水野くんの口から飛び出した、あまりに気になるパワーワードに、私は思わず宇佐美くんとの話を止めて二人のほうへ視線をやった。




