03 ビッグマックがタダってどういうこと?目からウロコの株主優待
篤史おじちゃんは、ニッと笑って、詳しい説明をしてくれた。
「俺はな、日本マクドナルドホールディングスの株を持ってるんやけど。そしたらマクドナルドがな、『うちの株を持っててくれてありがとう』言うて、年に二回、そのチケットをプレゼントしてくれるねん」
「へえー……」
「つまり、株を持っている人、すなわち『株主』に、会社が感謝の気持ちを込めてプレゼントしてくれるのが『株主優待』や」
「なるほど」
「ちなみに、マクドナルドだけやないで。世の中のいろんな会社が、それぞれ『株主優待』ゆうて、自社の商品券とか地域の特産品とか、いろんなプレゼントを用意してるんや」
そんな仕組みがこの世にあったのか。
完全に知らなかった。女子高生の脳みそのパラダイムシフトというか、まさに目から鱗が落ちた気分だった。
現金なわたしは、即座に身を乗り出す。
「マクドの株、わたしも欲しい! 高校生のわたしでも買えるん?」
「もちろんや。年齢制限なんてないし、誰でも買えるで」
「やった! ……じゃあ、なんぼで買えるん?」
お小遣い五〇〇〇円から、いくら貯めたら手が届くのか。
「そうやなぁ。今のマクドの株価は……」
おじちゃんはズボンのポケットからスマホを取り出し、画面をポチポチと操作して、最新のデータをチェックした。
「だいたい、七三万円やな」
「高っ!!」
想像を遥かに超えた異次元の金額に、リビング中に響き渡る大声が出た。
「そんなん、誰が買えるねん!」
天に向かって激しくツッコミを入れる。
さすが神チケットを召喚するだけのことはある。手に入れることができるのは、一部の選ばれし大富豪だけというわけだ。高校生のバイト時給一二〇〇円で換算したら、一体何百時間働けばいいのか、計算するだけで目眩がする。
しかし、そうなると、ある疑問が浮かぶ。
「じゃあ、おじちゃんも七三万円で、マクドの株を買ったん?」
「いや、俺は何年か前に買ったんやけどな、その時は五〇万くらいやったなぁ」
「安っ……いや、安くはないけど! え、じゃあ何? ここ数年で二三万円も値上がりしたってこと?」
「そういうことや。マクドナルドの株価はええ調子で上がってくれてるなぁ」
「ってことは、もし今、その株を売ったら……二三万円、丸儲けってこと!?」
「お、計算早いな。おおむねその通りや。まあ、実際は利益に対して税金が二割くらい持っていかれるけど、それでも一九万円くらいは手元に残るなぁ」
「すごっ……」
わたしは再び天を仰いだ。
マクドナルドの株を買って、ほったらかして持っているだけで、毎年マクド無料の神チケットが送られてきて、さらに気がついたら一九万円も儲かっているなんて。
「チートやん、そんなん……」
パン工場で汗だくになっておっさんにすり寄られていた自分の労働が、急激に虚しくなってくる。
「おじちゃん、今すぐ売らへんの?」
これは素朴な疑問だ。わたしなら、秒で売っぱらって現金化している。女子高生にとっての一九万円は大金だ。箕面高校に在学中、一切働かずに遊んで暮らせる気がする。
「売らへんよ。買った株はずっと持ち続けるつもりやからな」
おじちゃんはそっけなく返事をした。
「それに、次も遥に優待チケット、あげたいしな」
「ほんまや! おじちゃん、絶対売らんといてな!」
現金なわたしは全力でおじちゃんの腕を掴んで引き止めた。
しかし、今日は本当に良い勉強になった。
大人の階段を一段上ったというか、新しい世界が開けた気分だ。
そして何より、わたしの手元にはマクドナルドの神チケット。これで当面の放課後は安泰だ。わたしの未来は明るい。
「おじちゃん、ほんまありがとう。大切に使うわ」
ホクホク顔で財布を仕舞い、ソファーから席を立とうとすると、
「ちょっと、待ち!」
背後から、おじちゃんの鋭い声に呼び止められた。
「?」
振り返ると、おじちゃんは手元の紙の束から、またしても何かチケットらしきものを抜き出し、わたしの目の前にスッと差し出してきた。
緑色の爽やかなデザイン。そこには「吉野家ホールディングス 株主様ご優待券」とハッキリ書かれていた。
おじちゃんはニッと笑って、
「遥。吉野家って、よく行く?」
「……めっちゃ、行く!」
わたしは食い気味に即答していた。
◇
わたしは結局、おじちゃんからマクドナルド、吉野家、そして「すかいらーく」の株主優待までもらい受けた。
ガストもバーミヤンも選び放題である。リビングのソファーに座るおじちゃんの背中からは、完全に後光が差して見えた。
その日の夜。大学から帰宅してきた舞香ちゃんの部屋に突撃し、ベッドに腰掛けてさっそく今日の戦果を報告する。
「舞香ちゃん! わたし今日、おじちゃんにマクドナルドとか吉野家の株主優待券、もらったねん!」
「へえ、よかったやん」
舞香ちゃんはバッグを置きながら、いつもの優しい笑顔で応えてくれる。
そこで、わたしはハッと大事なことを思い出した。
「あ……でもおじちゃん、いつもは舞香ちゃんにあげてるって言ってた。なんか、わたしが横取りしたみたいになってへん? ほんまにもらっちゃって良かったんかな……。半分こ、する?」
お財布は大ピンチだけれど、居候としての良心が咎め、上目遣いで舞香ちゃんの顔色を伺ってみる。
すると、舞香ちゃんはハハッと楽しそうに笑って手を振った。
「ええよ、ええよ。気にせんと全部遥が使い。わたし、最近マクドいかへんし」
「そうなん? それならよかったー」
ホッと胸をなでおろしつつ、素朴な疑問が湧く。
「でも、なんでマクドいかへんのん?」
「わたし、一応ダイエット中やしね」
舞香ちゃんはそう言うと、いたずらっぽく声を潜めてベッドのわたしに顔を近づけてきた。
「知ってる? マクドのポテトとか、カロリー、エグいねんで?」
「あー! あー!」
わたしは咄嗟に両手で耳を塞いだ。
「今のは聞いてません! 何も聞こえませんでした! 」
現実から全力で目を背けるわたしを見て、舞香ちゃんがまた嬉しそうに笑う。
ひとしきり騒いだあと、わたしは気になっていた本題を切り出した。
「それにしても……舞香ちゃん、おじちゃんがあんなに色々株買ってたの知ってた?」
「うん。だいたい、シーズンになると、いろんな会社から株関連の郵便物がわんさか届くからね。嫌でも目に入るよ。それにお父ちゃん、わたしにもよく優待チケットくれるしね」
「そうなんやなぁ……」
舞香ちゃんの言葉を聞きながら、わたしの脳裏に、数日前のあの会話がよみがえっていた。
大阪医科薬科大学の高い授業料を払えるおじちゃん。そんな大金をスパッと用意できるのって、この「株」という世界に秘密があるのかもしれない。
(今度、おじちゃんにちょっと突っ込んで聞いてみよう)
この神チケットとの出会いが、わたしのこれからの人生をガラリと変えてしまうかもしれない。
大げさではなく、そんな予感が静かに胸の中で膨らんでいくのを、わたしは感じていた。




