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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
大学生編

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29 俺はこの残酷な世の中で幸せを掴みたい!彼女と食べたお好み焼きと奨学金の審査結果

 「安心して」という遥ちゃんのその一言に、張り詰めていた心がすっと軽くなる。

 が、直後に続いた「──今のところはね?」という含み笑いを含んだ言葉に、俺は再び思考をフリーズさせた。今のところは、とはどういうことだ。


 俺の不安げな表情を見つめながら、遥ちゃんはさらに言葉を重ねた。


「たしかに、優斗くんはとても魅力的な人やと思うよ。もしも……律くんより先に出会ってたら、好きになってたかもしれん」


「うっ……」


「あ、またそんな泣きそうな顔して! 最後まで聞いてな? ──でもな、律くんにも、すごく魅力的なところがあるんよ。自分では全然気づいてへんようやけど」


 遥ちゃんは苦笑しながら、続ける。


「優斗くんは、たぶんもう『完成している人』やねん。でも、律くんは『発展途上の人』。私もそうやけど、まだまだこれからいくらでも成長できる。律くんのええところは、真面目で、ものすごく素直で、柔軟な考え方ができて、これと決めたら即行動できるところやで。そんな律くんでいてくれる間は──私との独占交渉権は、ちゃんと維持されるから」


 立て板に水のごとく、遥ちゃんは一気に喋りきった。


 あまりにも真っ直ぐに褒められすぎて、なんだか急に耳の裏が熱くなってくる。気恥ずかしさと小恥ずかしさで、俺は思わずその場でもじもじと身を (よじ)らせてしまった。

 だが、彼女の言葉を裏返せば、そういうことだ。もし俺が歩みを止め、努力を忘れ、その日暮らしのつまらない男に成り下がった瞬間──この独占交渉権は、容赦なく一発ではく奪されるのだろう。


「それにさ、律くんってクールな振りしてるくせに、実はちょっとヘタレでかわいいところあるからなぁ。そういうところ、意外と母性本能くすぐられる女子、多いと思うで?」


「な……ヘ、ヘタレ?かわいい?」


 聞き捨てならない単語に俺が絶句していると、遥ちゃんは悪びれもせず、自分のバッグを肩にかけ直した。


「あー、お腹空いたな! なんか美味しいもん、食べに行こうか」


 完全に固まっている俺をとり残したまま、遥ちゃんは満足そうに、弾むような足取りで歩き出した。

 


 木陰のベンチに座り、二人で買ってきたお好み焼きを頬張った。

 ソースとマヨネーズの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる中、ふと、以前ネットか何かで見たある都市伝説が頭に浮かんだ。

「遥ちゃん。関西人は、お好み焼きをおかずにご飯を食べるって本当?」


「ん? 普通に食べへんよ。それ、大阪の一部地域の食文化やと思うわ」


 だいたいやね、と遥ちゃんは手に持った割り箸を器用にくるりと回した。


「どうも、関西人に対する偏見って多いよね。みんな話がおもしろいとか、全員こなもんが大好きとか。実際、関西人ゆうても千差万別なんやからね」


 不平を漏らす遥ちゃんは、どこか口を尖らせていて少しおかしい。


 そんな彼女の話を聞きながら、俺はふと、さっき山神優斗と並んで焼きそばを食べていた時のことを思い出していた。


「さっきのこと思い出したんだけど……山神って、俺が勝手に持ってた『金持ちの息子』のイメージと全然違っていたんだ」

「そう? どんなイメージ持ってたん?」

「もっと、いじわるというかさ。金持ちを鼻にかけて偉そうにしてるというか……。例えるなら、スネ夫みたいな。でも、実際はすごく良い奴で驚いた」


 遥ちゃんは箸を止め、「そうやねえ……」と小さく頷いた。


「優斗くん、ご両親に大切にされて、ええ環境の中で何不自由なく、おおらかにすくすく育ったんやと思うわ。それに、ご両親もたぶん、若い頃に苦労されて今の地位を築きはったんやと思う。せやから、優斗くんにも自身の経験上からの『最善の道しるべ』を用意したり、支援したりされたんと違うかな。知らんけど。それで出来上がったのが、あの優斗くんということちゃうかな」


 そして遥ちゃんは、「金持ち喧嘩せず、って言うしね」と付け加えた。


 なるほど、そういうことか。育ちの良さが、あの嫌みのない、真っ直ぐな人柄を作っているのだろう。


 そういえば、最近ニュースや本で『経験格差』という言葉を耳にしたことを思い出す。

 家庭の経済状況や地域環境の違いによって、子どもたちが得られる旅行、習い事、自然や文化体験などの機会に生じる不平等のことだ。お金のあるなしが、単なる生活の裕福さだけでなく、子どもの選択肢や心の余裕、ひいては人生のスタンスにまで、生活以上の格差を生んでしまう。


 俺自身、生活費を稼ぐためのバイト漬けの毎日で、心も体も疲弊し、どうしても後ろ向きな考えに陥りがちだった。だからこそ、その残酷な言葉の意味が、身に染みて痛いほどよく分かる。なんて容赦のない世の中なのだろう。


 生まれた環境で、最初から持っている手札が違いすぎる。


 それでも。


 隣で「やっぱりお好み焼き最高やわ」と、おいしそうに口いっぱいに頬張る遥ちゃんを見て。


 環境がどうであれ、世の中の仕組みがどれほど不条理であれ、幸せになることを諦めてたまるか。彼女が示してくれたこの細い未来への糸口を、俺は絶対に離さない。


 俺は心の中で静かに、だけど強く、そう誓っていた。



 学園祭のお祭り騒ぎも終わり、関西大学の千里山キャンパスにいつもの見慣れた日常が戻ってきた頃。


 ついに、待ちに待った瞬間が訪れた。秋募集で申し込んでいた、第一種奨学金と授業料免除の審査結果が出たのだ。


 結果は、共に「採用」。


 スマホの画面に並んだその文字を見た瞬間、肩の荷が引きちぎれんばかりに軽くなるのが分かった。

 多子世帯の優遇措置のおかげで勝ち取った授業料免除は、年間70万円の無償支援。私立大の学費を完全に補填できるわけではないが、ひとまず一年後半の半年分の学費からは、国の免除上限である35万円が差し引かれることになる。


 さらに、貸与型の第一種奨学金のほうは、下宿生の場合の上限である月額64,000円で申し込んでいた。

 通帳を記帳しにいくと、そこには10月と11月の2ヶ月分として、128,000円のまとまった大金がすでに振り込まれていた。


 実家の両親にすぐさま電話で報告すると、スマホの向こうで何度も何度も感謝された。年間70万円、4年間で280万円という金額は、我が家にとってあまりにも巨大だ。これで下の二人の兄弟たちも、お金の心配をせず、それぞれが希望する進学先へ進めればいいなと心から思う。


 そして何より、俺自身にとって最大の転機が訪れた。

 ようやく、あの過酷なバイトのシフト回数を減らすことができるのだ。毎月の仕送り代わりに64,000円が口座に入るなら、これからは週1~2回に抑えても、今まで通りの生活を維持できるだろう。


 嬉しさが爆発して、遥ちゃんにもさっそくLINEで結果を連絡した。

 既読はすぐに付き、弾むようなメッセージが返ってくる。


『やったやん、律くん! これからもっと、たくさん会えるね』


 画面を見つめながら、自然と顔が綻んだ。

 そうなのだ。これまでバイトに追われ、満足に時間を作ることすらできなかった分、これからは二人の時間をたくさん紡いでいきたい。


 遥ちゃんが熱心に誘ってくれるオープンカンパニーや、様々なボランティア活動。これからは「シフトが入っているから」と断る必要なんてない。全部、喜んで参加しよう。

 もうすぐやってくるクリスマスのような、特別なイベントの日だって、ちゃんと予定を空けて彼女の隣にいられる。


 時間に縛られない日々。お金のために、自分の時間を時給1200円で切り売りし続けなくてもいい毎日。

 ああ、なんて、素晴らしいことなんだろう。


 必死の書類集めと生存競争の末に、自分の手で勝ち取ったこの貴重な時間。

 自分自身と、そして、遥ちゃんとの未来のために、これからは一分一秒を有意義に使っていきたい──。

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