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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
大学生編

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28 俺はこいつには敵わない!友情の萌芽と絶望的な実力差

 山神は、手際よく焼きそばを食べ終わると、「ちょっと、待ってて」と言って、ひらりとベンチから立ち上がった。

 近くのドリンク専門の模擬店へ向かったかと思うと、すぐに冷えたペットボトルのお茶を二本、両手に持って戻ってきた。


「これ、どうぞ」


 差し出された一本を、俺は慌てて受け取る。


「あ、ありがとう」


 財布を取り出し、お金を払おうとポケットに手を伸ばすと、山神は手のひらを振ってそれを遮った。


「ええて、ええて。おごらせて」


 この男、どこまでも気が利くし、立ち振る舞いがスマートだ。なるほど、確かにこれは女子にモテるわけだと、男の俺でも納得してしまう。


 山神は自分のお茶のキャップを開け、ガブッと豪快に喉を鳴らして飲み干すと、ふと、思いついたような顔でこちらを振り向いた。

「なあ、聞いてええ? ──遥ちゃんは、君のどこに惚れたんやろう?」


 直球すぎる質問に、俺は完全に答えに窮した。


 心臓が嫌な汗をかく。

 実際、彼女は俺に惚れているわけではない。なんせ、今の俺たちはまだ『友達』なのだから。これからなんとかして惚れてもらおうと奮闘している真っ最中なのだが、その肝心の奮闘の仕方だって、正直言って自分でもよく分かっていないのが現状だ。


 しかし、ここで黙り込むわけにはいかない。俺は必死に頭を回転させ、苦し紛れに思いつくままの言葉を口にした。


「ええと……課題とか、よく教えてあげてるんだ。……そういうところ、かなぁ?」


 弱い。我ながら、ペラッペラな返しだ。自分で言っていて悲しい。泣けてくる。


 一瞬、鼻で笑われるかと思った。

 しかし、山神は違った。


「そうか。君、頭ええんやね」


 山神は俺の(つたな)い答えを疑うこともせず、それどころか、ものすごく素直に受け止めて「なるほどなぁ」と深く頷いた。

「さすが、遥ちゃんは知的な男を選んだというわけか。そういう風に頼られるの、ほんまに羨ましいわ」


 うん、うんと、一人で勝手に納得して感心している山神。

 裏表のないその真っ直ぐな瞳を見ているうちに、俺の胸の中にあったトゲトゲした敵愾心が、急速に萎んでいくのを感じた。


(もしかして……こいつ、ものすごく良い奴なんじゃないか……?)


 そう思い始めた、まさにその時だった。


「なあ、連絡先交換せえへん?」


 山神は屈託のない笑顔で、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。

「お互い一回生やし、情報交換とかできたらええなと思って」


「あ──いや、いいよ。交換しよう」


 思わず、断る理由も見つからないまま頷いていた。画面を差し出し合い、その場で互いのインスタのアカウントを交換する。


「ありがとう! 登録したわ」


 画面を確認した山神は、嬉しそうにスマホをポケットにしまうと、最後に俺の目を真っ直ぐに見つめて、ニカッと白い歯を見せた。



 その後、俺と山神は、就職活動の見通しやボランティア活動の裏話、互いの学部の様子などについて色々と語り合った。


 最初はどこかよそよそしかった俺たちの空気だったが、しばらく話しているうちに、驚くほどすんなりと打ち解けていった。

 いや、俺たちというよりは、これはおそらく山神の持つ底知れない人懐こさと、誰とでも壁を作らない圧倒的なコミュニケーション能力の賜物なのだろう。悔しいが、認めざるを得ない。


 話を聞くと、山神の所属する外国語学部には、二回生の八月頃から三回生の六月頃にかけての原則一年間、全員が海外へ留学するという強力なカリキュラムがあるらしい。


「俺な、マジで頑張って、現地で英語話せるようになりたいと思ってる。将来のキャリアとして、やっぱりめちゃくちゃ大きい武器になるしな。でも、それって要するに、二回生の間は一年間も日本の就活に時間を割けへんってことやろ? だから、一回生の今のうちから前倒しで、やれること全部やっとこう思うてるねん。じゃないと、帰ってきた瞬間に出遅れてしまうからな」


 そこまで見据えていたのか。俺は純粋に圧倒されて、手元のお茶を見つめた。


「山神、お前凄いな……。先々のこと、そこまで計算して行動に移してるなんて。ぶっちゃけ、親のすねをかじってる、ただのボンボンかと思ってたよ」


「おい、ボンボン言うな!」


 山神はそう言って声を上げて笑うと、俺の背中をポンと気さくに叩いた。


「でも水野も、一回生のこの時期から就活したりして、十分大したもんやと思うで。──まぁ、なんか話聞いてる限り、遥ちゃんに引っ張られて行ってるだけのような気もするけどな?」


「うぅ……それは言わないでくれ。図星だけに、めちゃくちゃ心に突き刺さる……」


 俺が本気で項垂(うなだ)れてみせると、山神はさらに愉快そうに目を細めた。


「ははっ! ほんま、遥ちゃん様様やな」


「ああ、本当にその通りだよ。遥ちゃん様様だ……」


 男二人、ベンチで肩を並べて笑い合っていると──。


「えらい、仲良さそうにしてるなぁ?」


 不意に、頭上から鈴を転がしたような、けれどどこか楽しげに呆れた声が降ってきた。


 ハッとして顔を上げると、いつの間にかエプロンを外した遥ちゃんが、両手を腰に当てて俺たちの前に立っていた。

 

「いったい、なにをそんなに盛り上がってるん?」


 不思議そうに小首をかしげる遥ちゃんに、山神は悪戯っぽくニカッと笑ってみせた。


「いや。水野とな、遥ちゃんを巡って決闘する日時と場所を決めてるところやねん」


 山神が冗談めかして言うと、遥ちゃんは呆れたようにパタパタと手をふる。


「もう。そういうの、ええねん! さっきも、あんたらのせいで店の中が大変やったんやから。『スポーツマン風イケメンとインテリ風男子が遥を囲んで火花散らしてる』って、テント中が大盛り上がり。わたしは、少女漫画の主人公か!」


 山神はそんな遥ちゃんの反応を見て、ははっと声を上げて愉快そうに笑った。


「それは悪いことしたな。ほんなら、俺はもう行くわ。水野、またな!」


「ああ。山神、お茶ごちそうさま!」


 俺が手を振ると、山神は背中でひらりと手を振り返し、颯爽と学生たちの混雑の中に溶け込んでいった。

 歩き方から去り際まで、どこまでも絵になる爽やかな男だった。

 


 俺と遥ちゃんは肩を並べて、活気に満ちた学園祭の雑踏へと繰り出した。


 ずらりと並ぶ模擬店から漂うソースやベビーカステラの甘い匂いを潜り抜けながら、遥ちゃんが興味津々といった様子でこちらを覗き込んできた。


「それで、優斗くんとふたりでなに楽しそうに話してたん?」


「うん……。山神の就活への意識とかボランティアへの熱量、あと、来年からの留学の話とか」


 脳裏に、先ほどのベンチで未来を生き生きと語っていた山神の顔が鮮明に思い出される。

あいつの持つ圧倒的なスペックと、それを鼻にかけない内面の成熟さ。比較するのもおこがましい現実が、胸の奥に重くのしかかっていた。

 俺は思わず、ぽつりと本音を呟いてしまう。


「あいつは、本当に凄い奴だよ。正直……人として、そして男として、差を感じた」


「そうなん? どれくらいの差?」


「そうだな……。フリーザ様に立ち向かうクリリンくらいかな」


「それは絶望的な差やな!律くん、爆発して死ぬやん!」


 遥ちゃんがパッと目を見開いて、素っ頓狂な声を上げた。

 けれど、すぐにいつもの冷静で少し大人びた表情に戻ると、どこか遠くの秋空を見上げながら静かに言葉を続けた。


「でもな、何もかも自分より格上の相手が身近におるっていうのは、めっちゃええ勉強になると思うで。だって、最高のお手本が目の前におるわけやから」


 確かに、彼女の言う通りだ。妬んでいる暇があるなら、あいつのスマートさや行動力から学べることは山ほどある。

 しかし、俺の胸の奥でどうしても拭い去ることのできない不安の種は、もっと別の、もっと切実なところにあった。


「そうだろうね。……でもさ、もしその格上の相手が、俺と好きな人との間に立ちはだかったとしたら。……そう思うと、辛くなってさ」


 我慢できず、情けない弱音が口からこぼれ落ちていた。

 すると、遥ちゃんは「うーん……」と小さく唸って目を閉じ、しばらく考え込んだ。どうやら、自分の身に置き換えて想像してくれているらしい。


「そうやね。その場合、最初から勝ち目無いって分かってて……もう身を引くしかないんかって思ってしもて。それは確かに、めちゃくちゃ辛いなぁ……」


 同情するようにそう呟いた遥ちゃんは、ふと、何かを察したようにピタリと足を止め、俺の顔をじっと覗き込んできた。


「──それで、わたしを優斗くんに取られるかもって、本気で思てしもたの?」


「うっ……!」


 完璧なまでの図星だった。心臓を直接掴まれたような衝撃に、俺は慌てて顔を背けた。


 しかし、遥ちゃんは素早く先回りすると、逃げる俺の顔をまた下から覗き込んでくる。


「それで、さっきからそんな悲しそうな顔してるん?」


(しまった……。また顔に出てた……)


「あ、いや……見ないでくれ」


 恥ずかしさと情けなさで消え入りそうになりながら両手で顔を覆おうとした、その時だった。


 遥ちゃんの小さくて温かい両手が、俺の頬を包み込んだ。

 抵抗する間もなく、俺の顔は強制的に正面を向かされる。至近距離。遥ちゃんの真っ直ぐな瞳が、俺の目をまじまじと見つめていた。


 ドクドクと心臓の音がうるさいくらいに跳ね上がる。

 ひとしきり、俺の困惑した顔を観察して満足したのか、遥ちゃんはふっと手を離し、いたずらっぽく、けれど最高に優しい笑みを浮かべた。


「でも、安心して。それは無いと思うわ。」


 そして、再び俺の顔を覗き込んで付け加える。


「──今のところはね?」

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