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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
大学生編

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26 みんなして俺をいじるのだが!ボランティア報告と歪んだ愛情

 結局、俺の長い夏休みは、過密なバイトと、遥ちゃんとの『オープン・カンパニー』巡りであっという間に過ぎていった。


 いくつもの企業を回るなかで、それまで全く知らなかった社会の仕組みや会社の内側を覗くことができ、本当に有意義な時間を過ごせたと思う。

 大学に入学したばかりの一回生のうちから、こんな風に企業巡りをする日々が来ようとは、春の時点では夢にも思っていなかった。


 そして長い休みの終わりと共に新学期が始まり、大学の講義へと赴く日々が再開された。


 そんな、十月中頃の日のこと。

 まだ少し厳しさを残す日差しを、ひんやりとした秋風が優しく中和してくれる、そんな日の午後だった。



「……わたし、男の人の部屋に入るの、はじめてやわ」


 俺の狭いアパートの部屋。

 ローテーブルを挟んで向かい側にちょこんと正座した遥ちゃんが、少し硬い表情で周囲を見回しながら、ぎこちなく呟いた。

「思ったより、結構片付いているんやね」


「まあ、片付いているっていうか……単に物が少ないだけなんだけどね」


 そう。今日、初めて遥ちゃんが、俺の部屋にやってきたのだ。


 きっかけは、後期から新しく始まった講義『マクロ経済学』の課題を教えてほしい、という彼女からの SOS だった。

 マクロ経済学とは、一言で言えば「国や世界という巨大なスケールで、お金と社会の動きをまるごと分析する学問」なのだが、蓋を開けてみれば思いきり数学を使う学問だった。それも高校レベルを超えて微分や積分を多用するため、文系の学生は途端に路頭に迷う。


 遥ちゃんからも「これむりや。律くん、助けて……」と半泣きで(すが)りつかれ勉強会を開催するに至った次第である。


 最初はいつも通り、学内のラーニング・コモンズで勉強会をしようとしたのだ。しかし十一月の学園祭が近いこともあってか、学内はどこも混雑しており満席。この様子だと近くのカフェも全滅だろうと思案した結果、「よかったら、俺の部屋にする?」という流れになったのだった。


 正直に言えば、俺だって女の子をこの部屋に上げるのは初めてのことだ。

 しかも、相手はあの遥ちゃんである。


 先ほどのお互いのぎこちない返答の後、ふと、遥ちゃんと真正面から目が合った。


 じっと、見つめ合う。

 一瞬、部屋の中の時間が止まったかのような錯覚に陥る。


(──落ち着け。俺たちはまだ友達だ。やましいことなんて何もない)


 頭では必死にそう理解しようとしているのに、それをあざ笑うかのように、胸の奥で心臓の鼓動がドクドクと早くなっていく。


「あの、遥ちゃん──」


……ゴトゴト。


 その時、沈黙を破ってキッチンの方から無遠慮な物音が響いた。


「ちょっと、律くん。紅茶くらい置いてへんの?」


 見ると、田中澪がいつの間にか俺の家の戸棚を勝手に開けて、中を物色していた。


「そんな洒落たものが男の一人暮らしの部屋にあるわけないだろ! っていうか、人の家のキッチンを勝手にあさるな!」


「それもそうやな。こんな部屋からハーブティー出てきたら、真っ先に浮気を疑うわ」


 澪は悪びれもせず、ため息混じりに答える。


「ちょっと澪、あんまり人のうちのもん(いじ)ったらあかんて」


 座布団の上から、遥ちゃんが慌てたように澪をたしなめる。


……ガサゴソ。


 今度は、俺のすぐ背後から妙な物音が聞こえてきた。

 振り返ると、一条綾乃が四つん這いになって、俺のベッドの下を熱心に覗き込んでいるところだった。


「ちょっ……! お前は何をしてるんだ!?」


「いやな? 男子の部屋のベッドの下には、いかがわしいブツが隠されてるらしいからな……」


「そんなもんあるか! 昭和の中学生か!」


 全力のツッコミを入れる俺を見て、キッチンから顔を覗かせた澪が、心配そうに綾乃へ忠告する。


「綾乃、あかんて。エグいやつ出てきたらどうするん? 遥、ドン引きするで?」

「ほんまやなぁ。それこそ一発で破局の危機やなぁ」


 真顔でとんでもないことをのたまう綾乃。


 ──ああ、お前ら。

 頼むから、もう今すぐ帰れ!!

 


「綾乃も澪も。律くんをからかうの、いい加減にしなさい。律くん、困ってもうてるやないの」


 見かねた遥ちゃんが、二人を(たしな)めてくれる。


 ──さすが、遥ちゃん。この部屋における唯一の常識人だ。女神に見える。


「そう言われてもなぁ。みずのん見てたら、なんでか、つい、いじりたくなってまうねんなー」

 綾乃がベッドの上に座り、髪を払いながら困ったように言う。


「そうやねん。律くんの顔に『僕をいじって』って書いてあんねん」

 澪もキッチンから戻ってきて、我が物顔で綾乃の隣に腰掛けた。

 かと思えば、ふたりはごろんと俺のベッドに寝転がり、ゴロゴロと転がりだす。

 

「ちょっ、なにしてるんだ?」


「「マーキング?」」


 ──ああもう、やかましい。


「もう、あほなことやっとらんと、そろそろ勉強始めよう?」


 遥ちゃんの鶴の一声で、ようやく俺たちはローテーブルを囲み、問題の『マクロ経済学』の課題に取り掛かることになった。


 文系脳の三人に微分混じりの数式を教えるのは骨が折れたが、俺の(つたな)い説明を彼女たちはなんとか噛み砕き、飲み込んでくれた。そうして小一時間ほど格闘した末、どうにか全員、課題を終わらせることができたのだった。


「毎度ながら、ありがとうな、律くん。」

「ほんま、助かったわぁ」

「みずのんは、頼れる男や」


 解放感に包まれるなか、三人に口々に感謝されると、やっぱり悪い気はしない。

 先ほどコンビニで買ってきたお菓子とドリンクをローテーブルいっぱいに広げ、俺たちはようやく、ちょっとしたくつろぎの時間を迎えたのだった。

 


「そういえば遥ちゃん、ボランティアどうだった?」


 お菓子を口に放り込み、一息ついたところで俺は気になっていたことを尋ねた。


「あ、それ、わたしも聞きたい!」

「おもしろかった? 就活に役立ちそう?」


 ローテーブルの向こうで、綾乃と澪も身を乗り出して興味津々といった様子で食いついてくる。


 実は遥ちゃんは、つい先日、ボランティア活動に出かけていたのだ。内容は、琵琶湖畔で小学生たちを集めて「生き物観察」や「水質調査」を教えながら、一緒にデイキャンプをするというもの。


 就職活動の面接やエントリーシートで必ず問われる「学生時代に力を入れたこと」、いわゆる『ガクチカ』。その対策としてはもちろん、そもそも自分の興味があることややりたいことを発見するために、遥ちゃんは企業巡りだけでなくボランティア活動にも力を入れていくのだという。

 一回生のこの時期から常に自分を高めようとするその姿勢には、本当に感服するばかりだ。


 俺も「一緒に行かへん?」と誘ってもらったのだが、残念ながらその日はバイトが入っており、泣く泣く断念したのだった。


「めっちゃおもしろかったで! 小学生かわいいし、琵琶湖の景色も最高やったし。でもな、大変なこともいっぱいあったわ。特に男の子なんか全然言うこと聞かへんくて、すぐ『おもんないー』って言うてどっか行ってまうねん。子どもにどうやって興味を持たせるか、ほんま考えさせられたわぁ」


「コミュ力高い遥ちゃんでも苦労したんだね」


 素直な感想を漏らすと、遥ちゃんは「そりゃするよ~」と苦笑いしながら、思い出したようにポンと手を打った。


「でもな、ひとりめっちゃ場慣れしてる人が参加してて、うまい具合に子どもたちを手懐けるんよ。わたしもその人にいろいろコツを教えてもらって、ほんま助かったねん」


「へえ、うちの大学の人?」


 澪がポテトチップスをかじりながら尋ねると、遥ちゃんはコクコクと頷いた。


「そう。山神優斗(やまがみゆうと)くんっていうて、外国語学部の、同じ一回生の子。ボランティアももう何回も参加してるねんて」


 ……うん?

 同じ、関大の一回生? 男?


「へえ! そんな人、来てたんや!」

「なになに、かっこよかった?」


 案の定、綾乃と澪がニヤニヤしながら食いつく。


「そうやね。背も高くて爽やかな感じやったから、たぶん、もてはるんとちゃうかなぁ」


「……おっと。これは」

「あかん、みずのんの顔から笑顔が消えてる」


 外野の二人の視線が俺に向けられるが、遥ちゃんはまるでお構いなしに話を続ける。


「それでな、その優斗くんがええ感じのボランティアとかインターンの情報にめっちゃ詳しくて。『また良さそうなのあったら情報教えるわ』って言うてくれて、インスタ交換したねん」


「おっふ……」

「その子、なんか手慣れてへん?」


「いやいや、そんなんちゃうって。それでな、帰りに優斗くんが『車で来てるから駅まで送るよ』って言ってくれてな──」


「え、送ってもらったの!?」


 思わず声が裏返った俺に、遥ちゃんは慌てて両手を振る。


「うん。でも、わたし一人やないで? 他のスタッフの子も一緒にやで?」


「……そ、そうなんだ」


「でな、びっくりしたんが、その優斗くんの車、レクサスやってん。しかも新車! 大学の入学祝いに親に買ってもらったんやって。聞いたら、親御さんが会社を経営してるらしくて」


「ガチのぼんぼんやん!」

「あかん……みずのんの顔が真っ青や!」


「シートもめっちゃ座り心地良くてさ、高級車ってほんまに凄いんやなぁってびっくりしたわ」


「遥、もうその辺にしとこ!」

「みずのんが泣きそうになってる!」


 見かねた綾乃と澪が慌てて止めに入る。

 だが、遥ちゃんは止まらない。それどころか、ローテーブルから身を乗り出し、俺の顔をじっと覗き込むようにして悪戯っぽく言葉を続けた。


「それでな、律くん。案の定というか、車降りるときに、その優斗くんに『彼氏いるの?』って聞かれてな」


 俺の心臓がドクン、と跳ね上がる。


 そんな俺を見て、遥ちゃんはニッと悪戯っぽく微笑んだ。


「だからな、──『彼氏おるで。めっちゃ仲ええで?』って、言うといた」


「……えっ」


 数秒の間を置いて、俺の頭の中に遥ちゃんの言葉がじわじわと染み渡っていく。


「うわ! みずのん、ごっついデレ顔になった!」

「なにこれ、おもろっ!!」


 澪と綾乃が弾け飛ぶような驚きの声を上げた。

 

 二人は、俺と、そして、そんな俺の顔を覗き込む遥ちゃんを交互に見比べ、


「遥のいじり方が一番、エグイやん!」

「ゆがんでる! 遥の愛情が歪んでしもうてる!」


 と、しばらく、フローリングの上をお腹を抱えながら転げ回っていた。

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