25 まさかの就活デートに誘われた!企業説明会と彼女の希望就職先
右から左から、俺の恥ずかしい表情を存分に堪能したあと。
遥ちゃんはようやく満足したように、俺を覗き込むのをやめて解放してくれた。
届いた食後のコーヒーを飲みながら、
「そうそう」
と、遥ちゃんが思い出したように言って、自分のスマホの画面を俺に見せてくる。
その画面には、大きく『インターンシップ&キャリアフェア』の文字が表示されていた。
「もうすぐ、大阪で合同就職説明会があるんやけど、一緒に行かへん?」
「……就職?」
思わず、オウム返しに聞き返してしまった。
「そう。夏休みは、こういう説明会のピークみたいやねん」
さっきまでサークルの合宿の話をしていたのに、いきなり就職の話か。
あまりにも話題が飛びすぎて、俺の脳は一瞬、ついていけなくなった。
「就職説明会って、普通は大学三年生が行くもんじゃないの?」
「うん。でもな、三年から動き出してたら、今の時代はもう遅いねん。最近は結構、一回生から参加してる人も多いんやで?」
まさに青天の霹靂であった。
この前、必死に受験勉強をして大学に入学したばかりだ。これから充実した学生生活を始めようって時に、もう就職活動の話とは。
しかし──。
この遥ちゃんなら、それもあり得る話だ、と妙に納得している自分もいた。
「気軽に参加できそうなイベントやし、服装も私服でええみたい。それに……」
遥ちゃんはスマホの画面をくいくいとスクロールしながら、説明を続ける。
「お昼の開催やから、これなら律くんの夜のバイトの時間にも、十分間に合うと思うで?」
彼女はちゃんと俺のバイトスケジュールを考慮してくれる。その細やかな気遣いが、俺の心をまた少し温かくさせた。
それに、よくよく考えてみれば。
これは、遥ちゃんからの新たなお誘い──いわば『就活デート』と考えても良いのではないだろうか。
就活デート。うん、悪くない。
「わかった。行くよ」
俺の返事を聞いて、遥ちゃんは「にっ」と嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
◇
『インターンシップ&キャリアフェア』は、中之島にある大阪国際会議場で開催される。
その日、俺たちは電車に乗って、会場へと向かった。
今日の遥ちゃんは、白の爽やかなサマーニットに、新緑を思わせるミントグリーンのフレアスカート。私服OKの説明会というTPOに合わせつつも、どこか特別感のある彼女の佇まいに、俺の心臓は朝からうるさく跳ねていた。
ガタゴトと揺れる電車のシートに、二人並んで腰掛ける。
「わたしのまわり、誰も一年のうちから就職説明会行くっていう子おらへんかったわぁ」
「まあ、普通はそうだろうね。俺だって遥ちゃんに言われなきゃ知らなかったし」
「わたしな、どんな会社に入って、どんな仕事したいのか、まだ全然わからへんねん」
「うん。俺も完全にそんな感じだよ」
「せやから、今のうちからいろいろ見たり聞いたりして、自分の将来の仕事を探していきたいねん」
「だから、もうこうして説明会に参加するってわけだね」
「そう。今って、三年生の春から本格的に就活が始まるみたいやわ。それって、あと一年ちょっとやん? 実はすぐやで」
「……そうなんだ。そう言われると、なんかちょっと焦ってきたな」
「せやろ? しかもわたし、絶対、ホワイトな大企業に入るって決めてるから。なおさら就活がんばらなあかんねん」
いきなり遥ちゃんの口から『大企業』という高い目標が飛び出して、俺は少し驚いた。
やっぱり、この子の見ている景色はどこか違う。
俺なんてそんなこだわりは一切ないというか、そもそも会社の規模なんて今まで一度も考えたことがなかった。
「大企業って、なかなかに高い目標だね?」
「うん。でも、そのためにわたし、がんばって関大入ったからね。知ってる? 関大の場合、大企業に入るのはだいたい二、三十パーセント。準大手までを入れると、五、六十パーセントくらいあんねんで。数字で見たら、全然届かへん目標ではないんよ?」
当たり前のようにデータを引き合いに出され、「なるほど」と頷くしかない。
それにしても、だ。
「それにしても、遥ちゃんがそこまで大企業に入りたい理由ってなんなの?」
将来の夢や、社会に貢献したいというやりがい──てっきり、そんなキラキラした言葉が返ってくるものとばかり思っていた。
「給料と福利厚生。あと、社員の質と働きやすい環境!」
しかし、彼女から返ってきたのは想定外に生々しく、現金な理由だった。
あまりの直球さに、俺は返す言葉を失い、思わず絶句してしまった。
◇
遥ちゃんの新たな一面を垣間見て、感心するやら驚愕するやらしているうちに、電車は目的地の最寄り駅へと到着した。
大阪国際会議場に足を踏み入れた瞬間、会場内は想像以上の熱気に包まれていた。
広いフロアーのどこを見渡しても、俺たちと同じような学生たちで賑わっている。
入り口で当日のパンフレットを受け取り、掲載されているイベントスケジュールや出展企業のブースマップに目を通す。
カラフルな看板が立ち並び、各企業の趣向を凝らしたブースがひしめき合うその光景は、どこか学園祭や地域のイベントを彷彿とさせた。
(これは……まるで、お祭りだな)
就職活動に対して抱いていた、あの重苦しくて堅苦しいイメージが一気に吹き飛んでいく。
企業のパンフレットを手に取るだけでワクワクしている自分がいた。なんだか、これは純粋に楽しいぞ。
戸惑う俺を余所に、遥ちゃんはすでに回りたいブースや参加したいセミナーを事前にしっかりとチェックしていたようだった。
「律くん、まずはあっちのブースから行ってみよ!」
俺は、目を輝かせる彼女に引っ張られるようにして、広い会場を次から次へと回った。
結局、その日は全部で六つの企業ブースを回ることができた。
最初は緊張したものの、ブースにいる社員の皆さんは誰もが気さくな感じで接してくれて、一回生である俺たちの初歩的な質問にも笑顔で気軽に答えてくれた。
まだ何も知らなかった社会の仕組みが、少しだけ解き明かされていくような、実に有意義な体験であった。
気づけば足はパンパンに張っていたけれど、心地よい充実感が全身を満たしている。隣を歩く遥ちゃんも、資料が詰まったトートバッグを愛おしそうに抱えながら、とても満足そうな表情を浮かべていた。
◇
帰りの電車。
行きと同じように、ガタゴトと揺れるシートに二人並んで腰掛ける。
傾きかけた窓からの夕日が、オレンジ色の光で車内を優しく照らしていた。
「律くん。今日は、付き合ってくれてありがとうな」
並べた肩のすぐ隣から、遥ちゃんが少し照れくさそうに微笑みかけてくる。
「いや、俺の方こそ誘ってくれてありがとう。本当に、すごく良い体験ができたよ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわぁ」
遥ちゃんは嬉しそうに目を細めると、手元のパンフレットを愛おしそうに見つめながら言葉を続けた。
「わたしな、この夏、他にもいくつか『オープン・カンパニー』に行ってみようと思ってるねん」
「オープン・カンパニー?」
またしても知らない単語が飛び出して、俺は首を傾げた。
「初めて聞く言葉だけど……大学のオープンキャンパスみたいなもの?」
「その通り!」
遥ちゃんはポンと手を叩く。
「昔は『1Dayインターンシップ』って呼ばれてたらしいんやけど、実際の仕事体験じゃなくて、会社説明会って感じみたい。大阪の会社でも夏休みにたくさん開催されるから、めぼしいところを回ってみようと思ってるねん。もし時間合うようなら、律くんも一緒に行く?」
「行きたい。ぜひ誘ってほしい」
今度は、一瞬の迷いもなく即答していた。
就活への焦りもあったが、何より、こうしてまた彼女と同じ目的を持って出かけられる大義名分が嬉しかったのだ。
それにしても──遥ちゃんの徹底して計算された行動力には、改めて驚かされる。
ふと、先日の観覧車の中で、彼女がまっすぐな目で語っていた言葉が、鮮烈に脳裏に蘇ってきた。
『奨学金を利用して捻出した「時間」を、将来の自分のためになることに投資したい』
あの時はまだ、具体的にどういうことなのかイメージが湧ききっていなかったけれど、こういうことだったのかと、今になってようやく合点がいった。
彼女は本当に、自分の未来を自分で切り拓くために、一歩ずつ、確実に歩みを進めている。
夕日に染まる遥ちゃんの横顔を見つめながら、俺は、胸の奥が温かい誇らしさで満たされていくのを感じていた。
──こんなにもしっかりしていて、自分の未来をちゃんと考えている女の子を好きになった自分を。
俺は心から、誇らしく思った。




