21 今日は俺の人生最良の日!ドキドキ初デートと観覧車での告白
8月。いよいよ待ちに待った2ヶ月間の長い夏休みが幕を開けた。その初っ端、俺は一大決心をして遥ちゃんを誘い、万博記念公園にある『EXPOCITY』へとやってきた。
広大な敷地内には、巨大なショッピングモールをはじめ、水族館と動物園、美術館が融合した生きているミュージアム『ニフレル』、さらには日本一の大きさを誇る大観覧車までそびえ立っている。阪急千里線とモノレールを乗り継げば関大前からもすぐ近くで、大学生のデートスポットとしてはこれ以上なく申し分ないロケーションだ。
そう、これは紛れもない初デート。友達という間柄ではあるが、もうこれはデートと呼んで差し支えないだろう!
しかし、出発前には不穏な通知がスマホを震わせていた。
一条綾乃からは、
『遥から聞いたで。ニフレル行くんやて? ベタやなー。まあ、初々しい君ら二人には丁度ええわ。みずのん、しくじるなよ。報告待つ』
と、やかましいLINEが送られてきたし、田中澪からは『近っ』とひと言だけ、呆れたようなメッセージが届いた。もう、お願いだから俺たちのことはほっといてくれ。
そんな外野の野次をスルーしつつ、俺はこの人生初のビッグイベントに向けて大忙しの数日間を過ごしていた。
何しろ「女子と二人きりで出かける」こと自体が人生初の経験なのだ。少しでもマシな格好をせねばと、これまた人生で初めて1回5000円もする美容室の予約を取り、ネットで『大学生 デート 服装 無難 まとめ』と血眼でリサーチを重ね、そのまま『UNIQLO』へと駆け込んでマネキン買いを敢行した。こんなに一生懸命になったのは受験以来かもしれない。
そして当日、阪急の関大前駅での待ち合わせ。
改札の前で、ノートにまとめた本日のエスコートプランを脳内で何度も反芻する。緊張のあまり、胃がちくちくと痛み出したその時だった。
人混みを分けて現れた遥ちゃんを目にした瞬間、俺の脳内のマニュアルは一瞬で紙吹雪となって吹き飛んだ。
いつもサークルのラケットケースを背負っていたアクティブな姿とは打って変わり、今日の彼女は仕立ての良い涼しげなワンピースを身に纏っていた。さらに、いつも後ろでラフに一つに束ねていた艶やかな黒髪が、今日は肩の上できれいに下ろされている。
(……かわっっっっっっ!)
声にならない絶叫が胸の中で爆発する。UNIQLOの服が汗で張り付くのも構わず、俺は自分の心臓が肋骨をぶち破らんばかりに跳ねるのを、必死に抑え込むことしかできなかった。
関大前駅から乗り込んだ阪急電車の車内。夏休みの開放感に包まれた乗客たちの喧騒のなかで、俺の心臓はさっきから不規則なビートを刻み続けていた。
隣に立つ遥ちゃんとの距離が近い。髪を下ろしただけでこんなに印象が変わるものなのかと、盗み見るたびに喉の奥がカラカラに乾く。このまま無言でいるわけにもいかないと、俺は意を決して、素直な感想の言葉を口にした。
「遥ちゃん、今日はとても可愛い。服も素敵だ」
我ながら直球すぎるセリフに耳が熱くなる。言われた遥ちゃんは一瞬だけ驚いたように丸い目をパチくりとさせたが、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「ふふ、ありがとう。律くんも、なんかいつもと雰囲気ちがうね。いつもより、シュッてしてる」
上目遣いでそう言われ、俺は内心で(UNIQLOと5000円の美容室、大勝利……!)と激しくガッツポーズをキメた。けれど表面上はあくまでポーカーフェイスを維持したまま、少し気恥ずかしそうに頭を掻く。
「そう、これで、あってる、かな?」
「うん、めっちゃ似合ってる!」
屈託のない笑顔で太鼓判を押され、胸の奥がじんわりと熱くなる。そんな甘酸っぱいやり取りを交わしているうちに電車は山田駅へ着き、モノレールへと乗り換えて、あっという間に目的地の万博記念公園駅に到着した。
◇
結果として、初デートはとても楽しかった。
まずは『ニフレル』を回った。色鮮やかな熱帯魚や、すぐ目の前を遮るものなく動き回る動物たちに、遥ちゃんは終始「すごいやん!」と目を輝かせていた。話題に困ったら目の前の生き物の話をすればいいというネットの攻略法は本物で、俺の拙いエスコートでも自然と会話が弾んだ。
その後、エキスポシティ内のレストランへ移動して昼食を取った。彩り鮮やかなトマトパスタを、器用にフォークに巻きつけ、美味しそうに頬張る遥ちゃんの姿はやっぱり可愛くて、カプリの丘で外野に囲まれていた時とは違う、二人きりだけの贅沢な時間に俺の緊張も徐々に解れていった。
午後からはショッピングモールを気ままにウィンドウショッピング。
「あ、これ律くんに似合いそう」「この雑貨可愛いなぁ」なんて言い合いながら歩いていると、これまでは遠い世界の出来事だと思っていた『初デート』という確かな実感が、温かい塊となって俺の胸を満たしていくのを感じた。
そうして、沈みかけた夕陽が万博の広大な敷地をオレンジ色に染め始めた頃。
俺たちは本日の最終目的地である、あの大観覧車の乗り場へと向かった。
◇
ゆっくりと回転する大観覧車のゴンドラへと乗り込む。自動で扉が閉まった途端、俺の胸の奥は急激な名残惜しさでいっぱいに満たされてしまった。
夕暮れの心地よい高揚感のなかで、これが今日という輝かしい1日の、最後のイベントなのだという現実がひたひたと押し寄せてくる。
「今日は、本当に楽しかったね」
向かい側の席に座る遥ちゃんが、ガラス窓の向こうに広がる夕焼け空を見つめながら、しみじみとした声で呟いた。下ろした黒髪が、オレンジ色の西日に透けてきらきらと輝いている。
この時間が終わってほしくない。その一心で、俺は胸の内にあった本音をぽつりとこぼしていた。
「うん。……本当は、夏休み中もっとたくさん遥ちゃんに会いたいのだけれど。バイトのシフトをガッツリ入れちゃっているから、それがとても、口惜しいなと思って」
週に四〜五日は『カプリの丘』の夜シフト。自分で生活費を稼ぐための日常に戻らなければならない。そんな俺の恨み言のような呟きに、遥ちゃんは窓から視線を戻し、どこか尊ぶような優しい目を向けた。
「律くん、自分でバイトして生活費稼いでるんやもんね。そんな風に頑張れるの、ほんまに偉いと思う」
「いや、そんな……。あ、でも、そう言うなら遥ちゃんも同じだろ?」
褒められた気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は以前、綾乃が言ってた話を思い出し、記憶を引っ張り出した。
「遥ちゃんも、奨学金を借りてるって、綾乃に聞いたで。実家に頼らず、学生のうちから自力で、一種の借金を背負ってでも学費を捻出してる。その覚悟のほうが、俺なんかよりずっと偉いと思うよ」
俺なりの精一杯のリスペクトだった。親への罪悪感を抱えながら必死にバイトに励む自分と同じように、彼女もまた、自立して戦っている同志なのだというシンパシーがあったからだ。
しかし──。
俺のその真っ直ぐな言葉を聞いた瞬間、遥ちゃんはなにか見当違いなことを言われたかのような顔をして、パチクリと瞬きをしたのだった。
「律くん?」
ふいに、遥ちゃんが居住まいを正した。これまで夕焼け空を見つめていた少し緩めの表情が消え、大観覧車の狭いゴンドラのなかで、俺の目を真っ直ぐに見つめ返してくる。その瞳の奥にある、尋常ではない強い光に、俺の背筋が思わず緊張で伸びた。
「これは大切な話なので、ちゃんと聞いて欲しいんやけどね」
いつものおっとりした関西弁のなかに、どこか冷徹なまでの理知的な響きが混ざった。




