20 俺は君しか見ていない! カプリの丘の公開処刑と彼女との独占交渉権
よりにもよって、俺たちは俺のバイト先のレストラン『カプリの丘』で夕食を取ることになった。
言い出しっぺは、やっぱり一条綾乃だ。「折角の機会だから」と微笑んでいたが、何が折角なのか俺にはさっぱり分からない。ただ、「わたし、一度、水野くんのバイト先行ってみたかった」という遥ちゃんの鶴の一声で、運命は完全に決定してしまった。
まあ、関大の近くにある、ほぼ学生相手の気さくなレストランだ。店自体に気負う必要は全くないのだが、問題はそこではない。
「いらっしゃいませ──って、あれ、水野?」
出迎えた顔なじみのバイト仲間が、俺と、俺の後ろに続く三人の女子を交互に見て、すぐに「ほう……」と無言の笑みを浮かべた。さらに最悪なことに、店長まで厨房から顔を出し、まったく同じ「ほう……」というニヤニヤ顔を浮かべている。
次のシフトの時は、間違いなく根掘り葉掘り訊かれて釈明に追われるだろう。先が思いやられる。
俺たちは各々注文を済ませ、ドリンクバーからコップを運んで席についた。
席順はコモンズの時と同じ。俺と遥ちゃんが並んで座り、向かい側に綾乃と澪が座る。
「あの水野が、女子を三人も侍らせている」
ホールからも厨房からも、スタッフ全員の視線がそう物語っていた。最高に、死ぬほど居心地が悪い。
ちなみに、俺が彼女たちのことを苗字ではなく名前で呼び始めたのは、綾乃から「あんたら、仮にも交際(お試し)を始めたのに、お互い苗字で呼び合うのはおかしいで。中学生か!」と鋭い突っ込みが入り、さらに「ついでに、わたしらも名前で呼んでもらおうかしら」とどさくさ紛れの命令を下されたからである。
女子を名前で呼ぶなんて、これまでの人生で初めての経験だ。口にするたびに舌が絡まりそうになる。
「ところでさ。友達からって、ぶっちゃけなんなん?」
ドリンクバーのコップで乾杯して早々、綾乃が爆弾をぶっこんできた。
「えーと、それはやね……」
遥ちゃんが説明しようとするのを、綾乃が手のひらで制した。
「ちょっと待って。まずは、みずのんに聞いてみたい。友達として付き合うとは何ぞやと。普通の友達と、一体何が違うのん?」
完全に目を輝かせて面白がっている。
俺はうーん、としばらく真剣に考え、自分の胸の内にあった素直な想いを言葉にした。
「……会う口実を探す必要が、なくなったなと思った。これからは『課題があるから』とかじゃなくて、会いたいから会う。だって好きだから、って、堂々と言えるよね?」
「おっふ……」
隣で澪が絶句する。
「ちょ、みずのん!? いきなりのろけか! 私たちを殺す気かっ!」
綾乃は机を叩かんばかりの勢いでおおはしゃぎだ。
「はい次、つぎ! 遥!」
綾乃は手元にあったスプーンをマイク代わりにして、遥ちゃんの口元に向ける。
遥ちゃんは「そうねぇ……」と小さく顎を撫で、少し考えるようにしてから言った。
「『独占交渉権』を獲得したってこと、かな?」
「もう、たまに遥はよく分からんビジネス用語みたいなこと言い出すなぁ」
綾乃があきれたように笑う。
「つまり、友達と言えども交際しているうちは、わたしは他の男の子からの誘いは一切断るし、水野……律くんにもそうしてもらうってこと」
遥ちゃんは照れ隠しのように、少し早口で続けた。
「あ、なるほど。そのへんは、普通の交際の場合と同じということやね」
澪が深く納得したように表情を和らげる。
だが、すかさず綾乃の鋭い指摘が入った。
「でもさ、ただの『友達』やのに、他の女には近寄るなよってことやん? それ、ちょっと束縛厳しすぎひん?」
「そう? わたし、重い女かな……?」
遥ちゃんが急に不安そうな顔をして、上目遣いで俺のほうを見た。
その瞬間、俺の理性が弾けた。思わず遥ちゃんのほうに上半身を向け、その真っ直ぐな瞳を正面から見つめ返す。
「いや、そんなことはない! 俺は遥ちゃんしか見ていない。今までも、これからも!」
はっきりと、妙に芯の通った声で宣言してしまった。
「……ありがとう」
遥ちゃんは、ほほを少し赤らめ、消え入りそうな声で小さく呟いて俯いた。
「おっふ……」
澪が再び両手で顔を覆って絶句する。
「ちょ、みずのん! 死ぬ、もう無理! 甘すぎて胸焼けするわ!」
綾乃はますますおおはしゃぎしてのたうち回っている。
◇
「ねえ。律くんは、遥のどこが好きなの?」
運ばれてきたハンバーグを前に、澪が少し上目遣いで、探るように聞いてきた。
「いいねぇ、澪。ぶっこんでくるね〜!」
ドリンクバーのメロンソーダをストローでかき回しながら、隣で綾乃がはしゃぎだす。
「……明るくて、とても、可愛いところ、かな」
少し気恥ずかしさはあったが、俺は誤魔化さずに即答した。
「おっふ……」
またしても、澪が両手で顔を覆う。
「ちょっと澪! カウンター綺麗にもろてもうてるやん!」
綾乃が手を叩いてケタケタと大笑いした。
目の前の外野二人に絶句されようが笑われようが、こればっかりは一片の嘘偽りもない真実なのだから、仕方がない。
ところが──。
「そこやねん。」
隣から、思いもよらない静かなトーンの反応が返ってきた。
「そこ……とは?」
予想外の言葉に、俺は思わずハンバーグを切るナイフを止めて聞き返した。
「実はな、わたし、受験生の頃めっちゃ太ってたねん。もう、ほんまに悲惨やったんやから」
「あ、綾乃。今めっちゃ食いつきたそうな顔したけど、当時の写真なんか一枚も残ってへんからな? この世のどこを探しても存在せえへんから!」
「……でな、たぶんその頃のわたしやったら、律くんはおろか、他の誰も、わたしになんか見向きもせんかったと思うねん」
俺はふと、少し前に彼女が「運動はマストでありノルマ」と、気迫たっぷりに話していた姿を思い出した。
──そういう過去があったのか。だからあんなにストイックなのかと、今になって合点がいき、すとんと腑に落ちた。
「つまりな、今の律くんは、わたしの『表面』だけを見て好きになってくれたってことやん? だから、ほんまのわたしを知ったら、律くん、ひいてしまうかもしれへん」
遥ちゃんはグラスの縁を指でなぞりながら、少し寂しそうに視線を落とした。
「それと同じように、わたしも律くんのこと、まだなーんにも分かってないと思うねん。せやから、まずは『友達から』始めて、お互いのことを知るところ、理解するところから一歩ずつ進みたいねん」
不安げに揺れる遥ちゃんの瞳。その中にある切実な本音に触れて、俺の胸の奥が熱くなった。すかさず、俺は背筋を伸ばして宣言する。
「俺、これから、遥ちゃんのこと、もっとたくさん知っていきたい。だから、何でも話してほしい」
「……うん。ありがとう」
そう言って、遥ちゃんは嬉しそうに目を細め、俺を真っ直ぐに見つめ返してくれた。
「あ〜あ。なんか、綺麗に話がまとまってしもうたな」
澪がポテトを口に放り込みながら、少し拍子抜けしたような声を上げる。
「ほんまやなぁ。なんか無駄に真面目でピュアすぎて、酔いも冷めてしもうたわ」
綾乃が同意するように深いため息をつき、残りのメロンソーダをちゅーと飲み干した。
二人の外野の好き勝手な態度にあきれつつも、俺の心は驚くほど穏やかだった。
遥ちゃんが言う「本当の私」がどんなものであれ、俺の気持ちが揺らぐことなんて絶対にない。そう心の底から確信していた。
──ただ、この時の俺は、遥ちゃんの言う「本当の私(中身)」というのが、想像を絶するゴリゴリの「資本主義の覇道」であるということには、まだ気づく由もなかった。




