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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
大学生編

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20/26

20 俺は君しか見ていない! カプリの丘の公開処刑と彼女との独占交渉権

 よりにもよって、俺たちは俺のバイト先のレストラン『カプリの丘』で夕食を取ることになった。


 言い出しっぺは、やっぱり一条綾乃だ。「折角の機会だから」と微笑んでいたが、何が折角なのか俺にはさっぱり分からない。ただ、「わたし、一度、水野くんのバイト先行ってみたかった」という遥ちゃんの鶴の一声で、運命は完全に決定してしまった。


 まあ、関大の近くにある、ほぼ学生相手の気さくなレストランだ。店自体に気負う必要は全くないのだが、問題はそこではない。

「いらっしゃいませ──って、あれ、水野?」

 出迎えた顔なじみのバイト仲間が、俺と、俺の後ろに続く三人の女子を交互に見て、すぐに「ほう……」と無言の笑みを浮かべた。さらに最悪なことに、店長まで厨房から顔を出し、まったく同じ「ほう……」というニヤニヤ顔を浮かべている。


 次のシフトの時は、間違いなく根掘り葉掘り訊かれて釈明に追われるだろう。先が思いやられる。


 俺たちは各々注文を済ませ、ドリンクバーからコップを運んで席についた。

 席順はコモンズの時と同じ。俺と遥ちゃんが並んで座り、向かい側に綾乃と澪が座る。

「あの水野が、女子を三人も(はべ)らせている」

 ホールからも厨房からも、スタッフ全員の視線がそう物語っていた。最高に、死ぬほど居心地が悪い。


 ちなみに、俺が彼女たちのことを苗字ではなく名前で呼び始めたのは、綾乃から「あんたら、仮にも交際(お試し)を始めたのに、お互い苗字で呼び合うのはおかしいで。中学生か!」と鋭い突っ込みが入り、さらに「ついでに、わたしらも名前で呼んでもらおうかしら」とどさくさ紛れの命令を下されたからである。


 女子を名前で呼ぶなんて、これまでの人生で初めての経験だ。口にするたびに舌が絡まりそうになる。


「ところでさ。友達からって、ぶっちゃけなんなん?」

 ドリンクバーのコップで乾杯して早々、綾乃が爆弾をぶっこんできた。


「えーと、それはやね……」

 遥ちゃんが説明しようとするのを、綾乃が手のひらで制した。

「ちょっと待って。まずは、みずのんに聞いてみたい。友達として付き合うとは何ぞやと。普通の友達と、一体何が違うのん?」

 完全に目を輝かせて面白がっている。


 俺はうーん、としばらく真剣に考え、自分の胸の内にあった素直な想いを言葉にした。

「……会う口実を探す必要が、なくなったなと思った。これからは『課題があるから』とかじゃなくて、会いたいから会う。だって好きだから、って、堂々と言えるよね?」


「おっふ……」

 隣で澪が絶句する。


「ちょ、みずのん!? いきなりのろけか! 私たちを殺す気かっ!」

 綾乃は机を叩かんばかりの勢いでおおはしゃぎだ。


「はい次、つぎ! 遥!」

 綾乃は手元にあったスプーンをマイク代わりにして、遥ちゃんの口元に向ける。


 遥ちゃんは「そうねぇ……」と小さく顎を撫で、少し考えるようにしてから言った。

「『独占交渉権』を獲得したってこと、かな?」


「もう、たまに遥はよく分からんビジネス用語みたいなこと言い出すなぁ」

 綾乃があきれたように笑う。


「つまり、友達と言えども交際しているうちは、わたしは他の男の子からの誘いは一切断るし、水野……律くんにもそうしてもらうってこと」

 遥ちゃんは照れ隠しのように、少し早口で続けた。


「あ、なるほど。そのへんは、普通の交際の場合と同じということやね」

 澪が深く納得したように表情を和らげる。


 だが、すかさず綾乃の鋭い指摘が入った。

「でもさ、ただの『友達』やのに、他の女には近寄るなよってことやん? それ、ちょっと束縛厳しすぎひん?」

「そう? わたし、重い女かな……?」

 遥ちゃんが急に不安そうな顔をして、上目遣いで俺のほうを見た。


 その瞬間、俺の理性が弾けた。思わず遥ちゃんのほうに上半身を向け、その真っ直ぐな瞳を正面から見つめ返す。

「いや、そんなことはない! 俺は遥ちゃんしか見ていない。今までも、これからも!」


 はっきりと、妙に芯の通った声で宣言してしまった。


「……ありがとう」

 遥ちゃんは、ほほを少し赤らめ、消え入りそうな声で小さく呟いて俯いた。


「おっふ……」

 澪が再び両手で顔を覆って絶句する。


「ちょ、みずのん! 死ぬ、もう無理! 甘すぎて胸焼けするわ!」

 綾乃はますますおおはしゃぎしてのたうち回っている。


 

「ねえ。律くんは、遥のどこが好きなの?」


 運ばれてきたハンバーグを前に、澪が少し上目遣いで、探るように聞いてきた。


「いいねぇ、澪。ぶっこんでくるね〜!」

 ドリンクバーのメロンソーダをストローでかき回しながら、隣で綾乃がはしゃぎだす。


「……明るくて、とても、可愛いところ、かな」

 少し気恥ずかしさはあったが、俺は誤魔化さずに即答した。


「おっふ……」

 またしても、澪が両手で顔を覆う。


「ちょっと澪! カウンター綺麗にもろてもうてるやん!」

 綾乃が手を叩いてケタケタと大笑いした。


 目の前の外野二人に絶句されようが笑われようが、こればっかりは一片の嘘偽りもない真実なのだから、仕方がない。


 ところが──。

「そこやねん。」


 隣から、思いもよらない静かなトーンの反応が返ってきた。


「そこ……とは?」

 予想外の言葉に、俺は思わずハンバーグを切るナイフを止めて聞き返した。


「実はな、わたし、受験生の頃めっちゃ太ってたねん。もう、ほんまに悲惨やったんやから」

「あ、綾乃。今めっちゃ食いつきたそうな顔したけど、当時の写真なんか一枚も残ってへんからな? この世のどこを探しても存在せえへんから!」

「……でな、たぶんその頃のわたしやったら、律くんはおろか、他の誰も、わたしになんか見向きもせんかったと思うねん」


 俺はふと、少し前に彼女が「運動はマストでありノルマ」と、気迫たっぷりに話していた姿を思い出した。

 ──そういう過去があったのか。だからあんなにストイックなのかと、今になって合点がいき、すとんと腑に落ちた。


「つまりな、今の律くんは、わたしの『表面』だけを見て好きになってくれたってことやん? だから、ほんまのわたしを知ったら、律くん、ひいてしまうかもしれへん」

 遥ちゃんはグラスの縁を指でなぞりながら、少し寂しそうに視線を落とした。

「それと同じように、わたしも律くんのこと、まだなーんにも分かってないと思うねん。せやから、まずは『友達から』始めて、お互いのことを知るところ、理解するところから一歩ずつ進みたいねん」


 不安げに揺れる遥ちゃんの瞳。その中にある切実な本音に触れて、俺の胸の奥が熱くなった。すかさず、俺は背筋を伸ばして宣言する。


「俺、これから、遥ちゃんのこと、もっとたくさん知っていきたい。だから、何でも話してほしい」


「……うん。ありがとう」

 そう言って、遥ちゃんは嬉しそうに目を細め、俺を真っ直ぐに見つめ返してくれた。


「あ〜あ。なんか、綺麗に話がまとまってしもうたな」

 澪がポテトを口に放り込みながら、少し拍子抜けしたような声を上げる。


「ほんまやなぁ。なんか無駄に真面目でピュアすぎて、酔いも冷めてしもうたわ」

 綾乃が同意するように深いため息をつき、残りのメロンソーダをちゅーと飲み干した。


 二人の外野の好き勝手な態度にあきれつつも、俺の心は驚くほど穏やかだった。

 遥ちゃんが言う「本当の私」がどんなものであれ、俺の気持ちが揺らぐことなんて絶対にない。そう心の底から確信していた。


 ──ただ、この時の俺は、遥ちゃんの言う「本当の私(中身)」というのが、想像を絶するゴリゴリの「資本主義の覇道」であるということには、まだ気づく由もなかった。

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