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過酷バイトはもう嫌や! 働きたくない凡人女子高生、億り人おじさんと始める『一億円逆算投資戦略』  作者: しばたろう
大学生編

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17 俺の口が勝手にしゃべって困るのだが!ドキドキ食堂ランチと留年の危機

 総合学生会館『凛風館』。

 俺たちは一階のコモンズのテーブル席に並んで座り、お互いのノートPCを広げた。

 作業を始める前に、改めて、自己紹介をした。


「経済学部1年の吉川遥です。よろしくね」

「水野律です。同じく、経済学部1年」


 お互いに一礼する。そこで吉川さんが、思いついたように俺の顔を覗き込んできた。

「水野くんって、関西の人ではないよね? 」

「うん。名古屋出身。大学の近くで一人暮らししてる」

「名古屋から! こんなところまで?」

「うん。俺、名古屋大学落ちて。で、滑り止めでここに来たんだ」


 なぜだろう。いつもなら「関大は本命じゃなかった」という予防線を張るために、もっと尖った言い方をしてしまうのに、彼女の前では変に気取らない、乾いた事実だけが口から出た。


「名古屋大! すごっ! 水野くん、めっちゃかしこいやん!」


 吉川さんはパッと目を輝かせ、心底感心したように素直に驚いていた。その裏表のない反応に、俺は少しだけ救われたような、くすぐったいような気分になる。


 俺は照れ隠しも兼ねて、わざと話題を変えることにした。

「吉川さん、さっき講義の後、先生に何質問してたの?」

「ああ、あれ……見られてたんや、恥ずかしいわぁ。別に大したこと聞いてへんよ。円安は当分続くんですか? って、聞いててん」


 インフレ率の数式や、専門用語の定義でも訊いていたのかと思いきや、想定外に大雑把で、かつ生々しい時事質問だった。

「……なぜ、そんなこと聞いてたの?」

「うーん、今後の戦略の材料として、かな」


 戦略? 大学1年の前期に、そんな単語を口にする奴がいるだろうか。よくわからない答えだったが、それ以上は深く追及できなかった。



 その後、俺たちは一緒に昨日の統計学の宿題に取り組んだ。

 丁寧にレクチャーしながら、小一時間ほどで宿題をすべて完了させることができた。


 吉川さんは、宿題提出のアップロードボタンをパシンと勢いよく叩き、

「ふぅー! ほんま助かったわ。わたし、数学とかパソコンとか、ほんまダメダメやねん」

 と、深く椅子にもたれかかってため息をついた。


「経済学って、結構、理系の要素強いからね。」

「それやねん! まさに!」


 吉川さんは俺を指さし、にかっと白い歯を見せて笑った。

 昨日の絶望した顔、さっきの真剣な横顔、そして今の弾けるような笑顔。この女の子は、コロコロとよく表情を変える。


「よかったー、頼れる友達できてっ」


 その一言が、不意打ちで俺の心臓に深く突き刺さる。

(え、俺、友達……?)

 他人に壁を作り、関大の連中を見下していたはずの俺の胸の奥が、自覚もないままカッと熱くなった。


 そんな俺の急激な心情の変化など、彼女はこれっぽっちも気に留める様子はなく。


「あかん、頭使ったらお腹すいてきた。水野くん、この後ごはん食べに行かへん? 食堂、混む前に!」

「……いく」


 ──気づけば俺は、またしても、食い気味に返事をしていた。



 凛風館の二階にある食堂『ダイニングホール・ディノア』は、お昼前ということもあってまだそれほど混み合っていなかった。

 俺たちは空いている席をすんなりと見つけ、それぞれ注文したメニューをトレイに乗せて向かい合わせに座る。


 ──白状すると、女子と二人っきりで食事をするなんて、人生で初めてのことだった。

 心臓が肋骨の内側を激しく叩いている。緊張していることを絶対に悟られないよう、平静を装って箸を動かすだけで、もう限界だった。何を話していいのか分からず、俺は頭をフル回転させて、必死に会話の糸口を探す。


「そういえば、吉川さん。昨日、ラケットのケース持ってたよね? テニスか何か?」

「ああ、うん! バドミントン。サークルに入ってるんよ」

「そうなんだ。やっぱりサークルって楽しい?」

「うん、楽しいで! それに……」


 そこで吉川さんは、持っていたスプーンをピタッと止め、妙に引き締まった顔をした。

「わたしにとって、運動はマストやねん。もう、ノルマやねん」

「……なんか、すごい気迫だね」


 アスリートのような眼差しに圧倒されていると、吉川さんはすぐにいつもの笑顔に戻って首を傾げた。

「水野くんは? なんか部活とかサークル入ってへんの?」

「いや、入ってない」

「……バイトが忙しくて、サークルとか入る余裕がないんだ」


「すごっ! もうバイト始めてるん? 動き出しめちゃくちゃ早いやん!」

「うん。近くのレストランで、ウェイターをやってる」


 そうなのだ。俺は大学の授業が終わると、週に四~五日はそのままバイト先へと向かう生活を送っている。時給の良い夜のシフトに入り、なるべく自分で生活費を稼ぎたいと思っているからだ。


 少しでも、親の経済的負担を少なくしたかった。

 我が家は決して裕福なわけじゃない。それなのに親は、ただでさえ高い私立大学の学費を工面してくれた上に、こうして大阪で一人暮らしまでさせてくれているのだ。

 

 俺が、名古屋大学に合格していれば。いや、そもそもあんな無茶なチャレンジをせず、最初から安全な公立大学を受験していれば……。

 すべては、自分の実力に見合わない高望みをした、俺の身の程知らずのせいだ。

 それなのに親は、俺の不合格を責めるどころか、「関関同立に行けるだけでも十分立派だ」と、前を向くように優しく背中を押してくれた。

 

 親に対する申し訳ないという罪悪感と、それ以上の深い感謝が、常に胸の奥に(おり)のように溜まっていた。


 箸を止めて、一瞬だけ暗い思考に沈みかけた俺の目の前で、


「へぇー、ウェイターかぁ。水野くん、背ぇ高いしシュッとしてるから、制服めっちゃ似合いそうやね!」


 吉川さんはハンバーグを美味しそうに頬張りながら、実になんてことのない風に、きらきらとした言葉を投げてきた。

 


 7月。

 関西大学の1学期の定期試験が、いよいよ始まろうとしていた。

 俺は『凛風館』一階のコモンズのテーブル席に座り、ノートPCを開いて画面にデータを表示させていた。統計学の講師が講義中に「ここ、テストに出すかも」とぼそっと呟いた、例の重要課題だ。


「これですか~? うわさの課題とやらは!」


 左隣から、吉川さんが俺のPCの画面を覗き込んできた。

 ──近い。ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐり、俺はたまらず前方の画面を凝視して硬直する。


「すごい。すぐ出た。さすが、みずのん」


 すると今度は、右隣から一条さんが感嘆の声を上げた。

 ──もっと近い。左右から女子に挟まれる形になり、俺の理性はギブアップ寸前だった。


 今日は吉川さんと、その友人の一条綾乃さん──統計学の授業中、いつも吉川さんの隣で意識を失っている子──のふたりに、テスト前の重要課題の解説をしてあげることになっていた。


 俺は内心の動揺を必死に隠しながら、時間をかけてひと通り丁寧に数式の意味やExcelの操作方法を説明していく。


「よくわかった。ありがとう、みずのん」

 一条さんが、さっぱりとした顔でノートを閉じた。すると、

「いやぁ、水野くんがいてくれて、ほんま助かる~!」

と、吉川さんも大きく深く頷いて同調する。


「みずのんがおらんかったら、わたしら、1年目から留年してたかもしれへんなぁ」

「ほんまやなぁ。そして、そのまま学校にも来なくなり……」

「数年後、北新地で、鳴かず飛ばずのキャバ嬢の姿で発見される、みたいな?」

「それ、いくらなんでも落ちぶれすぎやろ」


 そんな彼女たちを掛け合いにくすっとなりながら、俺は(……いや、助けてもらっているのは、俺のほうだ)としみじみ思っていた。


 吉川さんが持つ学部やサークルのコネクションを通じて、いつの間にか俺の周りには複数の友人ができていた。大学の連中を見下し、「孤高の一匹狼(ぼっち)」を決め込んでいた入学当初の俺と比べたら、これは奇跡に近い大きな進歩だ。


 そして迎えた、初めての定期試験。

 真面目に授業に出てノートを取っていた俺だったが、大学のテストはそれだけで太刀打ちできるほど甘くはなかった。経済学部の試験は範囲が広く、難易度も高校で習う科目の比ではない。過去の出題傾向を知らなければ絶望するような内容ばかりなのだ。


 それを救ってくれたのが、吉川さんたちが「はい、これ去年の過去問!」と回してくれたテスト情報だった。

 もしあのまま一人で壁を作って孤立していたら。情報戦に負けて、本当に留年していたのは──俺のほうだったかもしれない。



 最近、学校に来るのが明確に楽しみになっていた。


 入学当初の、第一志望だった名古屋大学落ちを引きずり、(こじ)れた自尊心を抱えながら煮え切らない思いで正門をくぐっていたあの頃が、今では嘘のようだ。


 ただの義務として、死んだ魚のような目でキャンパスに通っていたあの頃のモノトーンの景色が、今は驚くほど色鮮やかに俺の目に映る。


 そして、その景色の中心には、いつだって彼女──吉川遥がいた。


 あの統計学の授業の日、不意に声をかけられたあの瞬間から、彼女は俺の味気ない学生生活に鮮明な色彩をもたらしてくれたのだ。


 あれ以来、俺はキャンパスにいるとき、無意識のうちに彼女の姿を探してしまっている。


 大人数がひしめき合う大講義室。

 昼時で賑わうダイニングホール・ディノア。

 学生たちが行き交う芝生広場。


 視界のどこかに、あの小さくておっとりとした背中や、コロコロと変わる豊かな表情を見つけるだけで、胸の奥がトクンと跳ね上がる。


 ──もう、認めなければいけないだろう。


 俺は、彼女のことが、好きだ。 

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