12 わたしを海に連れてって!わくわくドライブデートと映える彼女のがんばる横顔
8月のうだるように暑い日。
舞香ちゃんが、わたしをドライブに誘ってくれた。おじちゃんの車を借りて、わたしを海に連れていってくれるというのだ。
ここ最近のわたしといえば、ダメダメな模試の結果と体重爆増というダブルパンチを食らい、すっかり滅入っていた。そんな、わたしの様子を察して、気分転換にと声をかけてくれたのだった。
目指すは、神戸の須磨海浜公園。リニューアルしたばかりのおしゃれな水族館「神戸須磨シーワールド」や、青い海を間近に眺めながら食事ができる洗練されたカフェがある、神戸でも有数の人気観光スポットだ。
映える。
夏らしい爽やかなワンピース姿で、ハンドルを握って颯爽と車を走らせる舞香ちゃんは、同性のわたしから見ても本当に可愛くて、そして最高にかっこいい。
(もしもわたしが男なら、こんな完璧な女の子とドライブデートなんてできたら、間違いなく天にも昇る気持ちになるやろな……)
助手席からそんな眩しい横顔を眺めているうちに、ふと、ずっと気になっていたことを聞いてみたくなった。
「なあ、舞香ちゃん。いま、彼氏とかおるの?」
「ふふ、おらへんよ」
舞香ちゃんは前方を見つめたまま、鈴が転がるようにあっさりと笑った。
「ええーっ、なんで!? 舞香ちゃん、絶対にめっちゃモテるやろ?」
「ふふ、まあ、ちょくちょく声はかけられるけどな」
「やっぱり!」
「でもな、なかなかそこから『恋愛』にまで発展せえへんのよねー」
それは、わたしにとってかなり意外な返答だった。これだけの美貌と知性を持っていて、男の人が放っておくわけがないのに。
「なんで発展せえへんの?」
「うーん、そうやねえ……」
舞香ちゃんは赤信号で車を止めると、少し考えるようにトントンとハンドルを指で叩いた。
「女子の医学部生ってな、付き合うってなったら、どうしても最初から『真剣交際』を求めがちなんよ」
「そうなん?」
「そう。交際とか結婚っていうライフイベントが、自分の医師としての将来のキャリアプランに、もう最初からガチガチに組み込まれてしまっているのよ。だから、気軽に『ちょっと付き合ってみようや』って寄ってきた男の子からしたら、少し重たいんやと思うわ」
「ええ?、重たくないって! わたしがもし男やったら、舞香ちゃんとなら明日にでも結婚したいって思うけどなあ」
「ふふ、ありがとう。遥にそう言ってもらえると心強いわ」
「じゃあさ、舞香ちゃんって実際、どんな人がタイプなん?」
きっと理想も高いに違いないと身構えていると、彼女は青信号になった道路に車を進めながら、穏やかに言った。
「そうやねえ。見た目がどうっていうよりは、とにかく『価値観』が合う人がええなあ」
「価値観?」
「そう。具体的に言うたら、お互いの『お金』と『子育て』に対する価値観」
「うわ、いきなり現実的なんきた!」
思わず突っ込むわたしに、舞香ちゃんは楽しそうに笑いながら言葉を続ける。
「これはな、お父ちゃんからの受け売りなんやけど。『結婚相手を選ぶときは、お金と子育ての価値観が一致する人を選びなさい』って言われてて。お金を何に使って、貯蓄や投資はどうするんか。子どもの教育は高卒で十分って考えるのか、それとも高い学歴を目指させたいのか、てね」
「なるほどなあ……。お金と子どものことって、一番夫婦でもめそうなポイントやもんね」
「そう。特に医学部生って、ええとこの子が多いからな。家柄とか、代々お医者さんの家系とかで、価値観がかけ離れてしもうてる場合が多いんよね。そういうのを頭の片隅で色々考えながら男の子を見てしまうから、なかなか交際までいかへんわけよ」
ははは、と自嘲気味に笑う舞香ちゃん。
けれど、わたしは思った。舞香ちゃんなら、次々と寄ってくる男どもを片っ端からふるいにかけて、いつか必ず最高の理想のパートナーを見つけ出すことができるに違いない。
車の窓の向こうには、夏の太陽にキラキラと輝く須磨の青い海が広がってきた。
(うちの舞香ちゃんを射止めるのは、一体どんな男なんやろ。──世の男ども、根性みせや!)
わたしは助手席から応援の念を送りつつ、久しぶりの海の解放感に、模試や体重の悩みもすっかり忘れて笑顔になっていた。
◇
新しくリニューアルした『神戸須磨シーワールド』は、すっかり見違えるような姿になっていた。
小さい頃に一度だけ連れてきてもらった記憶があるのだけれど、当時はもっとこう、古めかしくて雑然とした場所だったように思う。しかし、いま目の前に広がる景色はまるで違っていた。洗練されたおしゃれな水槽の中に、これまたおしゃれな魚たちが優雅に泳ぐ、最先端のデートスポットへと見事に生まれ変わっている。
周りを見渡せば、仲睦まじいカップルや楽しげな家族連れでどこもかしこも賑わっていた。
そんな中、おしゃれな水槽を熱心に覗き込んでいる舞香ちゃんの姿は、周りの誰よりもひときわ美しく見えた。
──映える。
その横顔があまりにも絵になりすぎていて、わたしはしばらく見惚れてしまった。
それからわたしたちは、ふたりで並んで「すごいなぁ」「綺麗やなぁ」と何度も感嘆の声を上げながら館内をぐるりと回った。ダイナミックなイルカとシャチのパフォーマンスでは、他のお客さんたちに負けないくらい全力で歓声をあげて盛り上がった。
水族館を出たあとは、心地よい海風を感じながら海浜公園をのんびりと散歩し、海の見えるテラスカフェでランチをとることにした。
視界の先には、雲一つなく晴れ渡る空と、太陽の光を浴びてきらきらと輝く青い海。
「ええとこやね~」
舞香ちゃんが眩しそうに海原を眺めながら、穏やかな吐息を漏らす。
「ほんまやね~」
わたしも彼女の隣で、同じように深く息を吐き出した。
「舞香ちゃん、今日は誘ってくれて、ほんまにありがとう。おかげでめっちゃ元気出てきた」
「ううん、気にせんといて。わたしも良い気分転換になったし、一緒に来られてよかったわ」
「舞香ちゃん、やっぱり最近、学校忙しい?」
「うん。2年生になってから、一気に専門科目が始まったからなぁ。課題もテストも急に増えてめっちゃ大変やねん。ほんまびっくりするわ」
そう言って少し苦笑いする。たしかに最近の彼女はいつも忙しそうだ。でも、努力家な舞香ちゃんなら、きっとこの高い壁も乗り越えていくのだろう。
しかし、舞香ちゃんの話を聞いているうちに、わたしの胸の中に不思議な感情が湧き上がってきた。
もちろん彼女が『医学部』という特殊で過酷な環境にいるから、というのは大いにあるのだろう。それでも、「大学生=サークルや遊びに明け暮れるもの」という、いままでわたしが何となく抱いていた安易なイメージを根底から覆されるような、ちょっとしたカルチャーショックを受けていた。
舞香ちゃんはたしかに大変そうで、毎日必死だ。けれど、こうして苦労しながら知識を蓄え、確実に、この大学時代に自分自身の価値を高め続けている。自分の将来のために、今という時間を一歩一歩、全力で進んでいる。
その姿が、今のわたしには少しだけ羨ましく、そして誇らしく思えた。
「まぁ、がんばるけどな!」
いたずらっぽく拳を握ってみせる舞香ちゃん。
前を向いてそう笑う彼女の横顔は、照りつける夏の午後の太陽よりもずっと眩しく見えた。




