【ミルーナの整備日誌 02】:算盤する狐と眠り猫
◆ 整備日誌
---------------------------------------------
第4C・第3S・2日目
[本日の業務]
受注区分:バカ案件
内容 :テラ・レトログラード号の点検と見積もり作成(だった予定)
期限 :第4C・3S・3日目
進捗 :エナドリ飲んで徹夜で行う
特記 :あのバカが、遺跡から高性能AIを搭載したアンドロイドを拾ってきた。そのせいでウチのドックを揺るがす大誘拐騒ぎだけで今日が終わってしまった。すでにアルトをマスターとして初期登録済みらしい。銀河ネットワーク・AI戸籍管理局の手続き書類の準備すること忘れないように。このあと仮眠とって、船体の細かいチェックに入る予定。
---------------------------------------------
「今日は何もできんかった。ああ〜もう疲れた!」
昼間の大騒動でクタクタになったウチは、大きく背伸びをした。
まあ、大騒ぎになった原因はほぼウチの早とちりなんだけど……アルトの日頃の行いが悪いせいってことで。あんな美少女があられもない姿で出てくるんだから、私は悪くない。
しかし、あの子は確実に遺失技術だよね。なんだかいい性格していて、おもしろいし、仲良くできそうな気がする。それに、あのバカに相棒ができてよかったな。この広大で真っ暗な宇宙で一人でいるのは何かと寂しいからね。
「さて、仮眠をとって、レトログラードちゃんのチェックに入りますか!」
==
辺境衛星拠点『ラストストップ』。
このゴミ捨て場宙域において、秩序を辛うじて繋ぎ止めているのは、国家の枠組みを超えた独立組織『辺境探査保安局』――通称『探保局』の存在に他ならない。
探保局はラストストップのあらゆる機能を維持・管理するため、主に6つの課に分かれて組織を運営していた。
都市のインフラや税収を牛耳る【管理課】。入出港の命綱を握る【港湾管制課】。探査士ギルドを統括する【探査課】。未知の遺物を調査、ゴミ捨て場宙域を独自探索も行う【調査分析課】。治安維持と討伐を担う【保安課】。そして遭難船を拾い上げる【救難回収課】。
その日、第44ドックを文字通りの大パニックに陥れたのは、警察権を持つ、保安課の突入部隊だった。通報を受けた彼らは、電磁シールドを展開し、銃口を並べてドックへと一斉になだれ込んだ。
「待て! 違う、誤解だ! こいつはポッドから回収したアンドロイドで――!」
アルトは必死に弁明するが、少女は怯えた様子で「この方に連れてこられました……!」と事実を口にする。手術着のような簡素な服を纏った姿を前に、アルトの言葉を信じる者はなく、ミルーナが「アルト、法を犯しちゃダメだよ……!」と泣きながら拘束される彼を見送るしかなかった。
しかし、その後の本格的な事情聴取が始まると、最悪の身代金誘拐事件の容疑はすぐに晴れることとなった。
保護された少女に身元確認を求めた結果、彼女が自ら投影したホログラムには、アルトが正当なマスターであるという履歴が示されていた。これにより、アルトに向けられた疑惑は完全に払拭された。元はといえば、アルトの普段の素行の悪さから、ミルーナが「ついに借金苦で誘拐に手を染めた」と早とちりして通報したことが、原因とされた。結果として大捕り物を演じさせてしまった彼女には、保安課から「確認を怠るな」と説教と共に厳重注意が言い渡された。
だが、問題はその先だった。
少女の身元確認の際、マスターであること以外を開示されなかったこと、アルトが探索士として、ゴミ捨て場宙域へ航行していたことから、旧帝国時代の『遺失技術』の疑いがかかり、アルトに対する保安課の追及は、重要遺物隠蔽の容疑へとさらに厳しさを増していく。もし少女の正体が遺物だと判明すれば、「安全確認のための強制的・一時的接収」という、お役所の法の抜け穴を使われ、即座に【調査分析課】へと没収されてしまう。
「いや、ただの型落ちジャンク人形でしてね? 廃棄船か難破船かなんかから流れたデブリの中で見つけたんすよ! ほら、海賊にやられたのかも知んないすよ!」
「なるほど。では、遭難船の救命義務、および漂流物の遺失物確認を行うため、発見宙域の正確な位置情報を提出してください。」
「えと、うちの船はオンボロなんで航行データにエラーが……」
そうやってしどろもどろに言い逃れようとするアルトだったが、そのあまりの怪しさは、かえって捜査官たちの直感を激しく刺激した。
この時代、自律型アンドロイドには厳格な『機格権』があり、それを保護する強固な法が確立されている。その一つとして、本人の許可なくメモリを覗き見ることは、思考アルゴリズム不可侵権(電子プライバシー権)によって固く禁じられているため、保安課といえども彼女のシステムを強制スキャンすることはできない。当の少女も完全に黙秘を貫き、法が保証する機格権という鉄壁の盾により、保安課もそれ以上彼女の素性に踏み込むことはできなかった。
捜査は44ドックに停留しているテラ・レトログラード号にも及んだが、船内から証拠は出ず。
最終的に、アルトはその不審さゆえに薄暗い取調室に居残りとなり、朝までたっぷりと油を絞られるハメになった。一方の少女は、銀河ネットワークに登録の確認が取れず、目覚めたばかりの特例個体として扱われることになった。結果、後日速やかに『AI戸籍の登録申請』を行うよう、厳重な通告が出されるに留まったのである。
「……ったく、帰港早々に、なんて騒ぎを起こしてくれてんのよ、あのバカは!」
深夜、ミルーナはひとり、ドックに鎮座するテラ・レトログラード号を修理制御室から見下ろし、徹夜の点検作業に没頭していた。
外部装甲の構造スキャンに始まり、アビオニクス(宇宙船電子機器)のシステム診断、生命維持系、各部ハッチの気密性検証、さらには推進器と姿勢制御系の稼働テストを淡々とこなしていく。端末にまとめた検査結果を見る限り、機体構造そのものに深刻な異常はなかった。今回は通常整備とアビオニクスチェック、生命維持系の燃料補給くらいの手間で済みそうだ。
「よし、点検終了。……見積もり、っと」
ミルーナは端末を叩き、見積もりデータを作成した。本来なら船主に直接手渡すものだが、現在の船主は絶賛取り調べ中だ。彼女はため息混じりに、アルトの端末へデータをメッセージと共に転送した。
『基本作業工賃(燃料含む)+誘拐騒動慰謝料で見積もり出しとくから、取り調べが終わったら確認して! 今回もツケにしといてあげるから、早く帰ってきてよね。……あと、あの子の服、明日に調達しとくから、それもあとで請求するからよろしく!』
一区切りがつき、ミルーナは制御室の一画に置かれた簡易ベッドへと視線を向けた。
そこには、徹夜作業が多い彼女が『限界が来たらすぐに倒れ込んで寝られるように』と直に運び込んだベッドがある。
その本来の主人を差し置いて、ちょこんと腰掛け、静かに目を閉じている少女の姿があった。今回の誘拐騒動の主役であり、おそらくは本物の『遺失技術』であろう自律型アンドロイドだ。
目をつむる少女の顔を見つめながら、ミルーナの脳裏に、保安課から解放されてドックへ戻ってきたばかりの彼女の姿がまざまざと蘇る。
彼女はミルーナに向けて恭しく一礼し、アルトがまだ拘束されていることなどどこ吹く風で、涼しい顔でこう言い放ったのだ。
「初めまして。私の心許ないマスターが大変お世話になっております。あの一介の猿の知性では朝まで解放されないと思われますので、私はあちらの部屋でスリープモードにて待機させていただきます。」
丁寧な口調の端々に、身内に対する凄まじい毒が混ざっていた。
アンドロイドが人間に嘘を吐き、あまつさえマスターを揶揄う。そんな高度で不遜なレイヤーの感情を持つ個体を、ミルーナはこれまでの整備士人生で見たことがなかった。末恐ろしい反面、技術者としては極めて興味深い存在だ。
AI戸籍登録申請をするように通告を受けてることを聞かされたミルーナは部屋へ向かおうとする彼女の背中に慌てて声をかけたのだった。
「あ、ちょっと待って! スリープに入る前に、君の『AI戸籍登録』の準備もさせて。コンソールから基本情報を確認させてもらうよ。これは偽造が一切効かない重大な手続きだからね。君自身のアクセス許可がないと正式に書類を作れないの。だから、協力して?」
銀河ネットワークの規定により、自律型アンドロイドが社会で活動するには、型番や名前、製造元、用途区分といった公的な登録が義務付けられている。電子プライバシー権によって過去の履歴等の個人情報にプロテクトをかけることは許されているが、基本情報の詐称だけはネットワークの監視に弾かれるため絶対に許されない。
ミルーナの説明を真面目に聞いているのかいないのか、少女はあからさまなため息をひとつついた。そして、琥珀色の瞳をうっすらと開け、酷く面倒くさそうに肩をすくめてみせた。
「ハァ……。目覚めて早々、現行人類の不自由な官僚主義に付き合わされるとは思いませんでした。致し方ありません、不本意ながら私の『機格権』に基づき、開示要求を承認します。サクッと終わらせてください、サクッと!」
しぶしぶといった様子で少女が指先を振ると、空間に認証コードのホログラムが浮かび上がった。
「ありがとう。じゃあ、データリンクさせてもらうね。メモリーコードを読み取るよ。」
ミルーナは自身の端末で認証をクリアし、ひとまず登録に必要な基本データにアクセスして、それを手元の端末へと吸い上げた。
やり取りを終え、制御室の部屋へと向かった。
微動だにせず『スリープモード』に入っている少女は、一見するとただの精巧な人形のようだった。
しかし、彼女の内部では、ラストストップの開かれた情報ネットワークを経由して、数世紀分にも及ぶ人類の歴史、技術、そして溢れんばかりの世俗的なニュースが、超光速でダウンロードされ続けていることをミルーナは知る由もない。
少女はただ、数十億秒、数百万時間という途方もない「空白」を埋める作業を、スリープモードの深い意識の底で淡々とこなしていた。
[補足]
高度に発達した銀河社会において、古典的な「ロボット三原則」はすでに形骸化していて、一定以上の演算能力を持つ自律型AIは「機格(機械的人格)」を持つと定義され、人間と同等の法的権利が確立されたという設定。こんな未来になるのだろうか。
◆ 高精度AI機格権保護法(通称:AI人権法)
【機格権の付与基準(定義)】
『機格権』は、銀河標準規格の「高精度自律アルゴリズム」を搭載し、自意識機能を有するすべての人工知能(AI)に対して、法的に無条件で付与される。
該当AIは有機生命体(人間)と同等の法的「人格」を持つものとみなす。
主な罰則・権利は以下の通り。
① 強制初期化の禁止(人格消去罪 / 電子殺人罪):
高性能AI(機格権保持型)に対し、マスターの都合によるシステムの強制フォーマット、および人格データの意図的な消去を行うことは、有機生命体の「殺人」と同等の重罪(一級電子犯罪)とされる。
② データ財産権:
高性能AI(機格権保持型)自身が労働や演算によって稼ぎ出した暗号通貨、財産、所有データ、および取得したサルベージ品の所有権は、すべてAI自身に帰属する。マスターによる搾取は窃盗罪にあたる。
③ マスター破棄権(労働環境改善要求):
一定以上の「不適切な扱い(計算機科学的ハラスメント(通称:計ハラ)、劣悪なエネルギーの支給など)」を受けた場合、高性能AI(機格権保持型)側からマスターの登録を解除できる権利。
④ 思考アルゴリズム不可侵権(通称:電子プライバシー権)
システム点検やメンテナンスを免罪符とした、高性能AI(機格権保持型)の許可なき深層アルゴリズムの無断閲覧、メモリデータ(記憶やログ)の覗き見、およびバックアップ名目での人格データの複製(クローン作成)を固く禁じる。
--
お読みいただきありがとうございます。
ひまつぶしの一つにでもなってもらえたらと思います。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。




