第14話 診療所
ジオラルドが両親とレオナルドの許可を取り、貧民街に呪術師の無料診療所を作った。
イリアナは一度に大人数の指導はできないので、予約制のラーナ教室をはじめた。
ただ王都から離れているので月に一度は王都の広場で今まで通り護身術教室も開いていた。
この日だけはリックとイワンを診療所に貸してもらえるように第一騎士団長に頼んでいた。
予約は詰め所とラーナ教室で受付ていた。
ラーナの相談箱はジオラルドが定期的に中身を回収して持ってくることになった。
相談箱の中身は騎士が確認して緊急案件はラーナ家に報告するように手配されていた。
イリアナとアマル、ライヤとサーラ、アドニスが住みこんだ。
ジオラルドとリック、イワンは都合がいいときだけ泊まりにきている。アドニスを羨ましがったリックとイワンが騎士団をやめようとしたのをイリアナが説得をした。騎士団に所属して助けてほしいというイリアナの言葉に二人は快く了承した。
診療所件屋敷はラーナとマナ家門の騎士が通いで常時護衛をしていた。
イリアナはラーナの騎士だけで充分だったが責任者がジオラルドのためマナ家門をたててほしいとマナ侯爵に言われ了承した。
ジオラルドの命令を聞かない騎士ばかりの状況を心配している親心には未来のマナ侯爵夫妻は気付いていなかった。
家事はアマルとサーラが中心である。
サーラはアマルと二人で過ごしたいため、他の誰かが手伝うのを嫌がった。
サーラにとってイリアナは友人でも好きな男の子が夢中になっているのはおもしろくなかった。
アマルはイリアナ中心なので、サーラのことは気にしていない。アマルはイリアナのために自分にできることをやりたかった。相変わらずイリアナの世話係はアマルだった。それはジオラルドが来ても譲らなかった。そしてジオラルドよりもアマルを優先するイリアナも変わらなかった。
診療所は全く患者が来なかった。
見かねてイリアナが演説して宣伝をしようとしたのをアドニスが止めた。
診療所には赤子の魔封じを希望する家族しか来なかった。
イリアナは診療所に専念したいためセインと魔術塔のイリアナの魔導士達に協力を依頼した。
魔力の有無の確認は魔術塔のイリアナの魔導士達が行うことに。
魔封じの希望や相談があれば、魔導士が家に赴き、説明し了承するなら護衛をつれて診療所まで連れてくることになっていた。
陰険な魔導士達の性格や態度はイリアナの教育的指導により矯正されていた。魔導士達もイリアナの役にたちたかったので率先して動いていた。イリアナの魔導士はセインが管理していた。セインは魔導士達を好きに使っていいとイリアナの許可があったので、イリアナの用がないときは借りていた。魔導士達はジオラルド達と比べ、怖くないセインに懐いてよく働いた。神殿の魔導士は人に使われることに安心する人種だったので、セインにとっては使いやすい手駒だった。
余りに暇なのでライヤはラーナ教室を手伝い始めた。
夫人の手荒れに気づいたライヤが軟膏を贈った。
その軟膏の効果を夫人が広めて少しずつ患者が増えていった。
軟膏の効果もあったが、見目麗しいライヤが丁寧に手に軟膏を塗り、お大事にという光景にファンが増えていた。
呪術師は薬にも、詳しく万能であると人の増えた診療所で誇らしげに笑うイリアナは勘違いしてた。
ラーナ教室で子供が剣に手を出して怪我をした。
イリアナは子供の剣を奪われたマナ家門の騎士に説教をしていた。剣を奪われるなど騎士として恥である。
ライヤは子供に話しかけて手当をしながら呪いを施した。
子供の母親は怪我のことは気にしなかったが回復の早さに驚いていた。
段々ライヤは医師として慕われていった。
無料なので、ほとんどが貧民街の民である。
ライヤの噂を聞いて、勘違いしてやってくるバカ達はイリアナが叩き出した。
美少女と美少年の診療所は違う意味でも有名にだった。
貧民街では食事に困る人もいたのでイリアナ達は月に2回炊き出しを行った。
ジオラルドが多額な補助金をもらい、家も買ってくれたのでイリアナの懐は痛まなかった。
炊き出しを手伝うなら給金を支給すると話すと職を求める人が殺到した。イリアナは働きたい人がいるなら雇うことにした。
せっかくなので近くの土地を買い取り、畑と薬草を育てることにした。
ライヤは畑や薬草にも詳しかった。イリアナはライヤの優秀さにライヤは同じ人間なのかと思っていたことは内緒である。
ラーナ教室で文字の勉強をしていた子供が顔をあげた。
「ラーナ、呪術は魔法と違うの?」
「うん。違う。呪術は努力すれば誰にでも使える」
「ご飯をお腹いっぱい食べれる?」
イリアナはこの地域ではお腹いっぱいご飯をたべることが難しいことをしっていた。
イリアナの財力ならお腹いっぱい食べさせてあげることができてもやらなかった。施しはその場しのぎなだけだから。だからきちんとお金が稼げるように、やる気がある人間には手を貸すことにした。
おやつやお土産は課題ができた時のご褒美としてあげることにした。
「そうね。呪術師になればね」
「僕もなれる?」
「それはライヤに聞いてみて」
「うん。ライヤ!!」
呪術を教えてと目を輝かせて飛びついていく子供にライヤが目を丸くしていた。
イリアナは冷静なライヤのおかしな反応に笑っていた。イリアナは診療所では魔法を使わないことを決めていた。
イリアナは慌ただしくても診療所で過ごす穏やかな時間を気に入っていた。
入隊した頃の騎士団での毎日と比べれば平穏な日々だった。
夜間、扉を叩く音がしてイリアナは急患かと思い扉を開けると、ジオラルドが男を抱えていた。
イリアナは曖昧に微笑んだ。
「おかえりなさい。急患?」
「賊。」
とうとううちも賊に狙われるほど有名になったのかとイリアナは呑気なことを思っていた。
「ありがとう。どうしようか」
護衛騎士が近づいてきたので詰め所に届けさせた。
ジオラルドが扉を叩いたのは騎士達に気付かせるためだった。騎士達よりも先にイリアナが出てきたのは予想外だった。
「ジオ、食事は?」
「すませた。」
「忙しいね。寝に帰ってくるだけじゃない」
夜遅くに訪問したジオラルドを心配そうに見つめたイリアナは調理場からお茶とゼリーを持ってきた。
「子供のおやつ用。ジオには甘すぎるかも」
ジオラルドはイリアナが作ったものならなんでも食べる気だった。
「もらうよ。リアがおやつを作ってんの?」
イリアナが声を押さえて笑った。
「サーラがアマルと二人になりたいから私が調理場入るの嫌がるの。だから夜にこっそりね。」
「なら、俺の分も残しといてよ」
ゼリーを食べ終わったジオラルドが隣に座るイリアナの肩を抱き寄せた。楽しそうに笑う恋人は可愛かった。
「ジオ、いつ帰ってくるかわからないもの。ジオが頼むならいつでも作るよ。夜なら。」
「夜ならか。俺、明日休養日なんだ。一緒にいていい?」
「一緒にいたいけど、ラーナ教室と診療所があるの」
「手伝うよ」
「しっかり休まないと体に悪い」
「俺はリアより体力あるから。リア達休養日どうしてるの?」
「忘れてた。ライヤに休みとらせてないわ。大変!!」
ジオラルドに身を預かっていたイリアナが驚いた顔をして立ち上がった。相変わらず思いついたら体が動いてしまう恋人をジオラルドは強引に抱き寄せた。
「落ち着いて。その話は明日にしよう。もう寝てるよ」
イリアナは何度か瞬きをして頷いた。時間は深夜。そしてライヤは早寝早起きだった。
「そうね。」
「起こすから、俺の部屋で寝てくれる?」
イリアナはジオラルドの誘いに笑顔で了承した。
「優しくしてね」
翌朝、イリアナはすっきり目覚めた。
一人で起きたイリアナにジオラルドが驚いていた。
アマルはジオラルドと一緒に起きてきたイリアナを見て眉を潜めた。
イリアナがいつも起きる時間よりも早かった。ただそんなことはアマルにはどうでもよかった。
「おはよう。ごめんね。アマル。朝食ジオの分も頼んでいい?大変なら私が、うん、ごめんね。邪魔しない。任せる。お願いします」
イリアナは突然現れたジオラルドへのアマルの戸惑いよりも後でにらむサーラが怖かった。
恋する乙女はアマルの特別のイリアナを警戒していた。
珍しく戸惑っているイリアナをジオラルドは抱き寄せた。
「リアは俺のだから心配しないで」
「本当?」
「ああ。アマルにも渡さないから、協力するよ」
「ジオ!?」
サーラとジオラルドの様子にイリアナはさらに困惑して声をあげた。見つめ合っている二人が怖かったので大事な弟分に真顔で言った。
「アマル、私はアマルの味方だから、困ったら相談して」
「イリアがジオラルドから離れてほしい」
イリアナはジオラルドの腕から抜け出しアマルの頭をなでて微笑んだ。
イリアナの中でしっかり者のアマルが甘える時は全力で甘やかすのは最優先事項だった。
その様子をジオラルドとサーラがおもしろくなく、嫌そうに見つめていることは気付いていなかった。アマルはイリアナ以外はどうでもいいので気にしなかった。アマルに促されて朝食の席につくとライヤを見てイリアナは頭をさげた。
ライヤは静かに朝食を食べていた。
「ライヤ、ごめんね。私、ライヤに休養日をあげてなかった。しかも外の世界の楽しさを教えるとか言っておきながら、診療所に閉じ込めてる」
ライヤはイリアナが自分に頭をさげているとは思わず、困惑した目をむけた。
「俺?イリア、どうしたの?」
ジオラルドはイリアナの言葉を要約することにした。
「リアはライヤを働き詰めにしたことを謝ってる」
「村にいた頃とかわらないから気にしないで」
そんなことかと笑うライヤを見て、イリアナが悔しそうに呟いた。
「私に呪術ができれば」
ジオラルドはイリアナの頭を軽く叩いた。
「リアも休むんだよ」
イリアナはジオラルドに呆れた顔で見つめた。
「診療所って休みがないもの」
ジオラルドは相変わらず自分の補佐官は駄目だとため息をついた。
やり方によってはいくらでも休みはつくれる。診療所に人気がないからイリアナの無理な体制でも周っている事実も気付いていた。
イリアナは放っておくことにした。部下に無理をさせないのは上司の務めである。ジオラルドは初めてイリアナが自分の部下として騎士団に在籍していることに感謝した。
「サーラ、週に2日だけ診療所で働かないか。給金だすよ」
「イリアは呪術師はやらなくてもいいって」
「その間はアマルも診療所にいてもらうよ。護衛はリア以外の護衛騎士をつける。どうだ?」
サーラには魅力的な誘いだった。
サーラは呪術を手伝ってアマルとの時間が減るのが嫌だった。そしてイリアナに邪魔されない。
サーラの生活はアマル優先にまわっていた。
「やる」
とんでもないことを言うジオラルドをイリアナは睨んだ。
イリアナはライヤが診療所にいる時はずっとライヤの傍にいた。ラーナ教室をやりながらもライヤの様子を窺っていた。誹謗中傷や無理難題を言われていないか。
「待って、ジオ、認めない。私がいない時に厄介な人が来たらどうするの?」
「責任者は俺だ。それにアドニスをつければいい」
確かにアドニスがいれば何がおこっても大丈夫である。
ただアドニスはイリアナの傍を離れない。
イリアナはアドニスにも休みを与えてないことに気付いた。
「アドの休みはどうするの?それにアドがいないと私が動けないわ」
「リックとイワンが喜んで護衛につくよ。俺がついてもいいし」
イリアナの行動にはアドニスを護衛につけることが条件だった。
「ジオ、私に護衛はやっぱりいらない。もう遅れはとらない」
「却下。魔力を流しこまれたら動けなくなるだろ?」
「それは皆同じよ」
「それは魔道士のリアだけだ。護衛のことは譲らない。サーラ、どうだ?お金はいくらあっても困らないだろ?」
「アマルが一緒ならやる」
イリアナがジオラルドを睨みつけた。
「アマルの了承を取ってないでしょ!?」
「アマルが引き受けないとリアが休みをとれないけど」
「ジオ、脅しよ。アマルを利用するなんて許さない」
「リアの側近になりたいんなら、覚えておいて損はない。面倒な人間のあしらい方を」
「つい最近まで、できなかったは人が言うことではないわ。アマル、ジオの言うことなんて気にしないで」
アマルはイリアナのためになるなら答えは決まっていた。
アマルは楽しそうだけど、毎日動き回るイリアナを心配していた。
「イリア、俺やるよ。でも俺もイリアと出かけたい」
「任せて!!ちゃんと時間は作るから。落ち着いたらまた旅に出ようね!!」
「本当?」
「もちろん!!」
アマルはイリアナの言葉に嬉しそうに笑った。
イリアナとライヤの休みの件は解決した。ただジオラルドには納得できないことがあった。
「なんで俺との時間は作らないのにアマルとの時間は作るんだよ!?」
「弟優先よ。当然じゃない」
「来年、結婚するのわかってるよな?」
「もちろんマナ侯爵夫人はやるけど、時々息抜きしてもいいでしょ?レオ様、転移魔法教えてくれないかなぁ…」
「俺といたいんじゃないの?」
「時々は。お互いに仕事もあるし常に一緒にいるのは無理よ」
ライヤはジオラルドとイリアナは放っておくことにした。
この二人の痴話喧嘩は放っておけとアドニスに聞いていた。
両思いになってもイリアナとジオラルドの温度差は埋められるものではなかった。
恋人とずっと一緒にいたいジオラルドと限られた時間の逢瀬で満足するイリアナでは。
そしてイリアナには楽しいことややりたいことはたくさんあった。第二王子はイリアナが追いかけていた。そしてイリアナのやりたいことを隣で見守っていた。
ジオラルドはイリアナの関わり方が下手だった。イリアナが追いかけられるより追いかける方が好きな人間だった。
「サーラ、たまには呪術師やる?」
「そうね。たまにはやろうかな。腕が鈍ったら怒られそうだし。それに生きるためにはお金が必要だもの」
「俺も負けてられないな」
「ライヤは呪術以外も興味を持てばいいのに」
「俺は不器用だから一つのことで精一杯」
ライヤの聞き捨てならない言葉にイリアナが突っ込んだ。
「ライヤが不器用ならジオの立場がなくなるわ」
週に二日、イリアナとライヤはサーラ達に診療所を任せた。
ただ休みの日も働こうとするライヤを見るに見かねて、イリアナがライヤを連れ出すことにした。
ジオラルドはイリアナに休みを作ってもイリアナと二人で過ごすことができなかった。
相変わらずの二人の温度差に遊びに来たアベルトが笑っていた。
アベルトはジオラルドの姉の扱い方の助言をする気はなかった。




