第12話 調教
イリアナは第一騎士団長室に呼ばれた。
第一騎士団長室には、第一騎士団長だけでなく、第二騎士団長とジオラルドもいた。
イリアナはここでも両騎士団長から視線を注がれていた。
「ラーナ、アドニスをラーナ付きにするよ」
「第二騎士団長?」
「第二騎士団の業務は心配するな」
第二騎士団ではアドニスが頻繁に抜けるため、非常に業務に支障をきたしていた。
ラーナ家からの知らせはアドニスに届けられ、イリアナのために騎士団に所属しているアドニスはイリアナのためなら、どんな重要な業務でも放置し体調不良で早退する。
昨日も、アベルトから連絡を受けたアドニスが抜け出したのをジオラルドとリックが知り、追いかけた。
両騎士団長はイリアナにお目付け役が必要だと判断し、業務に支障のない一番の適任者がアドニスだった。
第二騎士団長はマナ侯爵として尋ねた。
「イリアナ、本気で魔導士の面倒を見るのか?」
「私の始めたことですから、不満がでるのは仕方ありません」
二人の無言の見つめ合いにジオラルドが割り込んだ。
「父上、俺が面倒みますよ。国にもイリアナにも害しかないなら、斬ります」
「ジオ、大丈夫なのか?」
「お任せください。隊長、小隊長室と牢を使ってもいいですか?」
「好きにしろ」
牢と聞いて不思議そうな顔をしているイリアナに痛い視線が集まった。
「イリアナ、呪術で魔力を封じて無罪放免にはさせない。彼らは法を犯している」
「ラーナも、もう少し切り捨てることに慣れるといいんだけど」
「隊長、性格的に向かないでしょう。その返は俺が引き受けます」
「ジオはラーナに甘いな」
「すみません」
「ラーナ、ジオの言うことしっかり聞いて単独行動は禁止だ。魔導士達と一人で会うのも禁止だ」
イリアナは3人の言葉に理解が追いつかなかったけど頷いた。
ただまた問題児扱いされてることは理解した。
「わかりました。」
「ジオラルド、無理なら相談しなさい」
「はい。父上」
ジオラルドとイリアナが小隊長室に戻りしばらくすると、アドニスが第一騎士団小隊長室に魔封じされた魔導士達を連れてきた。
「マナ小隊長、アドニスがいるので仕事に戻っていただいて」
「ラーナ」
「失礼しました」
「お前は!?」
魔導士の一人がイリアナを見て声をあげると、アドニスが腹を蹴りあげた。
「アド!?」
「口の聞き方に気をつけろ。自分達の立場わかってるんだろ?」
「神殿の保護にある俺達に手が出せるはずないだろ」
「神殿からは追放。マナ侯爵家の婚約者への殺人未遂の罪の重さわかるよな?」
「この魔女に誑かされてるのか」
「口の聞き方に気をつけろ」
イリアナはアドニスとジオラルドが醸し出す冷たい空気にのまれていた。
アドニスとジオラルドはイリアナに傷をつけた魔導師は死刑で良かった。
イリアナとは長い付き合いのアドニスさえ、ガーゼだらけのイリアナなど片手の数しか見たことがなかった。
『怖い…………』
イリアナは殺気には慣れていても拷問には慣れていなかった。
イリアナは震えそうな体に気合を入れて、優雅に笑い魔導師の前に立った。
「レオナルド様は貴方達の命を私に託すそうです」
「呪いを受けて、自由の身にすると?」
「罪を犯した貴方達にはそんな選択肢はありません」
「俺達を飼い殺すと?」
「はい。他に選択肢はありません」
「言うこと聞くと思ってんの?」
イリアナに蔑む笑いを浮かべる男を許さない者がいるとはイリアナは気付いていなかった。
「ラーナ、やめろ。見込みがない。お前の見てない所でやるよ。他の奴らも同じでいいか?もともと処刑される人間だ」
「処刑?」
「神殿はお前らを見捨てたよ。貴族に手を出せば死刑は当然だ」
「うそだろ。俺達は」
『ジオは優しいけど厳しい人。本当なら迷わず処刑する。でも見逃しているのは私の我儘を叶えるため』
イリアナはジオラルドを見て絶望した顔の魔導士に視線を戻し、優しく笑みを浮かべた。
「神殿のためを思っての行動でしょ?でも貴方達は見捨てられた。私の手を取るなら見捨てない。今は無理でもいずれ自由にしてあげる」
「それを信じろと?」
「私の手を取るしか生きる道はない。私は貴方達を殺したくない。私も、レオナルド様に飼い殺される魔導士だから貴方達の気持ちはわかるの。だから、飼い殺されるなりの幸せを見つけようよ。私には人質がいるけど貴方達はいないの。私よりよっぽど自由になれるのよ。だから私の手を取りなさい」
魔導師はイリアナの言葉に唖然とした。
人質を取られて、動いているようには見えなかった。
イリアナは幸せそうに見えていた。隣国からスカウトされて、王子に気に入られ、我儘放題している魔導師に見えた。
上司の神官達がイリアナが邪魔だと囁いていた。
魔女イリアナの計画を潰せと。さすれば神の心に添えるだろうと。
ただ失敗し、見捨てられた。
神殿では金と魔力が全てだ。後から入ってきたやつにも見下され使われる。この生活がそれ以上ひどくなることは悪夢だった。上司の語る、イリアナがおこそうとする悲劇は恐怖しかなかった。ただ上司の言う悪い魔女には見えなかった。
一人の魔導師がポツリと呟いた。
「俺達は中級にさえならない魔導士だ。神殿でも最下層の人間だ」
イリアナはポツリとこぼした魔導師の前にしゃがみ視線を合わせた。
「私は将来、子供達に魔力の扱いを教えてくれる魔導士がほしい。基礎さえ教えればその先は本人の適性と努力次第よ。私は貴方達が必要なの。手を貸してくれない?」
「必要?手を貸す?」
魔導師がイリアナの言葉に興味を浮かべたことに微笑んだ。
「ええ。私にもこの国にも呪術師も魔導士必要なの。神殿なんかに飼い殺される人生はやめましょう。可愛いお嫁さんをもらって結婚して家族を作ればいいじゃない?」
「お嫁さん?」
「家族?」
女に興味がありそうな魔導師の言葉を聞いて、イリアナは首を傾げて妖艶な笑みを浮かべた。
婚活のためにイリアナはたくさんの女性を観察してきた。
「それに、神官より私に仕えるほうがいいでしょ?」
イリアナが女慣れしてない魔導士達を魅了しようとするのに気づいたジオラルドが口を挟んだ。
「ラーナ、色仕掛けしたら処分するからな」
イリアナにとって色仕掛けとは体を重ねることだった。
「したことありません」
ジオラルドは全く意図がわかってない不服そうに見るイリアナを放っておくことにした。
赤面した魔導師の前に座り込むイリアナを無理矢理立たせて後ろに控えさせた。
「俺は処分したいんだけど、俺のイリアナが願うから見逃してるのを覚えておけ。俺は嫉妬深いから邪な気をおこしても処分するから」
「脅しはいけません。小隊長だってむさ苦しいお爺様より美女に仕える方がやる気がでるでしょ?」
「俺はラーナ以外はどうでもいい」
ジオラルドの背中から抜け出してイリアナは魔導師達に向き直った。
「小隊長も普段は優しいから心配しないで。どうする?私も自分の臣下には優しいですよ。成果があるならご褒美あげますよ。女慣れの練習にデートくらいなら」
「リア?」
幼い頃から騎士と共に育ったイリアナは男の生き甲斐は酒と女と金と思っていた。
この男には第二王子は含まれていない。
恋する乙女は非常識の塊である。
先程から邪魔をするジオラルドをイリアナは困った顔で見つめた。
「神殿の魔導士って男女交流禁止でしょ?多少教育しないと可愛いお嫁さんはもらえません」
「お前、それを俺が許すと思ってるの?」
ジオラルドに睨まれてイリアナは危険を感じ取り下げた。
イリアナは時々ジオラルドに寒気を感じることがあり、寒気がする時は逆らってはいけないことを身を持って知っていた。
「形だけ、ごめんなさい。やめます。私の時間はジオのものだから怒らないで」
イリアナとジオラルドのやり取りに埒があかないためアドニスが介入することにした。
「女遊びなら俺が教えるよ」
「アドが?」
「まぁ彼らがイリアナ様の満足する働きをして望むなら。報酬の話は後にして、どうする?イリアナ様に仕える?俺達も暇じゃないからさっさと決めて。裏切ったり逆らったりすれば殺すから。俺はイリアナ様ほど甘くない」
魔導士達はどっちを選んでも地獄しか残ってなかった。
今、死ぬか、イリアナの手を取るか。
魔導士達はイリアナの手を取ることにした。
イリアナの後ろで殺気を放つジオラルドとアドニスを見ると頷くしかなかった。死を選んでも自分達が簡単に殺してもらえるとは思えなかった。
魔導士達が逃げないようにイリアナが受けた呪いを施した。
これはジオラルドが譲らなかった。
呪いの発動はライヤにしかできない事実は話していない。
「その呪い、呪術師に手を出したら発動して、死ぬから気をつけろよ。自分の立場を忘れるなよ。死刑が保留になっただけだ」
魔導士達はジオラルドとアドニスに怯えていた。
自分達がまずい相手に手を出したことをようやく気づいた。
魔導士達はジオラルドとアドニスに睨まれ過ごすうちに、優しいイリアナに絆されていった。
魔導士達はイリアナの合格が出るまで牢屋で生活させられていた。
神殿で戒律に縛られ生活していた魔導士達にとっては、牢屋での生活は快適だった。
何もしなくても食事と寝床がある。理不尽な命令もない。蔑む言葉も聞かない。
イリアナの訓練も昼間だけである。
朝から働き詰めの神殿生活とは大違いである。
牢屋での生活に不満を言わずに、満足する魔導士達を不憫に感じたイリアナは差し入れするくらいしかできなかった。
同情して魔導士達に優しくなったイリアナに妬いたジオラルドの態度が余計に厳しくなったことをイリアナは知らない。
イリアナは魔導師達はもう問題ないと思った。真面目に訓練し、イリアナにも逆らわない。呪術師のライヤにも礼をとる。監視の必要性を感じなかった。何より牢屋から出したかった。
「ジオ、もう魔導士達は大丈夫だと思うの。牢屋での生活も可哀想だし、ラーナ家で保護か魔術塔入りどっちがいいかな?」
「さすがに罪人だからラーナ家で保護はできないよ。魔術塔入りできないか殿下に確認するよ」
「私がレオ様に話しにいくよ」
「俺に任せて。リア、忙しいだろ?」
「ジオのほうが忙しい」
「俺はリアが側にいるから調子いいんだ。ちゃんと許可をとってくるから任せて」
「ジオ、ありがとう」
ジオラルドは邪魔な魔導士達の魔術塔入を歓迎し、手を回した。
イリアナに任せて、魔導士達をラーナ家で預かることになるのは許せなかった。
ジオラルドは自分のいない所で、イリアナが他の男と関わるのを許容できる男ではなかった。
イリアナはジオラルドの思惑を知らずに、頼もしい婚約者に感動していた。
イリアナの調教という名の教育を終えた魔導士達は魔術塔に預けられた。
イリアナは魔導士達に将来子供達の教師になるための実力をつけなさいと命令をだして有事の際だけ借りることにした。
牢屋での生活に満足していた魔導士達の魔術塔への引っ越しの説得にイリアナは苦労した。
この話を聞いた魔術塔の魔導士達は彼らに同情していた。
イリアナに涙目で彼らを頼みますと手を握られ頭を下げられた魔導士長は引いていた。
ジオラルドがイリアナを引き離して慰めて美味しい思いをしていた。
ジオラルドの思惑など知らないイリアナはこの件から頼もしい恋人に甘えるようになった。
この件で美味しい思いをしたのは、イリアナに振ら回され周囲から同情の目で見られていたジオラルドである。
魔導士の教育中はイリアナが常に側にいて、時々尊敬の目を向けてくる。
ジオラルドはイリアナさえ側にいれば幸せな人間だった。




