第11話後編 魔導士
神殿の魔導士に遅れをとったイリアナはジオラルド達に救助されマナ侯爵邸に連れてこられた。
イリアナは湯浴みをして、寝たかったけど許されなかった。
イリアナは体を拭くのだけは許してもらい、体を拭きながら風の魔法と杖でできた青あざや切り傷を見て、苦笑していた。
着替えが終わると、目の据わったジオラルドが部屋で待っていた。
イリアナは目の据わったジオラルドに服を脱がされ、傷を消毒され、薬を塗られガーゼを貼られた。
ジオラルドの手当に小さい傷に大げさすぎると思っていたが、口を挟める雰囲気ではなかったので、イリアナは言葉を呑み込み我慢した。
イリアナは手当てをされながら、恥ずかしさと不甲斐なさに襲われて死にそうだった。
色んな意味で晩餐に参加する気力はないイリアナに、ジオラルドは部屋で軽食を食べさせていた。
「自分で食べる」
イリアナの言葉を無視して、ジオラルドはイリアナの口にスプーンを運んだ。
イリアナは諦めてされるがままを受け入れた。
食事を終えても、不機嫌なジオラルドにイリアナは頭を下げた。
「すみませんでした」
「何に対して?」
「油断しました。一般の民相手に遅れを取らないって、過信しました。一歩間違えればライヤを巻き込んでいた…」
「自分が殺されかけたのわかってる?」
「あれは…」
視線をそらして言葉を濁すイリアナに、ジオラルドはゆっくりと話した。
「わかってないな。リアのやりたいことは支えるよ。でもリアが命の危険にさらされるなら潰すよ」
「え?」
ジオラルドはイリアナの頬に貼ったガーゼにそっと触れた。
「俺もアベルトも殿下も最優先はリアの安全だ。こんなにボロボロになるほど、リアを危険な目に合わせてまで成し遂げたいことではない」
イリアナは軽傷でありボロボロではないと反論したかったが、怒っているジオラルドに我慢した。でも大事なことだけは伝えるために口を開いた。
「レオ様の命令」
「殿下を説得したのはアベルトだよ。リアからの手紙を読んで根回しし、うちが後見で支えることを条件に殿下は受け入れた」
レオナルドが簡単に了承したことは違和感があったが事情を知らなかったイリアナは絶句した。
イリアナはラーナ家で保護したいことしかアベルト宛ての手紙には書いてなかった。
『手紙って、アルは私が帰国して説明する前にわかってたの…………?
レオ様、呪術師のことはよく知らないって嘘だったの…………。
マナ侯爵家が貢献でラーナ家も噛んでるとすれば』
「これ、失敗できない」
イリアナが呆然とこぼした言葉にジオラルドは呆れた。
自分の補佐官ってこんなに駄目だったかと考えて、イリアナはとんでもない問題児だったことを思い出した。
ジオラルドはイリアナが最近は問題を起こしていないからすっかり忘れていた。
「違うよ。内密に進めていることだから家の失態にはならない。俺はリアがこのままなら潰すよ。明日にでも特別任務を取り下げてもらう。今まで通り俺の補佐官をしていればいい」
ジオラルドが本気で言ってることにイリアナは呆然とした。
「取り下げなんて」
「できるよ。リアは俺の正式な婚約者だ。殿下に申し出れば簡単だ。ライヤ達は村に帰せばいい。そしたらお前の呪いも解呪してもらえる。」
「でも、私が諦めたら」
「誰も困らないよ。国はそれで回ってきたんだ」
ジオラルドの言葉がイリアナの胸に突き刺さった。
魔導師の悲劇、引き離される家族…。
困らないのじゃなくて、見て見ぬフリをしているだけである。
イリアナはジオラルドを睨みつけた。
「余計なことって言いたいの!?」
声を荒げるイリアナをジオラルドは静かに見つめた。
「リアを危険な目にあわせてまでやることじゃない」
「ジオだって魔力に苦しめられた」
「それはそれで運命だし、支障はなかったよ」
「私のしたことは余計なお世話だったの!?」
「リアが俺のことを思って動いてくれたのは嬉しいよ。ただ俺に相談もせずに勝手に旅立ったのが答えだろ?」
イリアナはジオラルドが望んでないことを気づいていた。
イリアナの自己満足と改めて突き付けられ、冷水を頭から被ったように、沸騰していた血が冷たくなった気がした。
勢いがなくなり、黙りこんだイリアナをジオラルドは抱き寄せて静かに囁いた。
「リア、俺はお前と生きたい。そのためならなんだってするよ」
イリアナはジオラルドに大事に想われている自覚はあった。
イリアナを庇い、躊躇いもなく刺されたジオラルドの胸の鼓動に耳を傾けながらポツリと零した。
「ジオはもっと、自分を大切にするべきよ」
「その言葉をそのまま返すよ」
「私にはジオほどの価値はない」
ジオラルドは自己評価の低い、わからずやの恋人には言い聞かせるしかなかった。
「俺が大切にしたい唯一はリアだけだ。リアが自分の価値がわからず、蔑ろにするなら常に俺が側にいるしかない」
「できないのに?」
「騎士団辞めるかな」
イリアナは呆れてジオラルドの胸から顔を上げた。
「バカ。マナ侯爵嫡男がなにを言ってるのよ!?」
「俺は家とイリアナならイリアナを選ぶよ。リアを守るのに権力が必要だからマナ侯爵になるけど」
イリアナはジオラルドを冷たい視線を向けた。
「その言葉をマナ家臣が聞いたら失望する。侯爵家嫡男の自覚が足りない」
「務めは果たすよ。俺が何を思って動こうが俺の勝手。だろ?」
「ありえないわ。見直したのに」
「本質は変わらない。どうする?」
「ジオの中で答えが決まってるのに聞くのはずるい」
「まだ続ける?」
ジオラルドが本題に戻した。
イリアナはこのままうやむやにしてしまうつもりだったが、今回はジオラルドのほうが上手だった。
このままだとイリアナの計画が潰されるため、イリアナはジオラルドの様子を見ながら必死に考えた。
「マナ侯爵家には情に訴えろ」という敬愛する小隊長の言葉を思い出した。
イリアナは冷たい視線をやめて、目を潤ませてジオラルドを見つめ直した。
「今度からは気をつけるから。お願いジオ」
ジオラルドはイリアナに弱い。
イリアナから頼られることなどほとんどない。
冷たい目線のイリアナが突然雰囲気を変え、甘さを込めた潤んだ瞳で見られたら厳しい目で見つめ返すなんてできなかった。
ジオラルドの据わった目から解放されたイリアナは勝利を確信した。
ただ最後まで油断はできないため、言質を取るまでは見つめ続けた。
「俺かアドニスの同行が条件だ」
「他の騎士は?」
「リアの無茶を止められないから認めない。特にラーナの騎士はアドニス以外はリアに絶対に逆らわないだろ?」
「なんで知ってるのよ…………でも、私に振り回されたらジオが倒れちゃう」
「そしたらリアが看病して」
「ずるい」
「貴族はずるいんだろう?」
「最近のジオは可愛くない。アドかジオと一緒なら続けていい?」
「さすがに可愛いはちょっと。ああ。次はないからな」
イリアナはここで満足すべきと悟った。
満面の笑みを作ってジオラルドの首に手を回して抱きついた。
「ジオ、ありがとう!!」
ジオラルドは調子の良いイリアナに笑った。
イリアナが悪いとわかっていても、余裕のあるジオラルドの態度におもしろくなかった。
イリアナは腕を解いてジオラルドに軽く口づけた。
唇を離そうとすると深くなる口づけに慌ててジオラルドの胸を押して離れた。物足りない顔をするジオラルドにイリアナは残念そうに見つめた。
「ジオ、つまらない」
「足りないってこと?」
「違う。最近全然顔が赤くならないし、余裕あるし。もしかして」
ジオラルドは恐る恐る自分を見るイリアナの額に口づけた。
「飽きてないし、俺は一生リアだけだよ。年下のリアに翻弄されてるなんて情けないだろ?」
「私は可愛いジオが好きだったのに」
「でも今の俺も好きだろ?」
「否定はしません。でも面白くない」
子供のように膨れるイリアナにジオラルドは笑った。
「我儘だな。俺はお前に夢中だよ」
「ぶれないね」
「そろそろ休んだほうがいいか。またな」
「ジオ、行くの?」
「一緒に寝たいの?」
「違う。驚いただけ」
「仕方ないな。起こしてやるからゆっくり寝ろ」
寂しそうに見つめることに気づいてない恋人にジオラルドはニヤける顔を我慢した。
イリアナは自分の隣に横になり、伸びてくる腕に身を委ねた。
ジオラルドの腕の中で眠ったイリアナには翌日お説教が待ってることを忘れていた。
****
ジオラルドは腕の中でぐっすり眠るイリアナに声をかけた。
「リア、起きて、リア」
「ジオ?」
「朝だよ。起きて」
「もうちょっと」
「一緒に休む?」
「それは、だめ。でも寝たい」
ジオラルドは苦笑して、イリアナの服を脱がせて、擦り傷と打撲だらけの体を見て殺気を抑えた。
ガーゼを換え、着換えをさせ、イリアナを膝にのせて髪をまとめているとようやくイリアナが覚醒したので、声を掛けた。
「おはよう」
イリアナは状況がわからずに首を傾げた。
「なんで?」
「寝てたから」
返答の意味がわかなくても、イリアナはジオラルドが支度を整えてくれたことはわかった。
「ありがとう」
「食事に行こう。食べる時間があるなら寝てたかったとか許さないから」
「心を読まないでほしい。なんで男の人は食事に厳しいの」
「リアが無頓着すぎるんだよ」
イリアナが頬のガーゼを剥がそうとすると手をジオラルドに強引に繋がれて、移動するとイリアナは首を傾げた。
部屋には二人分の食事の用意しかしてなかった。
「マナ侯爵夫妻は?」
「俺達の邪魔はしないって」
「ご挨拶しないと」
「いらないよ」
マナ侯爵家は相変わらず自由すぎると思いながら時間もないのでイリアナは食事を始めた。
食事を終えるとイリアナが顔のガーゼを取ったので、ジオラルドに顔の傷の手当を再びされ、新しいガーゼを貼られた。イリアナの手当てもガーゼもいらないという言葉は無視された。押し問答で遅刻するわけにはいかないとイリアナは諦め、一緒に出勤した
「ラーナ、殿下がお呼びだ。至急来るようにと」
「わかった。ありがとう」
イリアナはレオナルドの執務室の扉の中を見て絶句した。
中にはレオナルドとセインに両騎士団長、ジオラルドがいた。
「入っておいで。礼はいらないけど、そこだと話せないから」
イリアナはレオナルドに任務を頼まれると思っていた。
レオナルド以外の顔を見て、勘違いであり昨日の件がイリアナの想像以上に大きくなっていると察した。
イリアナはレオナルドにも報告がいくとは思っていなかった。
「この度は申し訳ありませんでした」
「イリアナ、迂闊だったね」
「以後気をつけます」
イリアナに突き刺さる視線が痛かった。主にセインからの視線が。
沈黙が場を支配し、しばらくしてジオラルドが口を開いた。
「これからはラーナに護衛をつけます。迂闊なことはさせないようにします」
「その辺は騎士団の判断に任せるよ。聞きたいことは捕らえた魔道士はどうするかだ」
「慣例通りで宜しいかと」
「死刑か」
厳重注意と賠償金かと思ったイリアナはレオナルドを凝視した。
セインが一人だけわかっていないイリアナの様子にため息を堪えて説明した。
「イリアナ、お前の立場は平民じゃない。爵位はなくても元シュナイダー王国第二王子婚約者でラーナ侯爵令嬢、マナ侯爵家嫡男の婚約者。そんなお前を平民が殺人未遂、わかるよな?」
殺人未遂は罪が重い。
特に平民が貴族相手に犯したなら極刑である。
わかっていてもイリアナの計画のためには魔導師達を死刑にさせるわけにはいかなかった。
「殺意があったかわかりません」
「暴行され、剣を向けられた。この事実だけで充分だ。監禁だけでも重罪だけどな」
たいした傷を受けていないと弁明しようとするイリアナの反論をセインが封じた。
「イリアナ、うちとしても嫡男の婚約者への手出しだ。厳しい裁きを求めるよ」
マナ侯爵がイリアナに諭すように言葉をかけた。
ジオラルドのためにも、イリアナに手を出すことの危険性を周知しなければいけなかった。
「傷は転んだだけです。それに私の命が複数の魔道士の命より重いとは思えません。レオ様、私よりも、残りの魔道士のほうがきっとお役に」
「イリアナ、わかってるよね?」
レオナルドの冷たい視線に味方がいないことを悟った。
ガーゼまみれのイリアナが、そんな大変な事件は起こっていませんとはどう説得しても無理があった。
イリアナは唯一助けてくれそうなジオラルドを見ても涼し気な表情で見られるだけだった。
イリアナは必死に考えた。
『ここで魔道士達が処刑されるのはまずい。
もともと全然うまくいってないのに、さらに私の計画に支障が…………。それに殺せば余計な怨恨が…………。うん。あれしかない』
イリアナは唯一の抜け道に賭けようと決め、社交用の笑顔を作ってレオナルドを見つめた。
「レオ様、処刑するなら、その魔道士の命を私にください」
「イリアナ?」
「殺すならレオ様の為に利用しましょう。貴重な魔道士ですもの」
周囲から駄目な子を見る視線が注がれても、永遠のような沈黙にもイリアナは負けるわけにはいかなかった。
イリアナはこの中で一番説得できそうなジオラルドを見つめた。
「ジオラルド様、魔道士達の調教は小隊長室で行います。ジオラルド様の側で私に危険はありますか?」
ジオラルド以外は負けると確信した。
ジオラルドがイリアナに弱いことは有名である。
「殿下の命に従います」
ジオラルドの答えにマナ侯爵は息子の頼もしさに感動した。
ただ、その感動は一瞬だった。
イリアナは瞳を潤ませて悲しい顔でジオラルドを見つめた。
ジオラルドはまずいと思い、イリアナから視線をそらした。
「ジオ、お願い…ジオ、駄目ですか」
悲しそうな声で呼ばれ、ついイリアナの顔を見てしまったジオラルドは視線をそらせなかった。
泣きそうなイリアナに暫く見つめられジオラルドは折れた。
イリアナはジオラルドが泣き顔に弱いことも知っていた。
「殿下、俺が見張ります。駄目なら責任もって始末します」
イリアナは成功したけど聞き捨てならない言葉に思わず首を傾げた。
「始末?」
「当然だ。不要な者は処分して当然だし、それだけのことはしたんだ。これ以上は譲歩できない」
イリアナはジオラルドか敵には容赦ないことを思い出した。
「私は興味ないから任せるよ。ジオに任せれば大丈夫かな。死体は魔術塔で預かるから」
『死体?
私、殺すつもりないけど…。
どうしようかな。魔術師を育てる教師にできるように調教するしかないかな。
今更だけど、私は大きくなる子供達の成長を待ち面倒を見るほど、時間は残されてないよね…。
待って、レオ様、魔導師の命に興味ないのに、なんで執務室に呼び出したの?
魔道士の事で話がって言ってたよね?』
混乱しているイリアナをジオラルドが誘導して、退室することにした。
イリアナは自分がレオナルドの玩具とされているとは気づかなかった。
また家に帰るとセインとアベルトからの恐怖のお説教が待っていることも気づかなかった。




