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傷心令嬢の鬼ごっこ  作者: 夕鈴
第二章

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第10話 特別任務

特別任務扱いになったイリアナは子供達の護衛術教室を再開した。

ラーナ家の騎士が手伝ってくれるので、騎士団の協力はいらなかったため、勤務の調整も楽だった。

両騎士団にイリアナに忠実な騎士がいるため、両騎士団の詰め所に相談箱を置き、護衛術教室で相談箱の宣伝をした。

魔道士として騎士として、この相談箱の内容で裁くことはないと公言し、相談箱にも明記した。


特別任務中のイリアナは第一騎士団小隊長補佐を辞任したかったが、第一騎士団長もジオラルドも誰からの了承も得られず、第一騎士団小隊長補佐のままである。

帰国後も変わらず補佐の仕事はリックが引き受けてくれていたが、第一騎士団所属のままのため、イリアナは行動するにはレオナルドか第一騎士団長の許可のもと動くことが決まりだった。

相談箱は詰め所番の騎士達が回収し、小隊長室に持ち込み、イリアナが確認する流れだった。

イリアナは相談箱の中身を開けて、中身を読みながら呆然としていた。

ジオラルドは小隊長室で勤務時間が終わったことさえ気づかずに頭を抱えているイリアナに苦笑した。


「大丈夫か?」

「マナ小隊長すみません」

「もう勤務時間は終わってるよ。上司としての言葉じゃないよ。なにがあった?」


イリアナは小隊長補佐らしくない態度にジオラルドに謝罪した。

時計の針が想像以上に進み驚いたが、マナ小隊長ではなくジオラルドとしての言葉に大きなため息を溢した。


「私、魔力持ちの情報を集めたかったのに、全然駄目。子供達からの手紙や家族の苦情も許すよ。でも恋愛相談なんてわからない」


悩んでいるイリアナの手元にある何枚かの紙を読んだジオラルドは固まった。


「場所を借りてラーナの相談場所でも作ればいいのかなぁ。欲しい情報が全然集まらない」


熱烈なイリアナ宛ての恋文に気付かず、恋の相談と処理しているイリアナの提案にジオラルドは首を横に振った。

他の男の恋文に悩むイリアナはおもしろくなかった。

ジオラルドはイリアナが他の男になびくとは思わないが、後日牽制することを決めた。


「意味はないと思うけど、そのうち収まるから放っておけ。ほら」


イリアナの気分を上げるために、念のため用意したものが役に立ちそうだとジオラルドは笑みを浮かべ、懐から取り出した一枚の紙をイリアナに差し出した。


「この家、子供が産まれてから、一度も子供が外に出たことはないんだって」


イリアナが恋文を置いてジオラルドに驚いた顔を見せた。


「ジオ、なんで…」

「手伝うって言ったろ?」


頼もしいジオラルドにイリアナは感動し、紙を受け取り立ち上がった。


「ありがとう。行ってくる」

「それは明日にして帰ろう。リア、俺としては結婚が一年を伸びて不満なんだけど、送り迎えだけはしてもいい?」


イリアナは急いでいくほどの案件ではなかったため、不服そうに見つめてくる恋人に苦笑した。


「ジオ、帰りはともかく、朝は大変よ」

「俺はリアと違って寝起きはいいし、できる時だけ。駄目?」

「ジオは言い出したら聞かないものね。いいけど、遅刻しそうなら置いていってね。小隊長が遅刻なんて示しがつかない」

「わかってるよ。殿下の命令とはいえ一年か…。」

「ごめんなさい」

「いいよ。帰ろうか」


申し訳なさそうな顔をするイリアナにジオラルドは手を差し出した。

イリアナはジオラルドの手を取り、家に帰った。

その日からジオラルドの送迎が始まった。ジオラルドが牽制のためにイリアナの送迎をしているとはイリアナは気付かなかった。


***


ローブを着たイリアナはライヤを連れてジオラルドの教えてくれた家に行った。


「はじめまして。魔道士のラーナです。子供の様子が優れないと、噂を聞いて訪問しました。何を見ても通報しませんので、安心してください」


夫人はイリアナ達を招き入れた。

日に日に弱っていく我が子を見ていられず、縋れるものは縋りたかった。

イリアナは青白い顔の冷たい体に優しく触れる。


「やっぱり魔力を持ってる。魔力を抜くよ」


イリアナが赤子の魔力を抜くと顔色が良くなっていく様子に夫人は涙した。


「この子は魔力を持っています」


イリアナは赤子の状態を夫人に説明すると夫人は赤子を強く抱きしめた。

魔力持ちは神殿に連れていくのが規則である。

イリアナは優しく微笑んだ。


「私は通報しません。ただ扱いきれない魔力は体に毒です。魔力があっても家族と暮らせる方法があるので聞いてもらえませんか?」

「こ、この子は神殿に連れていかれるんじゃ…」

「私は王太子殿下専属魔道士です。レオナルド様は安全のためとはいえ魔力を持つ子供を家族から引き離すことに心を痛めています。そのため私に内密で魔力を持つ子供の保護を命じました」


イリアナは夫人に誓約書を見せた。

呪いを受ける。

解呪を望むならの必ず国に申し出る。

解呪をしたあとは魔導士として訓練を受ける。

ザビ王家に敵対しない。


夫人は誓約書を見つめていた。


「呪いで魔封じしても体に害はありません。お金もいりません。呪いさえ受けていただければ魔力隠蔽の罪にも問いません。ご主人と相談されますか?」


「この子は普通に生きられる?」

「はい。誓約さえ守っていただければ。もし呪いを受けた後に何かありましたらいつでも私が相談にのります。魔導士の私も呪術師のライヤも優秀なのでご安心ください。答えは後日でも構いません」


「このままだとまたこの子は苦しむんじゃ」

「魔力を抜いたので数日は大丈夫だと思います。」


夫人はまた我が子が弱ってしまうのは見たくなかった。

それに目の前の二人は信頼できる気がした。


「お願いします。この子と一緒にいられるなら構いません。主人はあとで説得します」

「わかりました。呪いにはこの子の血が必要です。傷は私が綺麗に治すので安心してください」

「わかりました」

イリアナの説明に夫人は頷き、誓約書に赤子の血判を押し、ライヤが赤子に呪いをはじめた。


赤子の体に血を使い文字を書く様子を夫人は顔を青くして眺めていた。

イリアナは震える夫人の手を優しく握り、話しかけた。


「驚きますよね。私の大事な人も魔封じの呪いに助けられたんです」

「こ、これで、本当に、あの子は大丈夫なんでしょうか。普通に」

「しばらく眠ると思います。目覚めたら普通の子のように生活できます。食事も普通にできますよ」

「ずっと泣いて、眠るだけで」

「制御できない魔力の影響です。もう、大丈夫です。もう魔力の所為で苦しみ、成長を阻んでいましたが、封印すれば普通の子と変わりません。もし何か困ったことや疑問、相談があれば詰め所の相談箱にいれてください。あの箱の中身は全部私が目を通します。緊急時は詰め所の騎士に伝えて貰えれば、私に伝令が走りますので、遠慮なく」

「ありがとう」

「殿下の命ですので。もし同じことに悩んでる方がいたら相談箱を教えてあげてください」


呪いが終わりライヤが夫人に赤子を返した。


「ありがとうございます。貴方のおかげで我が子と一緒に過ごせます」


ライヤは呪いで感謝を受けるとは思っていなかったので驚いていた。

イリアナはライヤを連れて礼をして立ち去った。


「ライヤの力はすばらしいでしょ?」

「イリアの気持ちがわかった気がする」

「ライヤのおかげで幸せな家族が増えるわ。これからも力を貸してね」

「わかった」


イリアナはライヤと一緒に相談箱の悩みをできる範囲で解決するために活動していた。

イリアナがライヤを人気者にして呪術師のイメージアップを目指しているのは、ライヤは知らなかった。



***

騎士団の制服を着たイリアナの護衛術教室はいつも盛況である。

なぜか私服で現れたジオラルドにイリアナは首を傾げた。

イリアナの護衛術教室の手伝いをしてくれる騎士達は制服の着用が決まりである。


「どうしたんですか?」

「リアに会いたくて」

「仕事が終わったら会いにいきましょうか?」

「邪魔にならないところで終わるの待ってるから気にしないで」


イリアナは意味のわからないジオラルドを放っておくことにし、教室を始めた。

子供を指導しているイリアナを愛しそうに見てるジオラルドに夫人達が声をかけてきた。


「ラーナ様のお知り合い?」

「婚約者がいつもお世話になってます」


ジオラルドの言葉に夫人達の目が輝いた。


「婚約者!?」

「ラーナ様の!?」

「はい。必死に口説いてやっと」


イリアナを見て微笑んだジオラルドを見て夫人達に悲鳴があがった。


「うちの息子が悲しむわ」

「ラーナ様は人気者だものね」

「はい。心配ですが婚約者のやりたいことは支えるって決めてますので」

「お式はいつなの?」

「来年です。お互い仕事が忙しいので…」


ジオラルドはイリアナの様子を見ながら夫人達の会話に付き合っていた。

時々上がる悲鳴にイリアナが視線を向けると、ジオラルドは笑いかけた。イリアナがあからさまに目を逸らしてもジオラルドはやめなかった。



「悲鳴?怪我人がいないならいいや」

イリアナはジオラルドが夫人達に囲まれているのに気づいたが、危険はなさそうなので見ないフリをした。

護身術教室の休憩時間になったのでジオラルドは飲み物を持ってイリアナに近づいた。


「お疲れ様」


ジオラルドから飲み物を受け取ったイリアナは不服そうに睨んだ。


「さすがにご夫人をかどわかすのは」

「婚約者がお世話になってるって挨拶しただけ」

「ラーナ、それだれ?」

「しごとな」


イリアナの口を手でふさいでジオラルドは話しかけてきた子供に笑った。


「ラーナの恋人のジオラルドだ。いつもラーナをありがとう」

「うー、うー」


イリアナはジオラルドの手が外せなくてもがいていた。


「本当?」


首をかしげる子供に、ジオラルドは手を外して、イリアナに軽く口づけた。

イリアナは顔を赤くして固まった。


「本当だよ。これ、俺からご褒美だから、皆で分けて」


ジオラルドは子供にお菓子の詰まった袋を渡した。

子供はお菓子を受け取り配りにいった。


「ラーナの恋人がくれた!!」


「アド……………」


呆然と忠臣の名を呼ぶイリアナにラーナ家の騎士がジオラルドに剣を向けた。

剣の交わる音にイリアナは正気に戻った。


「やめなさい。子供の前よ」


騎士は引き下がり、イリアナはジオラルドを睨みつけた。


「マナ小隊長、お戯れを」

「リア?」

「部下の仕事を邪魔するのはいかがなものかと」

「俺はジオラルドとして来てるから。でもこれでリアの悩みは一つ減るよ。あとは俺が任されるから見ててよ」


屁理屈である。恋人が仕事を邪魔するときの対応はイリアナにはわからなかった。

反省する様子のないジオラルドにイリアナは長いため息をつき、本人がやりたいなら任せることにした。


ジオラルドは子供達を集めて指導を始めた。

子供達はジオラルドに意気揚々として挑んでいった。

呆然と見ているイリアナに夫人が近づいてきた。


「ラーナ様、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「素敵な婚約者ですね」

「どうでしょう…」


いつの間にか護身術教室はジオラルドに仕切られて終わっていた。子供達は差し入れをくれたジオラルドに懐いた。なぜかラーナの恋人がジオラルドの呼び名だった。 

イリアナが呼び方を変えるように言ってもジオラルドが了承するから駄目だった。


ジオラルドは子供達に好きな女は何があっても守ることを教えた。容姿端麗なジオラルドに夫人達は落ちた。

ジオラルドがイリアナに近づく男を心配するなら協力するわと意気込んでいた。


護身術教室のジオラルドの態度にイリアナは怒っていた。仕事の時間は終わったので不機嫌な態度を隠すのはやめた。


「マナ小隊長、当分会いたくありません」

「ごめん。怒るなよ」


イリアナは絶対零度の視線をジオラルドに向けていた。

そんな二人の間に少年が割り込んだ。


「ラーナ、謝ってるよ!!」

「大人の世界には謝っても許されないことがあるのよ」

「でもラーナのお手伝いしてくれたんだよ」

「それは…………」

「ラーナ様、貴重なお休みにずっと待っててくれた恋人への言葉ではありませんよ。」


イリアナを宥める親子の言葉に一理あった。

騎士と侯爵家の仕事で忙しいジオラルドの休みは貴重である。イリアナはしぶしぶ折れた。


「ジオ、次はないから」

「リア!!」

「ラーナ様は恋人の前では意地っ張りですのね」

「ラーナ意地っ張り!!」

「そんなところも可愛いから良いんですよ」

「まぁ!?お邪魔しないように私達は帰りますね。また」

「ラーナ、こいびとのお兄ちゃん、バイバイ」


親子は笑いながら帰っていった。

イリアナはどうしていいかわからなかった。

赤面しているイリアナにジオラルドは機嫌を良くしていた。

イリアナは人にからかわれる経験なんてほとんどなかった。

ジオラルドはイリアナの手を取って食事に行くことにした。

貴族御用達の店ではなく、平民がよく行く店に。


ジオラルドの思惑通り、イリアナに恋人がいることが平民の間にも広まり、イリアナへの恋文はおさまった。

その代わり、イリアナとジオラルドの仲を応援する紙が入るようになった。

イリアナは相談箱の中身を見ながら長いため息をつく日が続いた。


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