第6話 決意
ジオラルドが出勤するとイリアナの姿がなかった。
欠勤の報告もない。騎士達はイリアナがいないことなど気にせず仕事に励んでいた。
イリアナとラーナ領からの亡命騎士のおかげで愚かな騎士達はいなくなった。
ラーナ家門の騎士達に教育的指導をされた結果である。騎士達はラーナ家門の至宝の片割れであるイリアナの部下の質の悪さを許せなかった。私情で騎士の質が上がったことはレオナルドさえ気づいていなかった。
ジオラルドは第一騎士団長室に行くことにした。
「ジオ、どうした?」
「隊長すみません。ラーナを知りませんか?」
「なにも聞いてないのか?」
「はい」
「ラーナは話さないで出かけたか・・。ラーナは殿下からの任務でアドニスと旅立ったよ。」
「旅ですか?ラーナが抜けても、支障はないんですね」
「ラーナはいつでも自分が抜けてもいいようにしていたからな。」
「敵いませんね」
「ジオの発言を聞いたら、情けないって言いそうだな。イリアナの仕事はリックが引き継いだ。リックは補佐官任命は拒否したよ。イリアナの命令だから引き受けるって」
「ぶれませんね。」
「置いていかれて寂しい?」
「任務なら仕方ありません」
「イリアナが帰ってきて幻滅されないようにな」
「励みます。失礼しました」
ジオラルドはイリアナが一年も帰ってこないとは思わなかった。
仕事を終えて帰るとジオラルドはマナ侯爵に呼び出された。
「ジオ、これをイリアナから預かった」
ジオラルドは渡された書類を見て固まった。
マナ侯爵は苦笑した。
「イリアナがジオの気持ちが変わったり、一年たっても自分が帰らない時にと」
「一年?」
「一年たっても戻らなければ死んだと判断してほしいと」
任務で命を落とすことはあるけど…。
ジオラルドはイリアナがここまでする理由がわからなかった。
「父上、イリアナはやっぱり俺と結婚したくないんでしょうか・・」
「帰国後、ジオラルドとうちが迎えいれるなら結婚すると。ただ自分よりふさわしい人を選ぶならイリアナのことは気にせず応援してあげてほしいと」
ジオラルドはマナ侯爵から受け取った婚約破棄の書類を破いて暖炉に投げ込んだ。
「俺はイリアナ以外を選ぶ気はありません」
「分かっているよ。」
マナ侯爵はジオラルドにはイリアナしか見えていないことを誰よりも知っていた。
イリアナがジオラルドに隠れて、ジオラルドの動きの悪い左腕を調べていたことも。ただイリアナがジオラルドに秘密にしていることを話すつもりはなかった。
もしイリアナが自分のために旅立ち、戻ってこなかったと知れば自分の息子が生きていけるか心配だった。
イリアナは婚約が決まってすぐに旅立ったことに批難もでていた。
ただジオラルドが望むならマナ侯爵は批難の声を抑えようと決めていた。
まさか不満を持った家臣がラーナ家に直訴に行くとはマナ侯爵も思っていなかった。
イリアナが旅立って三ヶ月がたった。
ジオラルドはアベルトから面会依頼が来たので受け入れた。
「マナ侯爵夫妻、ジオラルド様、お時間をいただきありがとうございます」
「ラーナ、顔をあげなさい。話があるんだろう?」
「はい。できればマナ侯爵家の家臣も含めて話をさせてください」
マナ侯爵は執事長、侍女頭、マナ家門隊長を含め、使用人達を呼び出した。
「マナ侯爵家はイリアナ・ラーナとの婚約破棄を望んでいると判断してもよろしいんでしょうか」
ジオラルドはアベルトの意図がわからなかったが即答した。
「事実無根だ。」
「ラーナ家にマナ家門から苦情が来ています。婚約してまもなく、婚約者を置いて旅立つなど礼儀知らずと。次期マナ公爵夫人に相応しくないと。うちとしては、破棄していただいても構いません。」
「立場をわきまえなさい。爵位を剥奪された人間が侯爵家への無礼をわかっているのですか。」
アベルトの無礼な言葉に侍女頭が声をあげた。
爵位はなくともラーナ家当主のアベルトは冷笑を浮かべた。
「これがマナ侯爵家の答えですか」
アベルトの空気が冷たくなったのをジオラルドだけが気づいていた。イリアナが馬鹿な騎士に向ける笑顔にそっくりだった。
「アベルト、違う。悪かった」
「ジオラルド様」
頭を下げた自分を咎めようとする侍女頭の言葉を遮った。
「黙れ。俺の婚約者の弟への無礼は許さない」
アベルトはジオラルドの様子を静かに見ながら続けた。
「爵位のない姉なら簡単に傀儡にできると思ってました?貴方たちが姉を愚弄し、傷つけた。あまつさえ、侯爵家の仕事もさせようとしていた。」
ジオラルドはアベルトの言葉に顔をあげた。
「アベルト、どうゆうことだ!?」
「知らないことも問題です。全部弟から聞きました。うちの姉と弟への無礼を。」
イリアナの能力の高さに気づいたマナ侯爵家の使用人達はイリアナに仕事をまわしていた。
イリアナは厳しい教育を受けていたので、侯爵家の仕事など簡単だった。
イリアナの母親はアベルトの療養について家を離れることも多かったので、父親の仕事も幼いうちから手伝っていた。
マナ家の使用人達はマナ家の人間には甘かった。マナ侯爵夫人もマナ家門出身だった。
イリアナだけが外部の人間だった。
イリアナは自分の立場はわかっていた。自分の家門の人間が一番大事なのは当然であり、マナ侯爵家はポンコツだと思っていたので、快く仕事も引き受けていた。
使用人の一部はジオラルドへのイリアナの態度にも思う所があった。
イリアナがジオラルドよりもアマルを優先していることやジオラルドを振り回してることへの不満があった。
アマルとジオラルドのイリアナの取り合いでイリアナはアマルの味方をしていた。
幼いアマルに張り合うジオラルドに呆れて冷たくなるのは当然である。
イリアナはジオラルドを振り回していない。
ただジオラルドがイリアナと一緒にいたくてつきまとっていただけだった。
マナ家門の一部の人間の目も曇っていた。
部外者であるイリアナとアマルに厳しい言葉をかける使用人もいた。
イリアナもアマルも相手にしなかった。
ただイリアナは使用人のアマルに対する態度だけは心の中で怒りを感じていた。
だからイリアナはアマルも旅に連れていった。
マナ家門がアマルに手を出さないように。
イリアナはマナ家門を信用することはできなかった。
「弟って、あの」
「うちの姉が弟と認めたなら弟です。上の者が決めれば下の者が従うのは当然です。」
「アベルト?」
「もしも姉との婚姻を望むなら、姉の護衛騎士と側近と侍女はラーナ家が用意します。爵位はありませんがラーナ家直系の声に従う騎士は多いです。また姉は亡きシュナイダー王国第二王子の婚約者、民に慕われた姉を蔑ろにする家を民達はどう思うか。姉はこの国の民にも慕われてますしね」
「それは、うちを信用できないと。場合によっては戦うと」
マナ家門隊長の言葉に躊躇うことなくアベルトは頷いた。
「はい。」
「自分の言葉の意味がわかるのか。子供だからと許されない」
「負ける気はありません。未成年ですがラーナ家当主です。それ以前に貴族に生まれたからには言葉の重さは体に染みついてます。」
「マナ侯爵、一度実力の違いをしめさないとつけ上がりますよ」
マナ家門隊長は未来のマナ侯爵夫人の護衛を他家門に任せるなど頷けなかった。
騎士らしく武力をみせつければ、大人しくなると思っていた。
アベルトは小柄で、か弱そうな外見、なによりも子供だったから。
マナ侯爵は首を横にふった。
「やめろ。ラーナ家の騎士にうちでは敵わない。ジオラルドさえイリアナに敵わない」
「そんな…」
ジオラルドはアベルトには自分の見えていないものが見えている気がしていた。
年下なのに、父親や家臣を圧倒しているアベルトに感服していた。
ジオラルドは家臣の様子を見て自分だけでは厳しいと思った。
「父上、マナ侯爵の仕事を俺とアベルトに教えていただけませんか」
「ジオラルド?」
「このままイリアナと婚姻すれば、父上達はイリアナに侯爵家の仕事を任せるでしょう。前の婚約式の準備のように。」
「そこは気づいたんですね」
「セインに苦言を言われたよ」
アベルトのジオラルドへの目線がさらに冷たくなった。
セインは招待状を出したら中止や延期は醜聞になるから大人しく準備を手伝った。セインはあそこまで疲弊したイリアナは見たことがなかった。そしてほぼイリアナとセインで準備を進めていたことをジオラルドに文句を言った。
ジオラルドはマナ侯爵夫人達が準備をしていると勘違いをしていた。
「俺、小隊長の仕事さえイリアナに支えてもらっています。向き不向きがあっても俺は彼女一人に任せっきりにしたくありません。イリアナを戦場に連れて行きたくもありません。うちの家門は俺には甘いのにイリアナには厳しい。」
「一利あるが苦労するぞ」
マナ侯爵は社交面などイリアナに全面的に任せるつもりだった。
イリアナの能力を騎士としても貴族としても評価していた。
ジオラルドの苦手は彼女に補ってもらえばいいと思っていた。
マナ侯爵はイリアナとジオラルドとの婚姻をレオナルドに頼んでいた。
レオナルドはイリアナの婚約者は誰でも良かったけど、マナ侯爵家に恩を売る好機を見逃す人間ではなかった。
「俺は彼女のためならなんでもします。彼女が戻ってきたときに、利用されないように。アベルト、イリアナの為に力を貸してくれないか?」
「私はマナ侯爵家に膝を折りません。」
「必要ない。俺はイリアナのために力をつけたい。だから教えてくれ。俺の見えてないことを」
「私は姉ほど甘くないです。うちの騎士は凶暴なので私達への無礼は許しません。」
「ジオ、かえたいのか?」
「はい。」
「次代はお前だ。覚悟があるなら構わない。今までのようにはいかない。」
「構いません」
「ラーナはどうする?」
「手伝うことは構いませんが命令には従いません。姉のためですから」
「アベルト、俺はイリアナと結婚して幸せにしたいから力を貸してくれ。そして彼女が誰にも利用されないように」
頭を下げるジオラルドにアベルトが笑った。
貴族が頭をさげて頼むことは稀である。
自分より下位の相手には頭を下げることな特に。
リアはこうゆうところに絆されたのかな…。
アベルトも実直な人間は嫌いではなかった。
ただアベルトはジオラルドを甘やかす気はなかった。
「うちにくる苦情はどうしますか?」
マナ侯爵はジオラルドを見た。
イリアナのことはジオラルドに任せることにした。
ジオラルドは父親の視線に頷いた。
「イリアナは殿下の命令で任務についている。どんな理由があろうとも、イリアナへの不満を俺ではなくラーナ家に伝えにいくのはおかしい。イリアナの生家であり殿下のお気に入りのラーナ家への無礼は許さない。父上、そんな人間は不要です。」
「ジオラルド、いいのか?」
「俺が甘いとしめしがつきません。俺はイリアナに止められる位に厳しくあろうと決めました」
マナ侯爵は息子の答えに驚いた。
ジオラルドは敵には厳しいが身内には甘かった。そこはイリアナが補うことを期待していた。
使用人達がジオラルドの言葉に慌てた。
「ジオラルド様、お考えなおしを。」
「一度は忠告した。二度目はない。」
「この件はジオラルドに任せる。」
「旦那様!?」
「マナ侯爵、人手が必要でしたらお声がけください。」
ジオラルドはイリアナの第二騎士団小隊長への絶大な信頼が羨ましかった。
ただジオラルドはイリアナが自分に何も言わずに出掛けたことだけが引っかかっていた。
アベルトはマナ家の使用人達の視線など気にしなかった。
殺気を出されても動じない。
ジオラルドの瞳の陰りに気付いたアベルトは素直じゃない姉への苦笑を我慢した。
「ジオラルド様、姉は発つときに何か言いました?」
「リアは俺には何も言わずに旅立った」
「そう…。」
「なんでだろうな」
「俺、リアにあなたのことを頼まれてるんです。敬意を示して一つだけ。リアは本当に貴方に何も言いませんでしたか?」
旅立つ前に・・。
そういえばリアの誕生日に…。
ジオ、これから何があっても私は貴方と殿下のもとに帰ってくる。
覚えていてほしいけど、忘れてもせめないわ。
あとは…。イリアナがいなくなる前日に会いに来て
「またねって」
「姉は約束は守ります。俺はこれで失礼します。」
アベルトは礼をして優雅に去っていった。
リアはちゃんと、俺のもとに帰ってくる。
なら俺はリアが安心して帰れるように第二王子殿下の墓を守って準備を整え待つしかない。
セインはともかく、アベルトやイリアナよりも頼りにならないなんて情けないから。




